121 / 209
悠久の王・キュリオ編2
突如やってきた異変6
しおりを挟む
助けを求める声に導かれ、アオイは疲れも忘れて一心不乱に走り続けた。この幼い子供のどこにそんな力があったのか? と、驚くほどの体力だ。
彼女をそうさせたのも、危機感を持たせるには十分なほどに聞こえていた声は、いまにも途切れてしまいそうに弱々しかったからだ。
アレスやカイと訪れる清らかな小川を越え、せせらぎを背に聞きながら森の深くまで足を踏み入れた。
色濃くなる野生の匂いと薄れていく日の光。肩を上下させ、声の主がどこにいるのか立ち止まって耳を澄ませてみれば……それは残酷にもアオイのすぐ傍で見つかった。
「……ッ!?」
浅い草むらの中に折り重なってできた小さな空洞があり、その中にはおびただしい血で脚を染めた真っ白ならラビットが横たわっていたのだ。それが如何に深刻な状況であるかはアオイにもわかる。体から血が流れ出ることは酷い痛みを伴い、決してそのままにしてはいけないと皆に言い聞かせられている。しかも目の前の小さな生き物は、あまりの苦痛に声さえも上げること叶わず衰弱しているように見える。
アオイはすぐに駆け寄り、ラビットの脚に痛々しく食い込んでいる鋼の歯を力いっぱい開いて脱出させようと試みた。
「……っ!」
ラビットの血を受けてぬらぬらと光る鋭い歯はアオイの柔らかな手を幾度となく傷つけ、もうどちらの血ともわからぬほどにアオイの手は深紅に染まっていた。
(どうしよう、どうしよう……っ!!)
キュリオやアレス、カイがいればすぐにこの鋼の歯からラビットを救い出してくれたはずだ。そして傷を癒し、もとの元気な姿に戻してくれる――。
そして、彼らがいなければ救い出してやることも叶わないとアオイはこのとき自分の非力さを痛感し、自分より小さな命も守れないことを知って涙を流す。
「おとうちゃまっ……カイ、アエス――ッ!!」
泣き叫びながらも決して手を止めず、自分の声に薄く目を開いた赤い瞳に懸命に呼びかける。
「……っだいじょうぶ、だいじょうぶっ……」
笑みを向けながら瞬きすれば零れ落ちる優しい涙。
痛みのなか、小さな少女が自分を助け出そうと懸命になってくれていることをラビットは本能でそれを悟った。そして……その少女の優しさも空しく、意識が遠のいていくのをただ受け入れるしかなかった――。
「……?」
黒い文字で埋め尽くされた書類に目を向けていたキュリオがふと顔を上げた。
「どうかなされましたかな? キュリオ様」
訝し気な顔をしている麗しの王に気づいたガーラントも手を止め、立ち上がったと同時に別の人物が庭に現れていた。
「……アオイ姫はどこ?」
「ダルド様! おかえりなさいませ!」
大量のシーツがたゆたゆ中から顔を覗かせた数人の女官や侍女らは、しきりに姫君の名を呼びながら右往左往している。
キュリオの依頼により鉱物を探しに出ていたダルドは深い襟首の外套を纏い、手には貴重な鉱物の入った重量級のバッグが握られていた。
「……このあたりにお隠れになっているのは間違いないと思うのですが……」
アオイも大きくなるにつれ、隠れるのが上手になって彼女らを喜ばせていたが、大勢で手分けして探しても見つからないなど今までになかった。
そしてここではないどこかへ向かったという目撃もなく、手広く探し始めた彼女らの顔には焦りの色が浮かんでいる。
「…………」
ダルドの嗅覚と記憶には、アオイのあたたかく甘い香りをしっかり覚えている。
彼は手にしていたバッグを手放すと、彼女の匂いを辿るように一方を見つめていた。
「あの……ダルド様?」
神秘的な銀の瞳が険しい眼差しに変わると、みるみる血相を変えた女官が悲鳴にも似た声を上げる。
「……そ、んな……まさか、姫様は森に……?!」
「キュリオに知らせて。僕はアオイ姫を追う」
「は、はいっ!!」
外套を脱ぎ捨て、タッ! と駆け出したダルドは風よりも速く、女官の目の前の木の葉が舞い落ちる頃にはすで姿はない。
俄かに騒がしくなった庭には報告を受けたキュリオとガーラントが現れ、数人の従者を引き連れた彼らは足早く森へと向かって行った――。
彼女をそうさせたのも、危機感を持たせるには十分なほどに聞こえていた声は、いまにも途切れてしまいそうに弱々しかったからだ。
アレスやカイと訪れる清らかな小川を越え、せせらぎを背に聞きながら森の深くまで足を踏み入れた。
色濃くなる野生の匂いと薄れていく日の光。肩を上下させ、声の主がどこにいるのか立ち止まって耳を澄ませてみれば……それは残酷にもアオイのすぐ傍で見つかった。
「……ッ!?」
浅い草むらの中に折り重なってできた小さな空洞があり、その中にはおびただしい血で脚を染めた真っ白ならラビットが横たわっていたのだ。それが如何に深刻な状況であるかはアオイにもわかる。体から血が流れ出ることは酷い痛みを伴い、決してそのままにしてはいけないと皆に言い聞かせられている。しかも目の前の小さな生き物は、あまりの苦痛に声さえも上げること叶わず衰弱しているように見える。
アオイはすぐに駆け寄り、ラビットの脚に痛々しく食い込んでいる鋼の歯を力いっぱい開いて脱出させようと試みた。
「……っ!」
ラビットの血を受けてぬらぬらと光る鋭い歯はアオイの柔らかな手を幾度となく傷つけ、もうどちらの血ともわからぬほどにアオイの手は深紅に染まっていた。
(どうしよう、どうしよう……っ!!)
