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悠久の王・キュリオ編2
聖獣の森の中で
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馬を駆って一刻ほどを過ぎたころ、空気がより澄んでいることに気づいたキュリオは聖獣の森が近いことを感じた。馬の速度を緩めながらまたしばらく進むと、淡い光の粒子がキラキラと漂い始めた。
それまで大人しくしていたアオイが不意に前方へと視線を走らせ森の入口を凝視する。
「なにか見えるかい?」
風に乱れた彼女の髪を整えながら馬を降りる。
「わんわん!」
身をよじってキュリオの手から逃れようとするアオイを地へ下ろしながらも、彼女の手を離さぬようその手はしっかりと握り続ける。
「ふふっ、子供の好奇心に勝るものはないな。私には見えなかった」
「きゃははっ」
赤子のときと変わらない声と笑顔。日に日に成長を遂げる彼女の姿は神秘的で美しかったが、自身の腕の中で一日を過ごす赤子のアオイがいなくなってしまったと思うと寂しくなるときがある。
「焦って怪我をしてはいけない。私の手を放してもいけないよ」
「わんわんっ」
視線を合わせて言葉を伝えるも、アオイの心は"わんわん"から離れる気はないらしい。
頬を蒸気させ、興奮気味にキュリオの指を引いて歩みを急がせようとするその声と姿に誰が抗えようか? 覚束ない足取りながらも懸命に森を行く幼子の足取りは軽やかな笑い声とともに、さらに奥へ奥へと進んでいく。
日の光を受けてキラキラと輝く泉の傍に辿り着くと、白き翼を持つ天馬(ペガサス)や、兎のような長い耳に狐の身体を持つ聖なる獣たちが争うことなく頭を垂れて水を飲んでいる姿が視界の端に映る。
「…………」
ピタリと止まった小さな足。いつもならばその光景に瞳を輝かせる彼女だったが、追いかけてきた獣の姿を見失ってしまったらしいその目にはわずかな落胆が顔を覗かせる。
「少し歩こうか」
アオイが見た獣は、恐らく犬(ドッグ)ではないだろうことキュリオはわかっていたが、他の聖獣に気が向かないほどに落胆するアオイを見るのは珍しい。キュリオはアオイの歩調に合わせながらゆったりと歩くも、意気消沈気味のアオイは立ち止まってしまいそうなほどに歩みに遅れがでている。
「おいで、アオイ」
両手を広げて腰を屈めるキュリオの動作が意味することをアオイは真っ先に覚えた。
悲しげな瞳がこちらを見上げると、次いでマントの下から現れた細い腕が自身の首元にやんわりと絡みつく。
「こんな日もあるさ」
なだめるように小さく柔らかな身体を両腕に抱き締め、整った鼻先をアオイの髪に埋めて囁く。甘く、優しい香りが鼻腔をくすぐるこの瞬間こそがキュリオにとって最高の癒しであり、アオイをもっとも近くに感じることのできる甘美な時間だった。
アオイが独り歩きを始めてからというもの、腕の中で大人しくしてくれている時間は明らかに減少傾向にある。成長が嬉しい反面、自身から離れていくことに寂しさを隠せないでいる彼の胸中は複雑だった。
体力がついてきた最近のアオイの成長は目まぐるしく、時には空腹であることも忘れてこの森を裸足で歩き回ろうとすることがよくある。そのときの彼女はキュリオに頼る気配は一行になく、背後から抱き上げようとすると"鬼ごっこ"と勘違いしているのか、笑い声をあげて腕から逃れようとする。
(……アオイには可哀そうだが、私にはこんな日があってもらわないと困るな……)
しかし、束の間の癒しも長くは続かなかった。
「……っ! わんわんっ!」
気落ちしていた小さな体へ一気に力が戻る。
「……うん?」
至福の時間に終わりが来てしまったと覚悟を決めてアオイの視線を追ってみると、そこに居たのは――
「……アオイ姫、僕はダルドだよ」
透けるような白い肌に白銀の長い髪を靡かせた狐耳の青年、人型聖獣のダルドだった。
「アオイが探していたのは君だったか」
「……アオイ姫が? ……嬉しい、けど……どうして?」
ダルドに抱かれたいと腕を伸ばすアオイを仕方なくダルドへ手渡す。
「森の入口で気になる聖獣を見かけたようなんだ。追いかけてきたつもりが見失ってしまってね」
「……僕はここに来たばかりだ。アオイ姫とは会っていないと思う」
たびたびアオイに会いに来ていたダルドは、今日も城へとやってきたらしい。そしてキュリオとアオイの姿が見えないことを従者に伝えると、恐らくここにいるだろうと聞いて追いかけてきたのだという。
