144 / 212
悠久の王・キュリオ編
五の女神・マゼンタⅢ
しおりを挟む
侍女に案内され手洗い場へとやってきたマゼンタ。見渡す限り敷き詰められた大理石は傷ひとつない鏡のように美しく磨かれており、その場を取り囲むのは浄化効果のある清らかな水たちだった。そこには時折、甘い香りのする花びらが流れて気落ちした彼女の心を癒していくように足元を過ぎていく。
待機する侍女にタオルを手渡された彼女はベタベタになった顔と顔まわりの髪をバシャバシャと洗う。洗い残しはないかと目の前のおしゃれな銀縁の鏡を覗き込みながら、二の女神・スカーレットから浴びるであろう批難を脳内再生する。
『いい気味だなマゼンタ。キュリオ様のところで泥遊びでもしてきたか?』
「…………」
(これじゃあスカーレットに馬鹿にされてしまうわ……)
次女のスカーレットは嫌味を言うような人間ではないが、ウィスタリアのようにオブラートに包ん柔らかい物言いができない。そして年上にも年下にも容赦がないため、たびたび一番幼いマゼンタと衝突してしまうのだ。
「……ぅー……っど、どうしよ……」
今にも聞こえてきそうなスカーレットの声に頭を抱えてしまう。
背伸びしてウィスタリアにお願いした大人っぽい化粧も、綺麗にセットされた髪もすっかりその姿を失ってしまった。
「……大げさ過ぎたかな、鼻水もでてるし……」
『我ながら迫真の演技っっっ!!』と内心ガッツポーズを取りたいくらいだが、キュリオの瞳は本気で呆れているような……蔑みを含んだ極寒の眼差しだった。
「……っ……」
じわりと流れた涙とともにバラバラに砕けた胸の痛みが心をぼろぼろにしていく。
ウィスタリアは王であるキュリオを心から愛している……しかし、幼いマゼンタも彼女に負けないくらい……その小さな胸にキュリオへの愛を強く想い抱いていた。
「……っやんなっちゃうな……っ……何が正しかったんだ……ろ……っ」
抱えきれない悲しみに耐えかねた彼女は膝を抱えてしゃがみこむ。濡れた頬にうっとおしく髪が張り付くが、それが水によるものなのか涙なのかわからないほどにマゼンタは泣いていた――。
(マゼンタ……私のために……)
妹の優しさに気づいたウィスタリアはすぐその姿を追いかけて抱きしめたい衝動に駆られたが、そんなことをしたらマゼンタの行為がすべて水の泡になってしまう。嫌われる覚悟で彼女が作ってくれたこのチャンスを無駄にしないためにも、覚悟を決めたウィスタリアは目の前のキュリオを真剣な眼差しで見つめたが、マゼンタの一件でさらに気を悪くした彼の眉間には深い皺が寄ってしまっている。
(……ここで逃げてしまったら永遠に変わらない……)
穏やかな笑みを称え、いつの時も歪みのない美しさと輝きを放つこの王はウィスタリアに気を留めることなく何十年もその前を通り過ぎていった。崇高な彼を見つめ続けた彼女はいつしか少女から大人の女性へと成長し、報われぬ想いと体だけがウィスタリアの意志を無視して歳月を重ねていく。
(私はマゼンタのように若くない。きっとこれが最後の……)
「……っ」
焦りと不安が交差し、彼女は震える手をごまかすためにドレスの裾を力いっぱい握りしめた。
そして――
「あ、あの……っ! キュリオ様……っ!!」
「…………」
”呼ばれたから視線を向けた”とでも言いたげなその瞳にはまったく親しみが感じられず、すでに拒絶の意を表しているように見える。
しかし、腹を括った彼女は一生分の勇気を振り絞り――……
「わ、わたしっ……キュリオ様のことが……ずっと……っ!!」
待機する侍女にタオルを手渡された彼女はベタベタになった顔と顔まわりの髪をバシャバシャと洗う。洗い残しはないかと目の前のおしゃれな銀縁の鏡を覗き込みながら、二の女神・スカーレットから浴びるであろう批難を脳内再生する。
『いい気味だなマゼンタ。キュリオ様のところで泥遊びでもしてきたか?』
「…………」
(これじゃあスカーレットに馬鹿にされてしまうわ……)
次女のスカーレットは嫌味を言うような人間ではないが、ウィスタリアのようにオブラートに包ん柔らかい物言いができない。そして年上にも年下にも容赦がないため、たびたび一番幼いマゼンタと衝突してしまうのだ。
「……ぅー……っど、どうしよ……」
今にも聞こえてきそうなスカーレットの声に頭を抱えてしまう。
