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悠久の王・キュリオ編
素性の知れない姫君Ⅲ
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浄化された気の満ちる王の寝室は静寂に満ちていたが、微かな水音が奥の扉から漏れて人の気配を感じさせた。
その巨大な湯殿の一角で幼子を腕に抱いている銀髪の王の名はキュリオ。万能の癒しの魔法を得意とする彼だったが、相対する攻撃魔法や剣術をも極めたその能力は<悠久の王>のみが持つことの許された唯一無二のものである。
悠久のほとんどの民は能力を持たず、稀にみる剣を扱う能力を見出された者は王の従者として仕えることを許された。そしてさらに希少とされるのが魔力を持つ者だった。しかし、その魔力にはかなりの個人差があり、一番容易いとされる己の身だけを治癒することが可能な微弱な力の持ち主が大部分を占める。
最低でも他人をも癒すことができなければ<医術師(イアトロース)>を名乗ることも許されず、病や怪我のすべてを魔法の力で癒すことが可能なこの悠久の国では、人の世界でいう医療技術のようなものは存在していなかった。しかし自然にあふれ、穏やかな悠久では薬草と言われる類いの植物も多く生息し、【雷の国】の民はそれらを求めて国を訪れることがよくある。体の丈夫な彼らが病にかかることは滅多になく重篤な者はいないらしいが、鍛錬での生傷が絶えないというのは種族の特性からわかる気がする。
それらを含め五大国の王が持つ能力の意味を考えれば合点がいくのだが、<悠久の王>の力ですべてが解決してしまうこの国ではガーラントやアレスのように攻撃魔法や癒しの魔法を扱える術者は、広大な砂漠を民に例えてわずかスプーン一杯分ほどの数しかいない。
ここまでくると王の価値がわかってくるが、その長い時間を生きることを義務付けられた彼らは伴侶を持つ選択をした者の話は聞いたことがなかった。その理由は伴侶を得たところで妻となる者の寿命が永らえるわけではないからだ。ではその説明はどこからやってきたのか? と聞かれれば代々王に伝えられている話のひとつとなるのだが、先代の王であるセシエル曰く"この国以外に愛する対象など見つかりはしなかった"らしい。自身もそうなるだろうと信じて疑わなかったキュリオだったが、"娘"としてアオイを受け入れることに迷いはなかった。
銀髪の王は清らかな湯に身を委ねながら柱の合間より覗く月を無表情のまま眺めている。
「ずっとお前の傍にいるにはどうしたらいいのだろうね……」
キュリオとて大事な娘を他人に任せずとも済むのなら頼みはしない。
一秒たりとも離れず、彼女がなにを感じ、なにを見ているのかを共有できる方法があるならば教えて欲しかった。
「きゃはっ」
先程ひと眠りしたアオイは元気に手足をバタつかせている。どうやら己の立てた白波が面白く、興奮しているようだった。目を細めて可愛い仕草を見つめているキュリオは腕の中の赤子へ優しく囁く。
「ふふっ、次は白波のように柔らかなドレスを縫ってもらおうか?」
(それともワンピースがいいだろうか?)
こうして無垢なアオイを見つめていると自然に嫌なことが忘れられる気がした。
「…………」
しかし、すぐにキュリオの嫉妬が勢いを増してせり上がってくる。
「……いや、可愛いお前を他人の目に触れさせる必要がどこにある? 私しか知らない、寝間着がいい……」
その巨大な湯殿の一角で幼子を腕に抱いている銀髪の王の名はキュリオ。万能の癒しの魔法を得意とする彼だったが、相対する攻撃魔法や剣術をも極めたその能力は<悠久の王>のみが持つことの許された唯一無二のものである。
悠久のほとんどの民は能力を持たず、稀にみる剣を扱う能力を見出された者は王の従者として仕えることを許された。そしてさらに希少とされるのが魔力を持つ者だった。しかし、その魔力にはかなりの個人差があり、一番容易いとされる己の身だけを治癒することが可能な微弱な力の持ち主が大部分を占める。
最低でも他人をも癒すことができなければ<医術師(イアトロース)>を名乗ることも許されず、病や怪我のすべてを魔法の力で癒すことが可能なこの悠久の国では、人の世界でいう医療技術のようなものは存在していなかった。しかし自然にあふれ、穏やかな悠久では薬草と言われる類いの植物も多く生息し、【雷の国】の民はそれらを求めて国を訪れることがよくある。体の丈夫な彼らが病にかかることは滅多になく重篤な者はいないらしいが、鍛錬での生傷が絶えないというのは種族の特性からわかる気がする。
それらを含め五大国の王が持つ能力の意味を考えれば合点がいくのだが、<悠久の王>の力ですべてが解決してしまうこの国ではガーラントやアレスのように攻撃魔法や癒しの魔法を扱える術者は、広大な砂漠を民に例えてわずかスプーン一杯分ほどの数しかいない。
ここまでくると王の価値がわかってくるが、その長い時間を生きることを義務付けられた彼らは伴侶を持つ選択をした者の話は聞いたことがなかった。その理由は伴侶を得たところで妻となる者の寿命が永らえるわけではないからだ。ではその説明はどこからやってきたのか? と聞かれれば代々王に伝えられている話のひとつとなるのだが、先代の王であるセシエル曰く"この国以外に愛する対象など見つかりはしなかった"らしい。自身もそうなるだろうと信じて疑わなかったキュリオだったが、"娘"としてアオイを受け入れることに迷いはなかった。
銀髪の王は清らかな湯に身を委ねながら柱の合間より覗く月を無表情のまま眺めている。
「ずっとお前の傍にいるにはどうしたらいいのだろうね……」
キュリオとて大事な娘を他人に任せずとも済むのなら頼みはしない。
一秒たりとも離れず、彼女がなにを感じ、なにを見ているのかを共有できる方法があるならば教えて欲しかった。
「きゃはっ」
先程ひと眠りしたアオイは元気に手足をバタつかせている。どうやら己の立てた白波が面白く、興奮しているようだった。目を細めて可愛い仕草を見つめているキュリオは腕の中の赤子へ優しく囁く。
「ふふっ、次は白波のように柔らかなドレスを縫ってもらおうか?」
(それともワンピースがいいだろうか?)
こうして無垢なアオイを見つめていると自然に嫌なことが忘れられる気がした。
「…………」
しかし、すぐにキュリオの嫉妬が勢いを増してせり上がってくる。
「……いや、可愛いお前を他人の目に触れさせる必要がどこにある? 私しか知らない、寝間着がいい……」
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