「そうか……」
アオイの言う"わんわん"が何にあたるか、キュリオは少し気がかりだった。
それまで大人しくしていたアオイが不意に前方へと視線を走らせ森の入口を凝視する。
「なにか見えるかい?」
風に乱れた彼女の髪を整えながら馬を降りる。
「わんわん!」
身をよじってキュリオの手から逃れようとするアオイを地へ下ろしながらも、彼女の手を離さぬようその手はしっかりと握り続ける。
「ふふっ、子供の好奇心に勝るものはないな。私には見えなかった」
「きゃははっ」
赤子のときと変わらない声と笑顔。日に日に成長を遂げる彼女の姿は神秘的で美しかったが、自身の腕の中で一日を過ごす赤子のアオイがいなくなってしまったと思うと寂しくなるときがある。
「焦って怪我をしてはいけない。私の手を放してもいけないよ」
「わんわんっ」
視線を合わせて言葉を伝えるも、アオイの心は"わんわん"から離れる気はないらしい。
頬を蒸気させ、興奮気味にキュリオの指を引いて歩みを急がせようとするその声と姿に誰が抗えようか? 覚束ない足取りながらも懸命に森を行く幼子の足取りは軽やかな笑い声とともに、さらに奥へ奥へと進んでいく。
日の光を受けてキラキラと輝く泉の傍に辿り着くと、白き翼を持つ天馬(ペガサス)や、兎のような長い耳に狐の身体を持つ聖なる獣たちが争うことなく頭を垂れて水を飲んでいる姿が視界の端に映る。
「…………」
ピタリと止まった小さな足。いつもならばその光景に瞳を輝かせる彼女だったが、追いかけてきた獣の姿を見失ってしまったらしいその目にはわずかな落胆が顔を覗かせる。
「少し歩こうか」
アオイが見た獣は、恐らく犬(ドッグ)ではないだろうことキュリオはわかっていたが、他の聖獣に気が向かないほどに落胆するアオイを見るのは珍しい。キュリオはアオイの歩調に合わせながらゆったりと歩くも、意気消沈気味のアオイは立ち止まってしまいそうなほどに歩みに遅れがでている。
「おいで、アオイ」
両手を広げて腰を屈めるキュリオの動作が意味することをアオイは真っ先に覚えた。
悲しげな瞳がこちらを見上げると、次いでマントの下から現れた細い腕が自身の首元にやんわりと絡みつく。
「こんな日もあるさ」
なだめるように小さく柔らかな身体を両腕に抱き締め、整った鼻先をアオイの髪に埋めて囁く。甘く、優しい香りが鼻腔をくすぐるこの瞬間こそがキュリオにとって最高の癒しであり、アオイをもっとも近くに感じることのできる甘美な時間だった。
アオイが独り歩きを始めてからというもの、腕の中で大人しくしてくれている時間は明らかに減少傾向にある。成長が嬉しい反面、自身から離れていくことに寂しさを隠せないでいる彼の胸中は複雑だった。
体力がついてきた最近のアオイの成長は目まぐるしく、時には空腹であることも忘れてこの森を裸足で歩き回ろうとすることがよくある。そのときの彼女はキュリオに頼る気配は一行になく、背後から抱き上げようとすると"鬼ごっこ"と勘違いしているのか、笑い声をあげて腕から逃れようとする。
(……アオイには可哀そうだが、私にはこんな日があってもらわないと困るな……)
しかし、束の間の癒しも長くは続かなかった。
「……っ! わんわんっ!」
気落ちしていた小さな体へ一気に力が戻る。
「……うん?」
至福の時間に終わりが来てしまったと覚悟を決めてアオイの視線を追ってみると、そこに居たのは――
「……アオイ姫、僕はダルドだよ」
透けるような白い肌に白銀の長い髪を靡かせた狐耳の青年、人型聖獣のダルドだった。
「アオイが探していたのは君だったか」
「……アオイ姫が? ……嬉しい、けど……どうして?」
ダルドに抱かれたいと腕を伸ばすアオイを仕方なくダルドへ手渡す。
「森の入口で気になる聖獣を見かけたようなんだ。追いかけてきたつもりが見失ってしまってね」
「……僕はここに来たばかりだ。アオイ姫とは会っていないと思う」
たびたびアオイに会いに来ていたダルドは、今日も城へとやってきたらしい。そしてキュリオとアオイの姿が見えないことを従者に伝えると、恐らくここにいるだろうと聞いて追いかけてきたのだという。
「そうか……」
アオイの言う"わんわん"が何にあたるか、キュリオは少し気がかりだった。
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