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”異世界へ零れ落ちた者”(2)
大切な笑顔のために1
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オプティアは別室で待つよう促され、ココアに似た甘い香りのするお茶を前に落ち着くこともできず室内を歩き回る。
「……急いでマリにっ……ううん、おばあちゃんの容態が安定するまで私が離れるわけには……」
正解がわからないオプティアは、何度も同じような自問自答を繰り返しながら何周目かとなるテーブルの周りを今一度徘徊し始めた。
――コンコンッ
「……はいっ!」
「オプティアさん、お待たせしました」
間延びのある穏やかなこの声はミラーのものだ。
その口調からミランダの容態はさほど悪いものではないかもしれないという期待がほんの少し胸の奥に芽生える。
「ミラーさん、その……おばあちゃんは……」
まだ確信を得たわけではないオプティアは、ゴクリと唾を飲み込むと静かにミラーの言葉を待った。
「お手柄ですよオプティアさん。あとすこし発見が遅れていたら彼女はもうこの世にはいなかったかもしれません」
サラリと酷な現実を口にしたミラーに呆気にとられてしまうオプティア。
すると、無表情のまま立ち尽くしたオプティアの右手をぎゅっと握ったミラーは、「大丈夫ですか?」と言いながら処置の終わったミランダのもとへと連れて行ってくれた。
家族や親類の死に直面することもなく、先に非業の死を遂げてしまったであろう自分にとって、ミランダの危機はよほどショックだったらしい。
手を引いてくれるミラーの手のぬくもりさえ感じず、誰かが話しかけてくれているにも関わらず言葉さえ頭に入ってこない。
ドアが開かれ真っ白な室内へ通される。無我夢中で飛び込んだ部屋がここだったかも記憶は定かではない。
(なにこれ……床に穴があいてる)
それほど大変な治療だったのだろうか?
魔法が存在するこの世界のことをあまり知らないオプティアには、ギョッとさせられることがまだまだたくさんある。
視線の先では、幾分顔色のよくなったミランダがベッドの上で静かな寝息をたてていた。
……が、それよりも気になることがある。
「……このシャボン玉のようなものは……」
ミランダの全身を覆う透明な繭のような……シャボン玉のようなそれは初めて見るものだった。
「これは所謂生命維持装置のようなものです。彼女は生まれながらに心臓が弱かったようですね。倒れるだいぶ前から症状が出ていたはずです」
「……おばあちゃん……」
(気づいてあげられなくてごめん……)
お日様のようにいつもあたたかく受け入れてくれるミランダが、陰で苦しんでいたかと思うと涙がとめどなく溢れてくる。
彼女の手を握ってあげたくて手を伸ばすも、ミランダを覆うものが壊れてしまいそうで手が出せない。
膝をついて寄り添うオプティアの震える肩へ手を置いたミラー。
「医療班のソマリが彼女の容態のご説明を致しますが、お聞きになりますか?」
「……お願い、します……」
ソマリという名から勝手に女性だと思っていたオプティアの前に現れたのは、白衣を着たロマンスグレーの紳士だった。
灰色の長い髪を七三に分け、首から下げたシルバーの聴診器のようなものがキラリと輝いている。切れ長の冷ややかな瞳が大人な色気を引き立てて。その長い指先がミランダの胸部を指さして……やがて眉間に皺を寄せたソマリさんの低い声が響くが、オプティアはまったく理解できない。
「……?」
(……なに? 専門用語かなんか……? 言ってることが全然……)
チラリと辺りを見回してみると、ミラーを始めオプティアを取り囲んでいる医療班の皆も「うんうん」と頷いているのが見える。
すると、ミラーの心配そうな瞳がこちらの顔を覗き込んで。
「オプティアさん……心中お察しします。心の整理が難しいのでしょう」
オプティアが挙動不審なのを見て、気が動転していると捉えたらしいミラー。しかし、その以前の問題がオプティアには発生していたのだ。
「あの……ごめんなさい。ソマリさんの言ってることが私、全然理解できなくて……」