背伸びしてウィスタリアにお願いした大人っぽい化粧も、綺麗にセットされた髪もすっかりその姿を失ってしまった。
「……大げさ過ぎたかな、鼻水もでてるし……」
『我ながら迫真の演技っっっ!!』と内心ガッツポーズを取りたいくらいだが、キュリオの瞳は本気で呆れているような……蔑みを含んだ極寒の眼差しだった。
「……っ……」
じわりと流れた涙とともにバラバラに砕けた胸の痛みが心をぼろぼろにしていく。
ウィスタリアは王であるキュリオを心から愛している……しかし、幼いマゼンタも彼女に負けないくらい……その小さな胸にキュリオへの愛を強く想い抱いていた。
「……っやんなっちゃうな……っ……何が正しかったんだ……ろ……っ」
抱えきれない悲しみに耐えかねた彼女は膝を抱えてしゃがみこむ。濡れた頬にうっとおしく髪が張り付くが、それが水によるものなのか涙なのかわからないほどにマゼンタは泣いていた――。
(マゼンタ……私のために……)
妹の優しさに気づいたウィスタリアはすぐその姿を追いかけて抱きしめたい衝動に駆られたが、そんなことをしたらマゼンタの行為がすべて水の泡になってしまう。嫌われる覚悟で彼女が作ってくれたこのチャンスを無駄にしないためにも、覚悟を決めたウィスタリアは目の前のキュリオを真剣な眼差しで見つめたが、マゼンタの一件でさらに気を悪くした彼の眉間には深い皺が寄ってしまっている。
(……ここで逃げてしまったら永遠に変わらない……)
穏やかな笑みを称え、いつの時も歪みのない美しさと輝きを放つこの王はウィスタリアに気を留めることなく何十年もその前を通り過ぎていった。崇高な彼を見つめ続けた彼女はいつしか少女から大人の女性へと成長し、報われぬ想いと体だけがウィスタリアの意志を無視して歳月を重ねていく。
(私はマゼンタのように若くない。きっとこれが最後の……)
「……っ」
焦りと不安が交差し、彼女は震える手をごまかすためにドレスの裾を力いっぱい握りしめた。
そして――
「あ、あの……っ! キュリオ様……っ!!」
「…………」
”呼ばれたから視線を向けた”とでも言いたげなその瞳にはまったく親しみが感じられず、すでに拒絶の意を表しているように見える。
しかし、腹を括った彼女は一生分の勇気を振り絞り――……
「わ、わたしっ……キュリオ様のことが……ずっと……っ!!」
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
完全無欠なライバル令嬢に転生できたので男を手玉に取りたいと思います
藍原美音
恋愛
ルリアーノ・アルランデはある日、自分が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していると気付いた。しかしルリアーノはヒロインではなくライバル令嬢だ。ストーリーがたとえハッピーエンドになろうがバッドエンドになろうがルリアーノは断罪エンドを迎えることになっている。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ」
しかし普通だったら断罪エンドを回避しようと奮闘するところだが、退屈だった人生に辟易していたルリアーノはとある面白いことを思い付く。
「折角絶世の美女に転生できたことだし、思いっきり楽しんでもいいわよね? とりあえず攻略対象達でも手玉に取ってみようかしら」
そして最後は華麗に散ってみせる──と思っていたルリアーノだが、いつまで経っても断罪される気配がない。
それどころか段々攻略対象達の愛がエスカレートしていって──。
「待って、ここまでは望んでない!!」
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。
舘野寧依
恋愛
ヤンデレさんにストーカーされていた女子高生の月穂はある日トラックにひかれてしまう。
そんな前世の記憶を思い出したのは、十七歳、女神選定試験が開始されるまさにその時だった。
そこでは月穂は大貴族のお嬢様、クリスティアナ・ド・セレスティアと呼ばれていた。
それは月穂がよくプレイしていた乙女ゲーのライバルキャラ(デフォルト)の名だった。
なぜか魔術師様との親密度と愛情度がグラフで視界に現れるし、どうやらここは『女神育成~魔術師様とご一緒に~』の世界らしい。
