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悠久の王・キュリオ編2
ふたりだけの時間
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「さて、今日は聖獣の森へ出掛けてみようか?」
「……!」
キュリオの声にパッと顔を上げた幼子の瞳はキラキラ輝いて。アオイの希望を叶えてやることに幸せを感じているキュリオの顔はかつての彼からは想像もつかないほどに綻んでいた。
アオイはキュリオの言うことを拒絶したりはしないものの、自我の芽生えとともに好みがはっきりしてきたように思える。最近の彼女のお気に入りは聖獣の森の散策だった。その目的はもちろん、たまに姿を見せる美しき聖獣たちだったが、彼らに逢えずとも森の声を聞くだけでアオイは満足しているように見えた。
「……?」
聖獣の森へ行くと言ったにも関わらず、上の階を目指すことを疑問に思ったらしいアオイの視線がキュリオを捉える。
「聖獣の森は空気が澄んでいるからね。このままではすこし肌寒いかもしれない」
複雑な言葉の組み合わせはまだアオイには難しいことはわかっている。それでもキュリオはなるべくたくさんの言葉をアオイに聞かせ、それから起こす行動を見せることで、ゆっくりでも点と点をつないでくれたら……と考えていた。それ以上に、アオイが疑問の視線を向けているときに、言葉がわからないだろうと誤魔化したり無言を貫いては信頼関係を築くことはできない。幼子と言えど、相手は心ある人間なのだから。と、キュリオはその姿勢を崩さなかった。
最上階の重厚な扉をくぐったキュリオとアオイ。声を掛けながらひとまずアオイをベッドへと座らせたキュリオはクローゼットの扉を開いて自身の長めの上着と愛らしい幼児用の衣を手に取って戻ってきた。
上質な衣に袖を通し襟元を整えたキュリオは、アオイに手触りの良い被り物のマントを着せる。純白な衣を身に纏ったふたりは見つめ合って微笑みながら部屋を後にし、城を出るまでにその光景を目にした数十人の女官らは誰もがこう思っている。
『キュリオ様が姫様の衣をお選びになるときは、お色を合わせていらっしゃるのね』
まるで恋人同士のような繋がりのある装いはキュリオが意図して選んでいるわけではなく、無意識のなかでそうしてしまっている当の本人は、女官らが良かれと思って誂えられた衣を渡されるまで気づかなかったという。
――アオイが城に来てからというもの、キュリオは聖獣の森へ出掛けることが増えていた。無論、見回りを含めた散策であることには変わりないが、なによりも人目を気にせずアオイが自由に歩き回れる外の世界として最適だったことが大きい。いずれキュリオと公務を共にする悠久の姫として、自分が行っている仕事の一端を幼少期から目にして親しんで欲しいという願いもあった。
片腕でアオイの体を抱き、もう一方の手で手綱を握る。馬に跨ったキュリオは、幼い体に大きな振動が伝わらぬよう速度を調整しながら森を目指す。小さな手がキュリオの衣をきゅっと掴んでいるのが視界の端に映ると、その手に手を重ねたい衝動にいつも駆られては聖獣の森への道のりが長く感じて溜息がでる。
(アオイがもう少し大きくなったら空を移動するのがいい。そうすれば両手で抱きしめていられる)
「……!」
キュリオの声にパッと顔を上げた幼子の瞳はキラキラ輝いて。アオイの希望を叶えてやることに幸せを感じているキュリオの顔はかつての彼からは想像もつかないほどに綻んでいた。
アオイはキュリオの言うことを拒絶したりはしないものの、自我の芽生えとともに好みがはっきりしてきたように思える。最近の彼女のお気に入りは聖獣の森の散策だった。その目的はもちろん、たまに姿を見せる美しき聖獣たちだったが、彼らに逢えずとも森の声を聞くだけでアオイは満足しているように見えた。
「……?」
聖獣の森へ行くと言ったにも関わらず、上の階を目指すことを疑問に思ったらしいアオイの視線がキュリオを捉える。
「聖獣の森は空気が澄んでいるからね。このままではすこし肌寒いかもしれない」
複雑な言葉の組み合わせはまだアオイには難しいことはわかっている。それでもキュリオはなるべくたくさんの言葉をアオイに聞かせ、それから起こす行動を見せることで、ゆっくりでも点と点をつないでくれたら……と考えていた。それ以上に、アオイが疑問の視線を向けているときに、言葉がわからないだろうと誤魔化したり無言を貫いては信頼関係を築くことはできない。幼子と言えど、相手は心ある人間なのだから。と、キュリオはその姿勢を崩さなかった。
最上階の重厚な扉をくぐったキュリオとアオイ。声を掛けながらひとまずアオイをベッドへと座らせたキュリオはクローゼットの扉を開いて自身の長めの上着と愛らしい幼児用の衣を手に取って戻ってきた。
上質な衣に袖を通し襟元を整えたキュリオは、アオイに手触りの良い被り物のマントを着せる。純白な衣を身に纏ったふたりは見つめ合って微笑みながら部屋を後にし、城を出るまでにその光景を目にした数十人の女官らは誰もがこう思っている。
『キュリオ様が姫様の衣をお選びになるときは、お色を合わせていらっしゃるのね』
まるで恋人同士のような繋がりのある装いはキュリオが意図して選んでいるわけではなく、無意識のなかでそうしてしまっている当の本人は、女官らが良かれと思って誂えられた衣を渡されるまで気づかなかったという。
――アオイが城に来てからというもの、キュリオは聖獣の森へ出掛けることが増えていた。無論、見回りを含めた散策であることには変わりないが、なによりも人目を気にせずアオイが自由に歩き回れる外の世界として最適だったことが大きい。いずれキュリオと公務を共にする悠久の姫として、自分が行っている仕事の一端を幼少期から目にして親しんで欲しいという願いもあった。
片腕でアオイの体を抱き、もう一方の手で手綱を握る。馬に跨ったキュリオは、幼い体に大きな振動が伝わらぬよう速度を調整しながら森を目指す。小さな手がキュリオの衣をきゅっと掴んでいるのが視界の端に映ると、その手に手を重ねたい衝動にいつも駆られては聖獣の森への道のりが長く感じて溜息がでる。
(アオイがもう少し大きくなったら空を移動するのがいい。そうすれば両手で抱きしめていられる)
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