上 下
43 / 208
悠久の王・キュリオ編2

ふたりだけの時間

しおりを挟む
「さて、今日は聖獣の森へ出掛けてみようか?」

「……!」

 キュリオの声にパッと顔を上げた幼子の瞳はキラキラ輝いて。アオイの希望を叶えてやることに幸せを感じているキュリオの顔はかつての彼からは想像もつかないほどに綻んでいた。
 アオイはキュリオの言うことを拒絶したりはしないものの、自我の芽生えとともに好みがはっきりしてきたように思える。最近の彼女のお気に入りは聖獣の森の散策だった。その目的はもちろん、たまに姿を見せる美しき聖獣たちだったが、彼らに逢えずとも森の声を聞くだけでアオイは満足しているように見えた。

「……?」

 聖獣の森へ行くと言ったにも関わらず、上の階を目指すことを疑問に思ったらしいアオイの視線がキュリオを捉える。

「聖獣の森は空気が澄んでいるからね。このままではすこし肌寒いかもしれない」

 複雑な言葉の組み合わせはまだアオイには難しいことはわかっている。それでもキュリオはなるべくたくさんの言葉をアオイに聞かせ、それから起こす行動を見せることで、ゆっくりでも点と点をつないでくれたら……と考えていた。それ以上に、アオイが疑問の視線を向けているときに、言葉がわからないだろうと誤魔化したり無言を貫いては信頼関係を築くことはできない。幼子と言えど、相手は心ある人間なのだから。と、キュリオはその姿勢を崩さなかった。

 最上階の重厚な扉をくぐったキュリオとアオイ。声を掛けながらひとまずアオイをベッドへと座らせたキュリオはクローゼットの扉を開いて自身の長めの上着と愛らしい幼児用の衣を手に取って戻ってきた。

 上質な衣に袖を通し襟元を整えたキュリオは、アオイに手触りの良い被り物のマントを着せる。純白な衣を身に纏ったふたりは見つめ合って微笑みながら部屋を後にし、城を出るまでにその光景を目にした数十人の女官らは誰もがこう思っている。

『キュリオ様が姫様の衣をお選びになるときは、お色を合わせていらっしゃるのね』

 まるで恋人同士のような繋がりのある装いはキュリオが意図して選んでいるわけではなく、無意識のなかでそうしてしまっている当の本人は、女官らが良かれと思って誂えられた衣を渡されるまで気づかなかったという。

 ――アオイが城に来てからというもの、キュリオは聖獣の森へ出掛けることが増えていた。無論、見回りを含めた散策であることには変わりないが、なによりも人目を気にせずアオイが自由に歩き回れる外の世界として最適だったことが大きい。いずれキュリオと公務を共にする悠久の姫として、自分が行っている仕事の一端を幼少期から目にして親しんで欲しいという願いもあった。

 片腕でアオイの体を抱き、もう一方の手で手綱を握る。馬に跨ったキュリオは、幼い体に大きな振動が伝わらぬよう速度を調整しながら森を目指す。小さな手がキュリオの衣をきゅっと掴んでいるのが視界の端に映ると、その手に手を重ねたい衝動にいつも駆られては聖獣の森への道のりが長く感じて溜息がでる。

(アオイがもう少し大きくなったら空を移動するのがいい。そうすれば両手で抱きしめていられる)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王妃ですけど、側妃しか愛せない貴方を愛しませんよ!?

天災
恋愛
 私の夫、つまり、国王は側妃しか愛さない。

モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘
ファンタジー
※プロローグ以降の各話に題名をつけて、加筆、減筆、修正をしています。(’23.9.11) <内容紹介> ある日目覚めた「私」は、自分が乙女ゲームの意地悪で傲慢な悪役令嬢アリアナになっている事に気付いて愕然とする。 しかもアリアナは第一部のモブ系悪役令嬢!。悪役なのに魔力がゼロの最弱キャラだ。 このままではゲームの第一部で婚約者のディーンに断罪され、学園卒業後にロリコン親父と結婚させられてしまう! 「私」はロリコン回避の為にヒロインや婚約者、乙女ゲームの他の攻略対象と関わらないようにするが、なぜかうまく行かない。 しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。 意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。 だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。 さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。 しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。 そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。 一年以上かかりましたがようやく完結しました。 また番外編を書きたいと思ってます。 カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。

処理中です...