まあそれはいいとして、最悪なことにあのヤンデレさんが一緒に転生していて告白されました。
そしてまた、新たに別のヤンデレさんが誕生して見事にタゲられてしまい……。
そんな過剰な愛はいらないので、お願いですから普通に恋愛させてください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
気づいたら異世界で、第二の人生始まりそうです
おいも
恋愛
私、橋本凛花は、昼は大学生。夜はキャバ嬢をし、母親の借金の返済をすべく、仕事一筋、恋愛もしないで、一生懸命働いていた。
帰り道、事故に遭い、目を覚ますと、まるで中世の屋敷のような場所にいて、漫画で見たような異世界へと飛ばされてしまったようだ。
加えて、突然現れた見知らぬイケメンは私の父親だという。
父親はある有名な公爵貴族であり、私はずっと前にいなくなった娘に瓜二つのようで、人違いだと言っても全く信じてもらえない、、、!
そこからは、なんだかんだ丸め込まれ公爵令嬢リリーとして過ごすこととなった。
不思議なことに、私は10歳の時に一度行方不明になったことがあり、加えて、公爵令嬢であったリリーも10歳の誕生日を迎えた朝、屋敷から忽然といなくなったという。
しかも異世界に来てから、度々何かの記憶が頭の中に流れる。それは、まるでリリーの記憶のようで、私とリリーにはどのようなの関係があるのか。
そして、信じられないことに父によると私には婚約者がいるそうで、大混乱。仕事として男性と喋ることはあっても、恋愛をしたことのない私に突然婚約者だなんて絶対無理!
でも、父は婚約者に合わせる気がなく、理由も、「あいつはリリーに会ったら絶対に暴走する。危険だから絶対に会わせない。」と言っていて、意味はわからないが、会わないならそれはそれでラッキー!
しかも、この世界は一妻多夫制であり、リリーはその容貌から多くの人に求婚されていたそう!というか、一妻多夫なんて、前の世界でも聞いたことないですが?!
そこから多くのハプニングに巻き込まれ、その都度魅力的なイケメン達に出会い、この世界で第二の人生を送ることとなる。
私の第二の人生、どうなるの????
転生悪役令嬢の前途多難な没落計画
一花八華
恋愛
斬首、幽閉、没落endの悪役令嬢に転生しましたわ。
私、ヴィクトリア・アクヤック。金髪ドリルの碧眼美少女ですの。
攻略対象とヒロインには、関わりませんわ。恋愛でも逆ハーでもお好きになさって?
私は、執事攻略に勤しみますわ!!
っといいつつもなんだかんだでガッツリ攻略対象とヒロインに囲まれ、持ち前の暴走と妄想と、斜め上を行き過ぎるネジ曲がった思考回路で突き進む猪突猛進型ドリル系主人公の(読者様からの)突っ込み待ち(ラブ)コメディです。
※全話に挿絵が入る予定です。作者絵が苦手な方は、ご注意ください。ファンアートいただけると、泣いて喜びます。掲載させて下さい。お願いします。
異世界転生先で溺愛されてます!
目玉焼きはソース
恋愛
異世界転生した18歳のエマが転生先で色々なタイプのイケメンたちから溺愛される話。
・男性のみ美醜逆転した世界
・一妻多夫制
・一応R指定にしてます
⚠️一部、差別的表現・暴力的表現が入るかもしれません
タグは追加していきます。
長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ
藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。
そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした!
どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!?
えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…?
死にたくない!けど乙女ゲームは見たい!
どうしよう!
◯閑話はちょいちょい挟みます
◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください!
◯11/20 名前の表記を少し変更
◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる