上 下
2 / 208
悠久の王・キュリオ編2

罪の意識 <二の女神>スカーレット登場

しおりを挟む
「…………」

 一度だけ振り返った先ではキュリオがカイとアレスへそれぞれの武器を手渡している真っ最中だった。
 受け取ったアレスはその責任の重さを実感しながら杖を握りしめ、カイは見習いの木製のものから卒業できたことに浮かれている様子だった。

「お、俺の剣だっ!! かっけぇえっっ!!」

「そういうことは思ってても声に出さないでよ……恥ずかしいなぁ」

 口を開けば全く真逆なふたりは良きコンビとしてこれからアオイと共に歩むことになる。
 冷静で頭脳明晰なアレスは主に学業を。明朗快活にして体力の有り余るカイは遊び相手として大活躍し、悠久の姫君と絆を深めていく。

(カイ、アレス……頑張れよ)

 フッと優しい笑みを浮かべたブラストは若い門番とともに静かに扉を出て行くと、来客が待つという稽古場へと足を運んだ。

「――お待たせして申し訳ない」

「ブラストか。今朝はやけに静かだな」

 その中心に佇む人物は手にしていた剣を音もなく鞘へ納めると赤い短髪を風に靡かせながらゆっくり振り返った。
 端整な顔立ちに切れ長の瞳。長身で細身の体に纏うのは彼女の色である"赤"を基調とした立て襟の正装で、女性の好むリボンやレースなどはどこにも見受けられず、そのドライな性格も相まって中性的な印象を強く受ける人物だった。さらに艶のある低い声がなんとも悩ましく、虜になってしまう女性が続出したことから、その対策として数年前より……とあるものを身に着けるようになった。胸元に光るブローチが見紛うことなく女物であることから、この麗人へ心を奪われそうな女たちがようやく踏みとどまるようになったのをブラストは知っている。

「……はい。詳しく申し上げられませんが……いまは重要な集まりの最中なのです。……それと、例のことでしたらキュリオ様は、もう……」

「タイミングが悪かったか。
しかしそうも言っていられないさ。ウェスタリアの犯した罪は許されることじゃない」

「……スカーレット殿……」

 ブラストの目の前にいる"二の女神"こと、女神一族直系の次女スカーレット。
 このときの年齢、二十一と言われているが……アオイと巡り合う十数年後も変わりない若さと美貌を誇るのも、女神の血が色濃くでている彼女ならではなのかもしれない。

 自慢の鍛えた剣の腕などこのような場では全く役に立たず、言葉に詰まってしまったブラストは"このような場面では弁が立つ魔導師のほうが適役なのだろうな……"と今さらに思い知らされる。

(賢いスカーレット殿に納得していただくには俺では役不足だな……)

 ブラストが半ば絶望しかけたところで、これ以上にない適任者がのんびり姿を現した。

「若い者がこんなところでなにをしておる。暇なら年寄の散歩にでも付き合ったらどうじゃ?」

 白く長い髭を蓄えた口元は説教臭い言葉を紡いでいても、穏やかに口角は上がり、温かみのある声となってふたりのもとへと届いた。

「これは……ガーラント殿、挨拶もせず申し訳ない」

 思い当たる声に振り向いたスカーレットは片手を胸元に添え、優雅に頭を垂れる。

「堅苦しい挨拶は抜きじゃ。ほれ、ブラストも付いてくるのじゃ」

「……ご一緒させていただきます」

 ブラストは内心ほっとしながらも、タイミングの良過ぎる大魔導師の登場に焦りも生まれる。

(まさかガーラント殿はキュリオ様の命を受けてここへ……?)

 大魔導師の半歩後をスカーレットが歩き、その数歩後ろをブラストが続く。
 やがて果実がたわわに実る庭の一角へ辿りつくと、ポツリポツリと話しはじめた白髪の老人。

「……さて、なにから話そうかのぉ」

「…………」

(やはりガーラント殿が現れた理由はそれか……)

「ガーラント殿、どうにかキュリオ様にお目通りできないだろうか」

 頭上の赤い宝石のような果実に目を向けていた大魔導師の言葉を待たずにスカーレットが申し出る。
 ブラストは王の右腕と言われる大魔導師の登場で直談判に出た<二の女神>を目にし、彼女の謝罪したいという気持ちがよほどのものだと痛感した。

「そう焦るでない。お主スカーレット殿がここに居ることはキュリオ様はとっくにご存じじゃ」

「……さすが王の御膝元となれば優秀な家臣が揃っておられる。……それとも私が嫌われているから、か……」

 どうやらスカーレットは従者からキュリオへ話がいったと勘違いしているようだ。それも邪見にされているが故にその報告が速いのだと考えばかりが先走っていた。

「まぁ待たんか。キュリオ様はお主が来た報告は受けておらん。ブラストからおおよその話は聞いておろう?」

 順を追うように話しはじめたガーラントは長身の女神の言動を制止しながら見あげて続ける。

「例えばこの果樹。所有者はもちろんこの庭の主、キュリオ様じゃ。
だからと言って触れることを禁じられているわけではない。この城の者ならば当然勝手もわかっておる。むやみやたらに傷つけて実を落とすこともなかろうて」

「……はい」

 まだ彼の言いたいことが掴めずにいるスカーレットはただ頷くしかない。
 この大魔導師がキュリオの言葉を代弁しているであろうことに違いはなく、その奥にある真意を彼女なりに理解しようとしているのだ。

「大地に生きる鳥や虫はもちろん別じゃよ? そこまでどうにかしようと思われるお方ではない。……問題はこの木や実を荒らそうとする"よそ者"のことなのじゃよ」

「この実が大切であればあるほど、よそ者が近づくことをキュリオ様は良く思わん。だからと言ってここで四六時中見張っておくことも不可能じゃ。じゃあどうするか? この木全体を網で覆ってしまうんじゃよ」

「…………」

(そういうことか……。木は城を意味し、果実はこの城の従者……それらを覆う網は恐らくキュリオ様の魔法か何か……そして"よそ者"は……)

 ここでスカーレットはキュリオの怒りにようやく気づく。
 広大な王宮の敷地へ一歩足を踏み入れればそこはもうキュリオの包囲網にあり、人を伝達するよりも早く本人に知れるというわけだ。

「良からぬことが起きれば起きるほど網は強固になり、無理に突破しようとすれば罪に問われることも然りじゃ。終いには何者をも通さんようになってしまうじゃろう」

「それを無くす方法は……、償う手立てはありませんか?」

「"信頼"と"時間"しかあるまい。今、キュリオ様のお心を煩わせている問題は既に起きてしまったのじゃ。遥か創世の時代築かれた"信頼"が牙を剥いたとあらば尚更穏やかではないだろうて」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...