申し訳ない気持ちでソマリへ向かって「もう一度お願いします」と伝えると、目を見開いたミラーが声を上げた。
「おっと! 私としたことが申し訳ありません」
「……急いでマリにっ……ううん、おばあちゃんの容態が安定するまで私が離れるわけには……」
正解がわからないオプティアは、何度も同じような自問自答を繰り返しながら何周目かとなるテーブルの周りを今一度徘徊し始めた。
――コンコンッ
「……はいっ!」
「オプティアさん、お待たせしました」
間延びのある穏やかなこの声はミラーのものだ。
その口調からミランダの容態はさほど悪いものではないかもしれないという期待がほんの少し胸の奥に芽生える。
「ミラーさん、その……おばあちゃんは……」
まだ確信を得たわけではないオプティアは、ゴクリと唾を飲み込むと静かにミラーの言葉を待った。
「お手柄ですよオプティアさん。あとすこし発見が遅れていたら彼女はもうこの世にはいなかったかもしれません」
サラリと酷な現実を口にしたミラーに呆気にとられてしまうオプティア。
すると、無表情のまま立ち尽くしたオプティアの右手をぎゅっと握ったミラーは、「大丈夫ですか?」と言いながら処置の終わったミランダのもとへと連れて行ってくれた。
家族や親類の死に直面することもなく、先に非業の死を遂げてしまったであろう自分にとって、ミランダの危機はよほどショックだったらしい。
手を引いてくれるミラーの手のぬくもりさえ感じず、誰かが話しかけてくれているにも関わらず言葉さえ頭に入ってこない。
ドアが開かれ真っ白な室内へ通される。無我夢中で飛び込んだ部屋がここだったかも記憶は定かではない。
(なにこれ……床に穴があいてる)
それほど大変な治療だったのだろうか?
魔法が存在するこの世界のことをあまり知らないオプティアには、ギョッとさせられることがまだまだたくさんある。
視線の先では、幾分顔色のよくなったミランダがベッドの上で静かな寝息をたてていた。
……が、それよりも気になることがある。
「……このシャボン玉のようなものは……」
ミランダの全身を覆う透明な繭のような……シャボン玉のようなそれは初めて見るものだった。
「これは所謂生命維持装置のようなものです。彼女は生まれながらに心臓が弱かったようですね。倒れるだいぶ前から症状が出ていたはずです」
「……おばあちゃん……」
(気づいてあげられなくてごめん……)
お日様のようにいつもあたたかく受け入れてくれるミランダが、陰で苦しんでいたかと思うと涙がとめどなく溢れてくる。
彼女の手を握ってあげたくて手を伸ばすも、ミランダを覆うものが壊れてしまいそうで手が出せない。
膝をついて寄り添うオプティアの震える肩へ手を置いたミラー。
「医療班のソマリが彼女の容態のご説明を致しますが、お聞きになりますか?」
「……お願い、します……」
ソマリという名から勝手に女性だと思っていたオプティアの前に現れたのは、白衣を着たロマンスグレーの紳士だった。
灰色の長い髪を七三に分け、首から下げたシルバーの聴診器のようなものがキラリと輝いている。切れ長の冷ややかな瞳が大人な色気を引き立てて。その長い指先がミランダの胸部を指さして……やがて眉間に皺を寄せたソマリさんの低い声が響くが、オプティアはまったく理解できない。
「……?」
(……なに? 専門用語かなんか……? 言ってることが全然……)
チラリと辺りを見回してみると、ミラーを始めオプティアを取り囲んでいる医療班の皆も「うんうん」と頷いているのが見える。
すると、ミラーの心配そうな瞳がこちらの顔を覗き込んで。
「オプティアさん……心中お察しします。心の整理が難しいのでしょう」
オプティアが挙動不審なのを見て、気が動転していると捉えたらしいミラー。しかし、その以前の問題がオプティアには発生していたのだ。
「あの……ごめんなさい。ソマリさんの言ってることが私、全然理解できなくて……」
申し訳ない気持ちでソマリへ向かって「もう一度お願いします」と伝えると、目を見開いたミラーが声を上げた。
「おっと! 私としたことが申し訳ありません」
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