上 下
8 / 8
”異世界へ零れ落ちた者”(2)

まさかのジャンル違い?

しおりを挟む
「……ごめんね、びっくりしたよね。実は私、別のところで死んでて……」

 マリは自分のことを羨ましいと言ってくれた。
 自分でスキルが選べたと彼女は思っているようだが、このように地味なスキルがオプティアの生前職に関わっているという真実を彼女は知らないのだ。

「助けてくれてありがとう。貴方のスキル、とても優しいものなのね」

 なぜか涙目のマリは私に抱き着くと、私の言葉の端から滲み出た落胆や悲観のような負の感情ごと包んでくれた。

「マリ……ありがとう」

 オプティアはどんなに不遇な環境にも涙は流さなかった。
 でも、初めて自分を思いやってくれた相手の想いに触れた自身の目尻からはあたたかいな涙が零れ落ちた。
 フォルム的に王子とお姫様のような構図のふたりが熱い抱擁を交わしていると、パチパチと祝福するような柏手がひとつ。

「はい、オプティアさんがやる気を出してくれて本当によかったです。これでこの世界を謳歌する人生が約束されたも同然ですねっ」

 もうすこし違う言葉はなかったのだろうか?
 ミラーの発言はあまりに現実的で、マリとの抱擁にあたたまった心は一瞬にして常温に戻ってしまいそうだ。

「……マリ。ミランダおばあちゃんの薬は私がなんとかするから。マリは夢を諦めないでここで頑張って」

 彼女が頷いたことを見届けてから抱き上げていたマリを静かに床へ下ろすと、満面の笑みで近づいてきたミラーは更に現実的な話をしはじめた。

「この床の穴ですがね、実はこれオプティアさんの強靭な脚力によって開いた穴なんです」

「……ごめんなさい。全然気づかなくて……修理代も発生しますよね」

「いえいえ、今回は人命救助の賜物ですから。こちらで負担させていただきますよ」

「ミラーさん……ありがとうございます」

「今日はお疲れでしょうから皆さんはこの辺でお開きといたしましょうか」

 ミラーの言葉に動き出したオプティアたちはミランダを囲むと優しく手を握って声をかける。

「じゃあミランダおばあちゃん、また明日来るね」

 かがんでいた腰を上げようとすると、笑顔のミラーが思い出したように口を開いた。

「あ、オプティアさんは積もる話がありますので。私がですが。今夜はこちらで部屋をご用意しますので泊まって行ってください」

「……わかりました」

 なんとなくミラーの話は今後のことだろうと想像が働いたが、まさかすぐ呼び止められるとは思わなかったオプティアはマリたちを見送るとミラーの用意した部屋へ入っていく。

 安いアパートに住んでいたオプティアにとって、それはそれは広く綺麗すぎて身の置き場に困るような立派な部屋だった。

「……宿代発生したらどうしよう……」

 扉に入って立ち尽くしているオプティアは左に置かれた大きなベッドにクローゼット、右側の応接セットには未開封の飲み物が置かれていた。
 バルコニーに通じるガラス戸を開けて空を見上げたオプティア。

「……小銭しか稼いでない私には場違いな部屋だわ」

 溜息交じりにそう呟くと――

「人の命を助けた貴方には当然の待遇ですよ」

 ココアのような飲み物をもって現れたのはソマリだった。

「え? ……っ!? あ、ありがとうございますソマリさん、ちゃんとお礼を言えてなくてごめんなさい」

 まさかバルコニーに先客がいるとは思わなかったオプティアは、飛び出してしまった独り言も回収できず。
 非礼を詫びながら頭を下げようとするとソマリが制する。

「まずは自己紹介をさせてくれ。私はここの医療班のリーダー、ソマリ。独身だ」

 心なしか最後尾を強調された気がする。

「私はオプティアです。ご存じかもしれませんが、ここと違う世界に居ました。独身です……」

 ジッとこちらを見つめていた知的な瞳が”独身”という言葉を聞いたとたん和らいだ気がする。

「そうか。よかった。……世界は違えどそんなに変わらないだろう?」

 何がよかったかはわからないが、ソマリの言いたいことは少しわかる気がする。

「そうですね。働いて生活する。夜が来れば眠るし、朝が来れば……」

 両手の中のココアらしきものに自分を映しながら呟く。

「そうではない。皆、愛によって生かされている」

「……え?」

 まさかそう言われるとは思わず、顔を上げると……月の光に反射した美し髪と知的な瞳に目を奪われる。オプティアよりも十は年上だろうか? 彼の知的な雰囲気と大人の魅力がもっとも引き出されるのは夜だろうとオプティアは咄嗟に思った。

「違うか?」

 顔を覗き込むソマリの瞳はこちらの心までも見透かしてしまいそうで。恐れたオプティアは視線をそらした。

「……その言葉には賛同出来かねます。酷い男もいますから……」

 今までのことを思い出すと胸の奥がズキリと傷む。そしてそのたびに思い知らされる。まだ傷心なのだと。

「前の世界で何かあった?」

 視線を外したオプティアが過去を隠そうとしていることにソマリはすぐ気づき、彼女を追い詰めないようにと自身の視線もわざと外して月を見上げる。

「それは……言いたくありませんし、言うつもりもないです。たぶん誰にも……。だから仕事に生きようと思ってます。目的も見つけたし」

「人生は長い。先のことを決めてしまうにはまだ早い気もするが……すこし安心した」

「安心? ソマリさんがですか?」

「そうだね。貴方が恋に生きると言っていたら私は気が気じゃないだろうからね」

 月光に照らされたアメジスト色の瞳と薄く形の良い唇が妖艶に弧を描いて。
 ソマリの言葉を理解するまでに数秒を要したオプティアは、まさかの彼の言葉にフリーズしてしまった。


――ピロリン♪


「……へ? なんの音?」

「音? 音がどうかしたかい?」

 この場に相応しくない妙な音の出所を探ろうと辺りを見回すが、ソマリの様子を見るに聞こえたのは自分だけらしいことがわかる。


【❤ソマリの好感度+10】 


「……は? なにこれ……」


 ソマリの頭上に突如現れた愉快な音付きの文字が祝福の鐘を鳴らしながら弾けて消える。
 冒険ものの異世界かと思いきや、自分が今一番不要な……恋愛ものかもしれないという一抹の不安が脳裏をよぎった――。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

逢生ありす
2021.08.16 逢生ありす

ありがとうございます(*^^*)今後もよろしくお願いします☆

解除

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。