上 下
119 / 208
悠久の王・キュリオ編2

突如やってきた異変4

しおりを挟む
 充分に腹を満たしたアオイに待ち受けていたのは急速な睡魔だった。 

 食事も後半に差し掛かるにつれ、瞼と意識がともに現実世界を離れようとするのを彼女は必死に堪えていた。揺れる頭部とテーブルに置かれたフォークを持つ手。そんなアオイをキュリオは予想していたように口元に笑みを浮かべ、その体を椅子の上から優しく抱き上げる。 

「あの、キュリオ様……お食事はもうよいのですか?」 

「ああ、私の部屋にアオイを連れていく。彼女が目覚めたら相手を頼む」 

「畏まりました」 

 王と姫の背を深く頭をさげて見送る女官らは、キュリオに用意された食事が存分に減っていないことを心配しながらも、姫君に対する愛情の深さにいつも感心させられる。 

「キュリオ様の姫様に対する愛は海よりもお深くていらっしゃるわ……」 

 ありきたりな表現になってしまうが、それ以上の例えが見つからない。その場の侍女らが女官の言葉に激しく頷き、女官の指示を受けた数人の侍女はキュリオの寝室の外へ待機すべく足早に城へと戻っていった。 

 ――穏やかな風が広い部屋の中を優しく漂う。 

 昼下がりの眩い日差しが室内を照らし、陰影を浮かび上がらせながら王と姫君の入室を快く受け入れていく。 

 キュリオは己の胸の中で脱力しきったアオイを目を細めながら見つめている。大きなベッドへ腰かけると、静かに眠り姫を横たえてから日差しを遮るように厚めのカーテンで窓を覆っていく。そうして再び眠り姫のもとへ戻ってくると、赤子のように丸まって規則正しい寝息を立てるアオイの髪を指先で優しく梳いた。水蜜桃色のまとわりつく天使の羽のように柔らかなアオイの髪。そして時折触れる吸いつくような瑞々しい肌は、未だに赤子のときのそれと変わりなくキュリオの手によく馴染む。ひとまわり大きくなったアオイの体はもとより、その思考は赤子の殻を捨てて多様なことを学び覚え、蝶が羽化して羽ばたくように輝きを増していく。 

「よく眠っている」 

 しばらくその寝顔を見ていたいと腰を落ち着けたものの、ほどなくしてアオイは寝返りを打ってキュリオに背を向けてしまった。無論そのままでいる彼ではない。 

 キュリオはベッドが軋まぬよう細心の注意を払いながら、アオイが顔を向けた方向へ体を横たえた。肩肘をつき、アオイの肩や背を優しく撫でながら、真っ白な額や頬に口づけを落としていく。最近の彼女の瞳に映るのはアレスやカイがその大部分を占めている。キュリオがそう命じ、アオイの世話係兼教育係として傍仕えをさせたが、言いようのない嫉妬心が心深くでくすぶっている。 

(こんなことでは先行き不安だな……) 

 大人げなくアレスやカイがアオイへと送った花輪のそれに心が波立のさえ抑えられない。まさかそのうちのひとつが指輪であったなどと、キュリオが知ったならば激高したかもしれないのだ。花輪を引きちぎり、二度と会わせないようどこぞの地へとカイを追いやってしまう可能性さえあったため、不器用なカイの花輪が指輪に見えなかったのは幸いと言えよう。 

 名残惜しいが、キュリオは王としての務めがある。アオイを包むように抱きしめてから頬をひと撫でし、心からの想いを彼女の耳元でそっと囁いて部屋を出た。 

 扉をくぐったところで待機していた侍女らへアオイを傍で見守るよう指示し、恭しく命を受けた彼女たちは部屋に入っていった――。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

性転換スーツ

廣瀬純一
ファンタジー
着ると性転換するスーツの話

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...