キュリオやアレス、カイがいればすぐにこの鋼の歯からラビットを救い出してくれたはずだ。そして傷を癒し、もとの元気な姿に戻してくれる――。
そして、彼らがいなければ救い出してやることも叶わないとアオイはこのとき自分の非力さを痛感し、自分より小さな命も守れないことを知って涙を流す。
「おとうちゃまっ……カイ、アエス――ッ!!」
泣き叫びながらも決して手を止めず、自分の声に薄く目を開いた赤い瞳に懸命に呼びかける。
「……っだいじょうぶ、だいじょうぶっ……」
笑みを向けながら瞬きすれば零れ落ちる優しい涙。
痛みのなか、小さな少女が自分を助け出そうと懸命になってくれていることをラビットは本能でそれを悟った。そして……その少女の優しさも空しく、意識が遠のいていくのをただ受け入れるしかなかった――。
「……?」
黒い文字で埋め尽くされた書類に目を向けていたキュリオがふと顔を上げた。
「どうかなされましたかな? キュリオ様」
訝し気な顔をしている麗しの王に気づいたガーラントも手を止め、立ち上がったと同時に別の人物が庭に現れていた。
「……アオイ姫はどこ?」
「ダルド様! おかえりなさいませ!」
大量のシーツがたゆたゆ中から顔を覗かせた数人の女官や侍女らは、しきりに姫君の名を呼びながら右往左往している。
キュリオの依頼により鉱物を探しに出ていたダルドは深い襟首の外套を纏い、手には貴重な鉱物の入った重量級のバッグが握られていた。
「……このあたりにお隠れになっているのは間違いないと思うのですが……」
アオイも大きくなるにつれ、隠れるのが上手になって彼女らを喜ばせていたが、大勢で手分けして探しても見つからないなど今までになかった。
そしてここではないどこかへ向かったという目撃もなく、手広く探し始めた彼女らの顔には焦りの色が浮かんでいる。
「…………」
ダルドの嗅覚と記憶には、アオイのあたたかく甘い香りをしっかり覚えている。
彼は手にしていたバッグを手放すと、彼女の匂いを辿るように一方を見つめていた。
「あの……ダルド様?」
神秘的な銀の瞳が険しい眼差しに変わると、みるみる血相を変えた女官が悲鳴にも似た声を上げる。
「……そ、んな……まさか、姫様は森に……?!」
「キュリオに知らせて。僕はアオイ姫を追う」
「は、はいっ!!」
外套を脱ぎ捨て、タッ! と駆け出したダルドは風よりも速く、女官の目の前の木の葉が舞い落ちる頃にはすで姿はない。
俄かに騒がしくなった庭には報告を受けたキュリオとガーラントが現れ、数人の従者を引き連れた彼らは足早く森へと向かって行った――。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Another Chronicle -アナザークロニクル-
黒緋みかん
ファンタジー
緑の国ミストルテインの王家に生まれたジストは、女性でありながら王子として生きていた。
――18歳の誕生日と新しい国王としての即位を目前に控えていた前夜。
ミストルテイン城は突如、業火に包まれる。
一夜にしてすべてを失くしたジストは、大切な故郷と民のために、犯人捜しの長い旅に出たのだった。
しかしその旅は、彼女の18年間の人生を作り上げた陰謀に至る道でもあった……。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる