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悠久の王・キュリオ編
整いゆく準備Ⅳ
しおりを挟む(……そろそろ夕暮れか)
キュリオは昼寝から目覚めたアオイを腕に抱いて窓の傍へと歩みをすすめる。
寂しげに長く伸びる木々の影を視線で追いかけながらも、キュリオは明日という素敵な日に心を高鳴らせていた。
「お前の存在を民へ知らせるのはもう少し先にしよう」
人を疑うことを知らぬアオイにウィスタリアのような不届き者が再び現れ危害を加えるかもしれない。まだ自分の足で逃げることも、声をあげ助けを呼ぶことも出来ない彼女への心配はいつまでも消えることはない。
「大丈夫、アオイが怯えて暮らすようなことには決してならない。私がそうはさせないさ」
「……んぅ、……」
上目使いにこちらを見上げるアオイの瞳はなぜか不安そうに揺れている。そしてその声はまるでキュリオを心配しているかのように語尾を下げ、彼女の眉間には薄らと皺が寄っていた。
「そんな顔をしないでおくれ。私の小さなプリンセス……」
不安を取り除くように微笑みながら真っ白なアオイの額に口づけを落とすキュリオ。
「私の未来にこれほど素敵な出会いが待っていたとは……今、このとき悠久の王で良かったと心からそう思う」
「国を守り導くのが王の役目。
しかし……君を愛し、愛されたいと願うのは私の意志だ」
「どうか将来、アオイが私の愛を受け入れてくれるよう……心から願っている」
親指でアオイのピンク色の唇をなぞり、堪えるように今はただ瞳を閉じたキュリオ。
――コンコン
『キュリオ様、失礼いたします。ダルド様がお戻りになられましたわ』
広間で待機していた女官の声が鍛冶屋(スィデラス)のダルドの帰還を知らせる。
「……あぁ、わかった」
名残惜しそうに顔を離したキュリオは愛しい娘へと視線を落として笑った。
(この子の魅力に誰も気づかなければいいと思ってしまうのは私の我儘なのだろうな……)
五百年以上生きて来てはじめて"自制"という言葉を意識させられたキュリオはアオイの頬に己の頬を摺り寄せ、もどかしい気持ちをそっと宥(なだ)めていく。
「ふぇ……、ぶぁっくっしょぃっっ!!」
鍛錬場であぐらをかきながら礼儀のなんたらを聞いていたカイは大地が揺れるような豪快なくしゃみを炸裂させた。
「なんだカイ、風邪か?」
ぶるっと身を震わせたカイはブンブンと首を振り、口を尖らせて呟く。
「どっかで俺の噂してやがる!」
「ん? はっはっは!! 良い噂だといいんだがなっっ!!」
ブラストの逞しい手にバシバシと叩かれ、己の体から骨が軋むような音がしたカイは顔を歪めて抵抗する。
「いででっ……だからそれやめろって!!」
――これから先、キュリオ以外にも彼女を愛するが故に激情に駆られる男たちが複数いる。
しかし、その中でアオイの悲しき運命に関わりをもつことができたのは……ごく一部の者だけだった――。
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