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悠久の王・キュリオ編
整いゆく準備Ⅱ
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――キィ……
「失礼いたします。アオイ姫様に一度ご試着願いたいのですが――」
仕立屋のロイが仮縫いを終え、広間で待つキュリオとアオイのもとへと再び姿を現した。
「ロイ。アオイが服を着ている間、君はすこし息抜きをしてはどうかな?」
あまりにも夢中になりすぎて時間が経つのも忘れていたロイは、やや日が傾き始めた窓の外を見て照れたように笑った。
「……キュリオ様。そうですね、では少しだけ……」
「それではわたくしどもは姫様のお召替えをしてまいりますね」
ロイが素直に頷いたのを見届けた侍女らはにこやかに近づき、仮縫いの終わった衣装をロイから受け取るとアオイを抱いた女官を先頭に奥の部屋へと姿を消した。
「さあ、どうぞこちらへ」
傍に控えていた侍女が淹れたての紅茶を運びながら席へ座るよう促す。
爽やかなお茶の香りと、目の前にあるキュリオの優しい微笑みを堪能するようにロイが深呼吸を繰り返していると――
「疲れたかい?」
「……え? あっ……! い、いいえっ!!
お茶の香りがすごく好みだったものですからっ!」
慌てて首を横に振ったロイに気遣わしげな表情を浮かべるキュリオ。
「気に入ってもらえてよかった。
君の部屋も用意してあるから今夜はゆっくり休んでいくといい」
「……っあ、ありがとうございますキュリオ様。
それとあの……、他にもどなたかいらっしゃってるんですか?」
"君の部屋も"というからには、同じように依頼を受けた職人が来ているのだろうか? と、ロイは興味をそそられた。滅多なことでは自宅を兼ねた仕事場から離れることがないため、他の職人と交流する機会のない彼はこのようなときにしかチャンスがないのである。
「あぁ、ダルドが来ているよ。いまは森のほうへ出かけているけどね」
「もしかして……鍛冶屋のダルド様でございますか……?」
彼の名を聞き、驚いたように目を見開くロイ。
そういうのも人伝に聞く"鍛冶屋のダルド"は店を構えているわけでもなければ安易に仕事を請け負うこともせず、その姿さえ謎に包まれているため空想上の人物とまで言われているのだ。
以前、城仕えを勇退したという老人に愛用していた剣を見せてもらったことがあるロイはとてつもない衝撃を受けたものだ。
よく手入れされていたそれは退任してからかなりの年月が経つというにも関わらず一点のくもりもなく、嵌め込まれていた玉には不思議な輝きが宿っており、まるで生き物のように脈動していたのを覚えている。
そのような代物を生成できる鍛冶屋の話は聞いたことがなく、無機質なものに命を与える……それがある一種の高等魔術だと気づいたのは"鍛冶屋のダルド"の存在を知ったここ数年の話である。
(キュリオ様お抱えの鍛冶屋というのなら納得だ……)
「そうさ。今夜の夕食の席で顔を合わせることになるだろう。親睦を深めるには良い機会かもしれないな」
「……は、はいっ!!」
同じ職人として雲の上の存在であるダルドと会えるとわかり、身が引き締まる思いのロイは心を落ち着けさせようと香りのよい紅茶を一気に飲み干した。
そして尚も微笑み続けるキュリオの背後から女官らの声がかかって――……
「お待たせいたしました」
仮縫いのドレスを身に纏った可愛らしい赤子が姿を現し、振り返ったキュリオは感激のため息をそっともらした。
「……あぁ……」
待ちきれぬ様子で立ち上がり、アオイを早々に受け取ったキュリオは見惚れたように熱いまなざしを注いでいる。
仮縫いどまりの未完成なドレスだが彼女の柔らかい雰囲気にとても合い、まるで天使の羽をその身に纏っているかのような可愛らしく優しいものだった。
「素晴らしいよ……ロイ」
夢見心地でアオイを見つめるキュリオは愛しい娘を腕に抱き、いつも期待以上の仕事をしてくれる仕立屋のロイへと視線を移した。
「恐れ入りますキュリオ様。本当にお美しい姫君でございますね」
「きゃぁっ」
「ふふっ、アオイも喜んでいる」
頬をピンク色に染めて上機嫌な声を上げるアオイ。
着飾る楽しさをおそらく理解している様子の彼女は、やはり小さくとも女性だとキュリオは思わずにいられない。
「袖辺りが少し長い気がしますね、調節いたしましょう」
「そのようだね。彼女が小さいこの時期にしか着れないとは……本当にもったいない代物だ」
子供の成長は早い。
これから先、アオイが身に纏う服すべては彼女の成長と愛しい記憶とともに一着一着がキュリオの想いの欠片となっていくだろう。
「そう言っていただけてこのドレスも本望だと思います。
こんな私でよろしければ、いつでもアオイ様の御召し物を仕立てに参らせてただきますので」
「快い申し出に感謝する。嬉しいよロイ。是非お願いしたい」
「はい!」
こうしてこれから成長していくアオイの私服のほとんどは仕立屋のロイが手掛けたものであふれていくことになる。
ロイは彼女の魅力を十分に発揮し、キュリオがイメージする以上のものを形に出来るため、王のお気に入りとなった彼はたびたび城に出入りしている様子が見られるようになるのだった――。
「失礼いたします。アオイ姫様に一度ご試着願いたいのですが――」
仕立屋のロイが仮縫いを終え、広間で待つキュリオとアオイのもとへと再び姿を現した。
「ロイ。アオイが服を着ている間、君はすこし息抜きをしてはどうかな?」
あまりにも夢中になりすぎて時間が経つのも忘れていたロイは、やや日が傾き始めた窓の外を見て照れたように笑った。
「……キュリオ様。そうですね、では少しだけ……」
「それではわたくしどもは姫様のお召替えをしてまいりますね」
ロイが素直に頷いたのを見届けた侍女らはにこやかに近づき、仮縫いの終わった衣装をロイから受け取るとアオイを抱いた女官を先頭に奥の部屋へと姿を消した。
「さあ、どうぞこちらへ」
傍に控えていた侍女が淹れたての紅茶を運びながら席へ座るよう促す。
爽やかなお茶の香りと、目の前にあるキュリオの優しい微笑みを堪能するようにロイが深呼吸を繰り返していると――
「疲れたかい?」
「……え? あっ……! い、いいえっ!!
