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悠久の王・キュリオ編2

余興

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(この甘い香り、……香でも焚いているのか?)

 それが女たちの衣装に焚きつけられたものなのか、男たちが纏う香なのかはわからない。青年が言えることは"ただ自分には合わない匂い"だということだけがはっきりしており、この不快な部屋から立ち去りたいというのが本音だった。 
 さらにただ招待された客人のような扱いに青年は疑問を抱き始めていた。一行に話し合いが始まらないどころか、深刻な問題を抱えた街の重鎮とは思えない行動に不信感が募る。銀の燭台に揺れる炎が室内をぼんやりと照らし、目の前の露出の多い女たちの踊りを盛り上げる要素となっているのは間違いはないが、このような席で重大な話をするにはあまりに場違いであるため当人らにその気がないことは明らかだった。
 慣れない空間に息苦しさを感じながら用意された豪華な食事も女もまるで興味のない青年は、円卓を囲む見慣れない人物たちを密かに観察しながら収穫が得られる様子もないと判断し声を潜める。

『……叔父上、少々気になることが……』

 女たちのしなやかな身体を折り曲げて妖艶に踊る様を良い気分で眺めながら酒を煽る副当主へ声をかけるが、すぐにそれを制止する声が掛かった。

『従者殿、そう慌てるでないぞっ。間もなく薬師殿がおいでになるっ』

 芳醇なワインを傾けながら分厚い肉を頬張り、唇を舐めまわす男の相変わらず不気味な視線。

『話をするのであればこのような席は相応しくありません。私はいち早く現状を知りたいのです』

 薬師からの説明を交え、現状をこの目で確かめたいと訴える青年は自らその薬師のもとを訪ねようと席を立ちあがった。

『薬師殿は現在、患者の治療にあたられているのだっ。そなたと会えることを心待ちにしていた故、せめて食事に付き合ってやってはくれぬかっ』

『そうだ水守り殿、余興を見せてみよ! ただの人間がそのような神職につけるわけがない。副当主殿でも従者殿でもよいぞっ! 出来なければ偽物と見なし、厳罰に処すのはどうだ?』

 女たちがどれほどに美しく妖艶であっても、この青年の神がかりな美貌には到底及ぶものではない。現に、位の高いであろう者たちが数十名集まる円卓では青年に見惚れてどう口説こうかと、そのことばかりを思案している者たちがほとんどだった。

『我々は神職ではありません。
……ワインと水の違いを見分けることくらいは可能ですが、それ以上の余興が見たいと仰られるのであれば……些かこの場は狭い気が致しますが』

 挑発かはったりか? 不敵な笑みを浮かべる青年の陰のある眼差しに、あの男の喉がゴクリと鳴った。

『あれを持てっ』

『はっ』

 指示を待って傍へ待機していた従者へ男が声を掛ける。"あれ"で通じることから、恐らく早いうちに打ち合わせていたであろうことがわかるが、その場にいた男たちが沸き立つように「いいぞいいぞ!」と声を上げる。
 足早に戻ってきた従者の手元にはトレイに載せられた銀の杯がひとつ。それが青年の前へ置かれると、好奇な眼差しが一点へと集まって男が話を再開する。

『それは穢れなき水源の水だっ。水守りの力を強く秘める次期当主殿は水を湯に変えられるという噂を聞いたことがあるっ! それが誠ならば証明してみせよっ』

『……これを以て我々の余興とされるのであれば、喜んでお見せいたしましょう』

 目を閉じた青年が深呼吸を繰り返し息を整えると杯の底から生まれた気泡がひとつ。沸々と生まれる出る気泡はやがて気化し、あっという間に霧となって辺りに溶け込む。
 熱気に包まれた宴の席が瞬く間に清浄な空間と化し、身も心も浄化されるような……そんな神聖なものに生まれ変わる。

『ほう……これは面白いっ!』

『実に見事っ! まるで奇跡だ!!』

 称賛の声も手を叩く音も、青年にとっては雑音さながらのうっとおしさだった。見世物扱いにうんざりしている彼とは反対に恍惚の眼差しは一層強まるばかりだったが、いつも身近に感じている聖なる水の気配がやはり一番心穏やかでいられる彼は、懐かしい想い人に再会した少女のように無垢な笑みを浮かべている。

『…………』

 そしてその表情とは裏腹に――。
 ようやくまともに呼吸らしい呼吸ができた青年は、いつまでこのような時間が続くのかと闇の広がる窓の外を見つめた。
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