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悠久の王・キュリオ編2

仙水の秘密

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「あーあ、今日もこの世界は絶不調なり……と。そういやもうすぐ年が明けるんだよな……」

 もう昼か夜かもわからない雷鳴轟く暗黒の世界。縦横無尽に荒れ狂う暴風や雨は強い酸や危険な有害物質を大量に含んでいるため、それらを浴びればたちまち死人と化してしまう。この声の主を含む四人の青年らにはなんら支障はないわけだが、なぜ彼らは平気なのか? と問われれば、それはそれは気の遠くなるような長い話になる。
 盛大なため息をつきながら空を仰ぐと、冷気を含んだ風が蒼牙の癖のある髪を荒々しく揺らすと同時に視界の端でなにかが煌いた。

「……ん?」

 小高い屋根からひらりと飛び降りた彼は、その輝きの傍に佇む人影を目指して駆け寄った。

「おーい! 大和!」

「…………」

 和の装いの青年は背後に迫る少年を一瞥すると重々しく口を開く。

「近づくな。怪我をするぞ」

「っとっと!! 物騒なもん出してなにしやがる!! ……って、あ……」

 先程の煌めきが大和の刀だと知った蒼牙が蒼白になりながら両足に急ブレーキをかけたが、ここ数十年毎年恒例となっている彼の行いを思い出して安堵の息を吐く。
 九条曰く、一国を壊滅させるのに数秒とかからないその代物は、大地を砕き天を裂く。年が明ける今日という日を、日の光で照らしてやろうという大和の不器用な優しさだった。

「――そこにいるのは蒼牙ですか?」

 穏やかな声が建物内から聞こえて。

「大和もいるぜ。どうした? 仙水」

 刀を持つ彼と似たような和の装いで姿を現したのは物腰の柔らかい仙水という青年だった。色白で美形な彼はよく女性と間違われるほどに所作もしなやかで品がある。四人のなかではもっぱら手先の器用な彼が食事の準備を担当しており、どうやら今回もそのお呼び出しのようだった。

「年越しそば、出来ておりますよ」

 西の国生まれの仙水だが、その心は和の国にすっかり馴染んでおり、朝から準備に取り掛かっていた彼はそば粉からそばを打っていたのだ。これもまた毎年恒例の行事なのだが、蒼牙はふとあることに気づく。

「……お前っていつから和の国が好きなんだ? 仙水って名前も西の国らしくないよな」

「聞きたいですか?」

 風に靡く髪を押さえながら微笑む彼は隠す素振りもなく聞き返してくる。

「お、おう……。お前が嫌じゃなかったらな」

「ふふっ、じゃあ教えません」

「……なんだよ……」

「ふたりとも、夜明けまであと何時間もそこに立っているおつもりですか?」

 それ以上この件に関しての追随を許さないとばかりに話題を変える仙水に蒼牙の心は穏やかではなかった。

(九条と大和だけじゃねぇ……仙水も隠しごとがあるってことか。
あーあーどいつもこいつもっ!! 俺たちの間で隠す意味なんてあんのかよ!?)

 やり場のない怒りで蒼牙が地団駄踏んでいると、その気配すら読めない漆黒の男が現れた。

「…………」 

「うわぁああああっ!! 脅かすなっていつも言ってるだろ!!」

 自身の背ほど飛び上がって腰を抜かした少年が尻餅をついて抗議の声を上げる。

「民の食糧に不足はない。……しかし、西の国に不穏な動きが見える」

「……西の国、ですか……」

 にわかに陰った仙水の横顔を九条がじっと見つめている。
 清らかな水を閉じ込めたような彼の瞳の奥に、どす黒い闇がじわじわと広がっていく様を止めることは誰にもできない。強く握りしめたこぶしには血が滲んでいるようにさえみえる。

「おい、……大丈夫か?」

(……西の国って、たしか仙水の故郷だったよな……)

 自分が無視されたことも忘れ、かつての仙水に何が起こったのかを知らない蒼牙は心配そうに顔を覗き見る。

「…………」

 蒼牙の声に答えることなくふらりと歩き出した仙水の心音がここまで聞こえてくるようだ。
 ドクンドクンと嫌な音を奏でるそれは、怒りに震える天の轟きの如く裁きを下そうと徐々にその勢いを増していく。

「どこ行くんだよ……そんなの水鏡で監視してりゃいいだろ? 年越しそば食わねぇつもりか!?」

 仙水を引き留められる自信もない蒼牙は年越しそばを引き合いに出してまで彼の行動を制止しようとしている。
 その言葉を聞いた大和は、くだらないとばかりに覚めた声色で吐き捨てた。

「……馬鹿かお前は」

 単独行動を好む大和は城内へと消え、仙水はあっという間に城壁を乗り越えて暗闇へと飛び出してしまった。

「なんだよふたりとも……なぁ九条、どうすりゃいい?」

 漆黒の男が居た場所を振り返るも……すでに彼の姿はない。水鏡を覗きに行ったか、仙水の後をついて行ったかのどちらかであろうと推測するも、皆が各々の行動へと出て行ってしまったため蒼牙はひとり立ち尽くす。

「お前らのそばも食っちまうからなーっ!! ばかやろーーっっ!」

 何時も蚊帳の外に置いてきぼりの少年だったが、この時ばかりは妙に頭が冴えていた。

(そうじゃねぇ……これはチャンスだ!! 仙水の秘密ってやつがわかるかもしれねぇ!)


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