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ご近所のマリとミランダおばあちゃん(1)

生まれて持ったスキルと与えられたスキル

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 黒い髪に、黒曜のように深く黒い瞳。
 標準体型なありきたりな容姿はそのままに、艶やかなセミロングの黒髪だけは転生する前と違って美しかった。

「じゃあお預かりします。配達時間はお昼の十二の刻。四区画の黄色い花の花壇があるミランダおばあちゃんの家ですね。お代は……」

(今日もお客さん少ないし、お届けはお鍋だし……それに私もミランダおばあちゃんの顔が見たい)

「お代は結構です」

 古ぼけた木製のカウンターとは名ばかりのテーブルで、年齢にして十六ほどの少女と向かい合っている私……ヒューマンのオプティア、二十一歳。この国でオプティアとは黒曜石のことを言うらしい。どうしてこんな名前になったかは、恐らくこの黒曜石のような瞳によるものだろう。だがその名をくれたのは親ではなく、人々が生きやすくするために作られた政府公認の魔法組織【スキルセンター】の人たちだった。だからと言って私は孤児(みなしご)ではない。この世界で目覚めたときは既に二十一歳だったからだ。

「オプティア……そんなの悪いわ。いつも貴方は銀貨も取らないで……」

 このこげ茶の髪におさげの少女の名はマリ。田畑を営む両親の手伝いをしながら、こうして少し離れた祖母を気遣い手料理の運搬を私の店に依頼してくる。
 薄いそばかすが日に焼けた肌に愛らしい彼女は申し訳なさそうに眉をハの字に下げると、拒絶された銀貨を握りしめる。

「手伝いで忙しいんでしょ? 若いのにほんと偉いね。マリ」

 この世界で珍しい黒髪の私に村人たちは冷ややかだった。家も家族ない私には特に――。
 そんな私にも偏見を抱かず、最初のお客さんになってくれたのも彼女だった。

 私に褒められたマリは頬を染め、恥ずかしそうに顔を俯かせる。

「私、オプティアが羨ましい……」

「うん? どうして?」

 こんな私からすればマリの方が余程羨ましい。
 この世界で与えられるスキルには家柄や家業、血筋が強く依存している。そのため、代々鍛冶屋の家の子孫はそれに特化したスキルを生まれ持ち、マリの家は農家のため作物を育てたり見分けるスキルに特化しているのだ。

「私も得られるスキルが自由に選べたら良かったのにって……」

 カウンターの上でキュッと握りしめた手は、働き者の手らしく傷つき、所々あかぎれしていて痛々しくみえる。
 私は、そんな彼女の震える手を両手で包みながらこう答えた。

「農家から派生して料理家にもなれるって聞いたことがあるよ。スキルセンターがくれるものじゃないけど、自力で取得した人がいるって。マリは料理上手だし、野菜の目利きだし? 農業だって無駄にならないと思うよ」

 彼女の心に伝わるよう、おまじないのようにオプティアは唱えた。

「料理家……私もなれる……?」

 顔を上げたオプティアの瞳はキラキラと輝いて。

「うん、きっと。そしてマリがそうしてくれたように、私が初めてのお客さんになるよ」

「オプティア……!」

 カウンター越しに抱きついてきた彼女の背を優しくなでる。すこし傷んだ服も、土の匂いのするあたたかな彼女を妹のように思っているオプティアは心から願った。

(持って生まれた以外のスキルを取得するには大変な苦労がいるって聞いた。それでも、マリが本当に願うならきっと叶うはず。頑張って――)

 嬉しそうに手を振って店を出ていくマリを見送ったオプティアは、今日依頼された品々とメモを照らし合わせながら棚の前を歩く。ギシギシと軋む木の床と見合わず、棚の品物はわずかふたつ。

「今月もスキルセンターに渡せる銀貨は少ないな……」

 マリに依頼された鍋を含めても本日の依頼は三件だが、こうして銀貨を貰わず仕事をこなすこともあるため稼ぎはいつもほんのわずかだ。
 スキルセンターに渡す分の銀貨をポケットに忍び込ませると、時間的に一番早いマリの鍋を届けようと店を出た。

「…………」

(マリは私が自由にスキルを選べたって思ってるんだ……)

 親も家もないオプティアはそれらに依存するスキルを持っていなかった。


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