50 / 208
悠久の王・キュリオ編2
接触
しおりを挟む
数にしておよそ五十。どこぞの貴族の行列かと道をあけたふたりだったが、先頭で馬を走らせる肥えた男は青年らの姿をその視界に留めると片手をあげて後列の者らへと合図を送り馬から降りてくる。細身剣を差した男たちから敵意は感じられず、備えてのことであろうと想像できる。
流行りのスエード生地に厚めの襟を立てた黒服の男は、豊かな白髪を巻いた上に載せた帽子を揺らしながら目の前まで歩いてくると、少し高めの声でコホンと咳払いした。
『水守り一族の次期当主とはそなたのことかっ?』
長身の青年よりも頭ひとつ以上も低いその中年の男は、丸々と肥えた腹を突き出しながらもあくまで上から目線を突き通すつもりらしい。
『……現当主の命を受け参上致しました副当主とその従者でございます』
兄が当主であること以外、なにも特別な力をもたない名ばかりの副当主である叔父をたてながら一歩後退する青年。
すると、それまでとは別人の如く表情をあらためた叔父は堂々たる威厳に満ちた声色で前へ出る。
『如何にも。我々は水守り一族を代表して参った副当主とその従者である』
壮年の男である叔父は見るからに副当主として疑いのない風貌であったが、後ろに下がった青年は神の加護を受けた特別な人間であるかのように類を見ない美しさを誇っていた。水の女神の化身とまで噂される次期当主の青年とはこの男のことだろうと、もはや誰の目にも明らかだった。
『このような辺境の地にまで足を運んでくれたことを、感謝するぞっ』
開いてるのかさえわからないほどに糸目の中年男だが、青年の姿をまじまじと観察するその不躾な視線はまったく隠れてはいない。
女性らしい見た目で判断されることを嫌う青年は内心『またか……』と呆れの吐息を漏らす。
『言葉から察するに依頼されたのは貴君で間違いではないようだな』
『その通りっ。以前から兆候が見えていたものの、完全なる淀みがでてしまったのだっ』
麗しき青年の声が聞けると思いきや、副当主の言葉がはじまったため仕方なく視線を戻す男。しかしながら副当主と地位のある人物のお出ましなのだからと、取り敢えず本題へと入る。
『まあ、ここで立ち話をしていてはもうじき日が傾く。このように狭き道のため馬車の用意はできなかったが、馬を用意しているので乗りたまえっ』
後列に控える男たちが上等な馬を二頭引き連れてやってきた。青年の叔父は申し出を有難く受けると馬に足を掛けたが、立ち止まった青年は川のせせらぎに耳を傾けたまま動こうとはしない。
『…………』
(……水の流れに異変は感じられなかった。下流で問題が起きているのならば人の力でどうとでもなる。我々が呼ばれた理由はなんだ? まさか生活排水で腹を壊したなどという馬鹿馬鹿しい理由ではないだろうな……)
『従者殿、いかがされたかっ?』
従者などとは微塵も思っていない男だったが、そう名乗っているのだから他に呼び名がない。
『あれは慎重な男なのだ。さらに水については誰よりも敏感でな。依頼の内容にある淀みがどこにあるのか探っているのだろう』
『ほう……』
薄く開いた瞼から覗く土色の瞳が怪しく光る。
川に反射した日の光が陶器のような肌に幻想的な輝きをもたらし、裾の長い衣からチラリと覗く美しい脚が妄想を掻き立てる。
『なにをしておるっ。従者殿に早く馬を――』
手綱を引いたまま美しい青年に目を奪われている家臣へ合図を送るも反応がない。その代わりに反応した年若い男が慌てて手綱を奪うと、青年へ馬に乗るよう促した。
『水守り様、まもなく日が暮れますのでどうぞ……っ!』
さきほどとは打って変わった幼い声に思わず振り向いた青年だが、声を掛けてきた少年の姿をみて眉間に小さな皺が刻まれた。
『…………』
(……なぜこのような小さな子供にまで剣を……)
西の国に多い茶褐色の柔らかい髪と瞳。まだ人を疑うことも知らない……年齢にして十ほどの少年だ。そして、神を見るようなキラキラとした眼差しに込められているのは神聖化された自分の偶像だった――。
流行りのスエード生地に厚めの襟を立てた黒服の男は、豊かな白髪を巻いた上に載せた帽子を揺らしながら目の前まで歩いてくると、少し高めの声でコホンと咳払いした。
『水守り一族の次期当主とはそなたのことかっ?』
長身の青年よりも頭ひとつ以上も低いその中年の男は、丸々と肥えた腹を突き出しながらもあくまで上から目線を突き通すつもりらしい。
『……現当主の命を受け参上致しました副当主とその従者でございます』