お茶の香りがすごく好みだったものですからっ!」
慌てて首を横に振ったロイに気遣わしげな表情を浮かべるキュリオ。
「気に入ってもらえてよかった。
君の部屋も用意してあるから今夜はゆっくり休んでいくといい」
「……っあ、ありがとうございますキュリオ様。
それとあの……、他にもどなたかいらっしゃってるんですか?」
"君の部屋も"というからには、同じように依頼を受けた職人が来ているのだろうか? と、ロイは興味をそそられた。滅多なことでは自宅を兼ねた仕事場から離れることがないため、他の職人と交流する機会のない彼はこのようなときにしかチャンスがないのである。
「あぁ、ダルドが来ているよ。いまは森のほうへ出かけているけどね」
「もしかして……鍛冶屋のダルド様でございますか……?」
彼の名を聞き、驚いたように目を見開くロイ。
そういうのも人伝に聞く"鍛冶屋のダルド"は店を構えているわけでもなければ安易に仕事を請け負うこともせず、その姿さえ謎に包まれているため空想上の人物とまで言われているのだ。
以前、城仕えを勇退したという老人に愛用していた剣を見せてもらったことがあるロイはとてつもない衝撃を受けたものだ。
よく手入れされていたそれは退任してからかなりの年月が経つというにも関わらず一点のくもりもなく、嵌め込まれていた玉には不思議な輝きが宿っており、まるで生き物のように脈動していたのを覚えている。
そのような代物を生成できる鍛冶屋の話は聞いたことがなく、無機質なものに命を与える……それがある一種の高等魔術だと気づいたのは"鍛冶屋のダルド"の存在を知ったここ数年の話である。
(キュリオ様お抱えの鍛冶屋というのなら納得だ……)
「そうさ。今夜の夕食の席で顔を合わせることになるだろう。親睦を深めるには良い機会かもしれないな」
「……は、はいっ!!」
同じ職人として雲の上の存在であるダルドと会えるとわかり、身が引き締まる思いのロイは心を落ち着けさせようと香りのよい紅茶を一気に飲み干した。
そして尚も微笑み続けるキュリオの背後から女官らの声がかかって――……
「お待たせいたしました」
仮縫いのドレスを身に纏った可愛らしい赤子が姿を現し、振り返ったキュリオは感激のため息をそっともらした。
「……あぁ……」
待ちきれぬ様子で立ち上がり、アオイを早々に受け取ったキュリオは見惚れたように熱いまなざしを注いでいる。
仮縫いどまりの未完成なドレスだが彼女の柔らかい雰囲気にとても合い、まるで天使の羽をその身に纏っているかのような可愛らしく優しいものだった。
「素晴らしいよ……ロイ」
夢見心地でアオイを見つめるキュリオは愛しい娘を腕に抱き、いつも期待以上の仕事をしてくれる仕立屋のロイへと視線を移した。
「恐れ入りますキュリオ様。本当にお美しい姫君でございますね」
「きゃぁっ」
「ふふっ、アオイも喜んでいる」
頬をピンク色に染めて上機嫌な声を上げるアオイ。
着飾る楽しさをおそらく理解している様子の彼女は、やはり小さくとも女性だとキュリオは思わずにいられない。
「袖辺りが少し長い気がしますね、調節いたしましょう」
「そのようだね。彼女が小さいこの時期にしか着れないとは……本当にもったいない代物だ」
子供の成長は早い。
これから先、アオイが身に纏う服すべては彼女の成長と愛しい記憶とともに一着一着がキュリオの想いの欠片となっていくだろう。
「そう言っていただけてこのドレスも本望だと思います。
こんな私でよろしければ、いつでもアオイ様の御召し物を仕立てに参らせてただきますので」
「快い申し出に感謝する。嬉しいよロイ。是非お願いしたい」
「はい!」
こうしてこれから成長していくアオイの私服のほとんどは仕立屋のロイが手掛けたものであふれていくことになる。
ロイは彼女の魅力を十分に発揮し、キュリオがイメージする以上のものを形に出来るため、王のお気に入りとなった彼はたびたび城に出入りしている様子が見られるようになるのだった――。
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