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悠久の王・キュリオ編

狂い始めた歯車Ⅱ

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ようやく腕の中に戻ったアオイを抱きしめ早々に立ち上がる。別の女官へ温めたミルクと水を持ってくるよう指示するとそのまま広間を出て行く。

「キュリオ様……お怒りになってしまわれたかしら……」

彼のあまりにも素っ気ない態度に不安を隠しきれない女官や侍女。

「あの子にあんなことが起きてしまった後だからのぉ。手元に置いておかねば、ご不安なのじゃろう」

一連の出来事を目にしてきたガーラントはキュリオの心が痛い程わかる。そして長い年月、彼を傍で見てきたからこそ言えることだった。


 ――階段を上がっていくキュリオは、若干強張りの残るアオイの体を優しく擦ると自室に入るなり湯殿へと向かう。
足も止めず、歩きながらバスローブの紐を解き、アオイを包む寝間着を脱がせる。やがて肩から床へと落ちたバスローブもそのままにキュリオとアオイは白い湯けむりの中へと消えて行く。

「…………」

 先程から口を閉ざしたままのキュリオの顔をじっと見上げる小さな瞳。珍しく彼はその眼差しにも気づかず湯の中を進む。
そしてようやく立ち止まったキュリオは比較的浅い場所へ腰を落ち着け、腕に抱いていたアオイを膝の上へ座らせる。どうやら彼は赤子が肩まで湯に浸かれる場所を探していたようである。

「…………」

望んで二人きりになったはずなのだが、キュリオはどこか上の空だ。いつもは返事のないアオイへ向かって一方的に話しかけている彼だが、何か他のことを考えているようだった。ただ小さな体を癒すように優しい手だけが一定のリズムで肌を滑る。

「……?」

いよいよその様子に不安になった赤子はわずかに違和感の残る右手をあげ、キュリオの艶やかな髪を握り精一杯の力を込めた。

「……アオイ?」

やんわりと髪を引かれ、キュリオは我に返ったように膝の上のアオイに視線を落とす。すると、愛くるしい瞳が何か言いたげに近づき、彼女の濡れた唇から言葉が漏れる。

「っぅ、……」

声のトーンから彼女が不満をもっているだろうことは十分理解することができた彼は、湯殿を見渡してハッとする。

「……すまない。どうやら考え事をしていたらしい」

広間でアオイを受け取り、腕の中に戻った彼女のぬくもりに安堵して女官にミルクと水を頼んだところまでは何となく覚えている。しかし、どうやってここまで来たのか記憶にないのだ。

「お前を無視していたわけじゃないんだ。怒らないでおくれ」

想いを伝えるように湯に濡れた彼の手がそっと赤子の顔に触れ、優しく頬をなでる。ところが、いつもならば可愛い笑顔を向けてくれるアオイが今日は許してくれないらしい。
彼女の真ん丸な瞳は瞬きもせず、キュリオをとらえて離さない。

「アオイには叶わないね……」

小さく笑みをこぼしたキュリオは観念したように独り言のごとく呟く。

「君が皆に愛されるのは嬉しい。しかしそれが……不快でもあると気づいてしまったんだ」

「……?」

言葉の意味がわからないアオイは目をぱちくりさせ、それでもなおキュリオの言葉に耳を傾けている。

「……どうすれば早くふたりきりになれるんだろうってね。広間にいた時そればかり考えていたんだ」

「それで気づいたらここにいたってわけさ」

「……んぅ、っ……」

キュリオの言葉に語尾を強める言葉を返すアオイ。正確には彼女が何と言っているのかまではわからないが、キュリオなりに理解し頷いている。

「そうだね……考え方を改めなくてはいけないね」

(本当に私はどうしてしまったのだろう……)

今までにない屈折した考えにキュリオ自身も苦しんでいるようだった。しかし、無意識にそう思ってしまうのだから止めようがない。
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