兄が当主であること以外、なにも特別な力をもたない名ばかりの副当主である叔父をたてながら一歩後退する青年。
すると、それまでとは別人の如く表情をあらためた叔父は堂々たる威厳に満ちた声色で前へ出る。
『如何にも。我々は水守り一族を代表して参った副当主とその従者である』
壮年の男である叔父は見るからに副当主として疑いのない風貌であったが、後ろに下がった青年は神の加護を受けた特別な人間であるかのように類を見ない美しさを誇っていた。水の女神の化身とまで噂される次期当主の青年とはこの男のことだろうと、もはや誰の目にも明らかだった。
『このような辺境の地にまで足を運んでくれたことを、感謝するぞっ』
開いてるのかさえわからないほどに糸目の中年男だが、青年の姿をまじまじと観察するその不躾な視線はまったく隠れてはいない。
女性らしい見た目で判断されることを嫌う青年は内心『またか……』と呆れの吐息を漏らす。
『言葉から察するに依頼されたのは貴君で間違いではないようだな』
『その通りっ。以前から兆候が見えていたものの、完全なる淀みがでてしまったのだっ』
麗しき青年の声が聞けると思いきや、副当主の言葉がはじまったため仕方なく視線を戻す男。しかしながら副当主と地位のある人物のお出ましなのだからと、取り敢えず本題へと入る。
『まあ、ここで立ち話をしていてはもうじき日が傾く。このように狭き道のため馬車の用意はできなかったが、馬を用意しているので乗りたまえっ』
後列に控える男たちが上等な馬を二頭引き連れてやってきた。青年の叔父は申し出を有難く受けると馬に足を掛けたが、立ち止まった青年は川のせせらぎに耳を傾けたまま動こうとはしない。
『…………』
(……水の流れに異変は感じられなかった。下流で問題が起きているのならば人の力でどうとでもなる。我々が呼ばれた理由はなんだ? まさか生活排水で腹を壊したなどという馬鹿馬鹿しい理由ではないだろうな……)
『従者殿、いかがされたかっ?』
従者などとは微塵も思っていない男だったが、そう名乗っているのだから他に呼び名がない。
『あれは慎重な男なのだ。さらに水については誰よりも敏感でな。依頼の内容にある淀みがどこにあるのか探っているのだろう』
『ほう……』
薄く開いた瞼から覗く土色の瞳が怪しく光る。
川に反射した日の光が陶器のような肌に幻想的な輝きをもたらし、裾の長い衣からチラリと覗く美しい脚が妄想を掻き立てる。
『なにをしておるっ。従者殿に早く馬を――』
手綱を引いたまま美しい青年に目を奪われている家臣へ合図を送るも反応がない。その代わりに反応した年若い男が慌てて手綱を奪うと、青年へ馬に乗るよう促した。
『水守り様、まもなく日が暮れますのでどうぞ……っ!』
さきほどとは打って変わった幼い声に思わず振り向いた青年だが、声を掛けてきた少年の姿をみて眉間に小さな皺が刻まれた。
『…………』
(……なぜこのような小さな子供にまで剣を……)
西の国に多い茶褐色の柔らかい髪と瞳。まだ人を疑うことも知らない……年齢にして十ほどの少年だ。そして、神を見るようなキラキラとした眼差しに込められているのは神聖化された自分の偶像だった――。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
俺と幼女とエクスカリバー
鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。
見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。
【完結】おはなしは、ハッピーエンドで終わるのに!
BBやっこ
恋愛
乙女ゲームにようにわたしとみんなの幸せ!を築き上げた、主人公。
その卒業パーティと結末は?
ハーレムエンドと思われた?
大人の事情で飛んだ目に。卒業パーティ
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
転生キッズの魔物研究所〜ほのぼの家族に溢れんばかりの愛情を受けスローライフを送っていたら規格外の子どもに育っていました〜
西園寺わかばEX
ファンタジー
高校生の涼太は交通事故で死んでしまったところを優しい神様達に助けられて、異世界に転生させて貰える事になった。
辺境伯家の末っ子のアクシアに転生した彼は色々な人に愛されながら、そこに住む色々な魔物や植物に興味を抱き、研究する気ままな生活を送る事になる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる