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しおりを挟む翌日、眠りについていた村は爆破音によって目覚めた。
『誠っ!』
『起きています。今のは一体?』
襖越しからでもわかる赤にも橙にも見える明かり。父と共に外へ出ると、村が、そして村全体を覆っていた森が火の海と化していた。
『誠!儂は爆発があったところへ行く。お前はなるべく多くの人を風上に避難させるんだ、気をつけるんだぞ』
『わかりました』
寝間着から胴着と袴姿に着替えた僕は、井戸の水を被り、腰に真剣を挿して火の上がる村の中心部へ走った。
村中を回った僕は愕然としていた。
『おい、おい!しっかりしろ・・・っ!』
足元に倒れていたのは、道場に通う生徒のように見えたがその面影はまるでない。
目玉をくり抜かれ、髪を引き剥がされ、見る影もない。すでに虫の息だ。持ち主が息絶えたことがわからないかのように大野の心臓は鼓動を続け、血液を傷口からどくどくと出し続けていた。
『なん、で・・・なんで!くそっ』
涙をこらえて立ち上がり、燃え上がった村を見回した。
老若男女関係なく、かつての面影を失った村人皆無惨な姿となっていた。吐き気を押さえる事が出来なかった俺は、足元に吐瀉物を吐き出し、炎の熱で渇ききった胴着の袖で口を拭った。
『民族狩り。なんで、なんで、こんなことに』
再び込み上げる嘔吐感を必死に抑えながら、昨日の善蔵殿と父上の会話を思い出していた。
―――あの青刺の男は老若男女問わず、あれを探し出すためなら何でもするだろう。目玉は刳られ、価値のある髪の毛は皮膚ごと剥ぎ取られ売られる。それならば、誇りを持ち死ぬほうがよくはないのか?
自分の推測に寒気がした。そして自分の心に言い聞かす。まさか、そんな事はありえないのだと。
『きゃぁぁぁっ!』
村の奥から聞こえた悲鳴。それは、聞き覚えのある声だった。
『あやめ!』
僕は、一心不乱に血液と内臓に染められたおぞましい灼熱の地面を力いっぱい蹴った。
気を失ったあやめの長い髪の毛を掴んでいたのは顔に右目をまたぐ青刺を湛えた男だった。その傍らには善蔵がもはや言うまでもない無惨な姿で転がっている。僕は、腰の刀を抜き、男との間合いを積める。
『あやめを離せ!』『誠!?と、さま・・・お父様がっ』
血液に濡れた唇の右端だけを吊り上げ、男は奇妙に笑った。
『あぁ?なんだまだ、生き残りがいたのか。ふ・・・・まあいい。俺に立ち向かう勇気に敬意を評して、特別にお前はこの娘共々俺の奴隷でもにしてやるとするかな・・・・っ!』
『お喋りな御主人様は今すぐあの世へ行くべきだ』
赤黒い、奇妙な血管の浮き出た男の首へ切っ先を突き立て、吐き捨てた。
『さあ、あやめを離せ!』
『嫌だね』
青刺が歪む。
『何?』
男の余裕の態度は俺の予想を裏切った。突き立てた刀を掴むと、自分の首を切り裂いたのだ。
しかし、首筋から血液が溢れ出ることはなく、どろりとした赤黒い粘膜だけが流れた。皮膚は確かに剥がれたが、皮膚の下から除いていたのは血に濡れた肉ではなく鋼の骨組みだけだった。
『な、んだ?お前、は』
パキィン。
僕の疑問を余所に、男は刀を握る力を強め、ついには折った。刀を握ったどの手もまた、鋼だった。僕は、驚きと恐怖で無意識に後ずさっていた。
「まさか、お前・・あの機械人形、なの?」
『はっ、永遠の人形を見たこともない世間知らずなんてのはもう倭民族ぐらいだろうぜ。いいか?お前に俺は殺れないんだよ』
ごっ・・・・。
『う・・・・・っ!』
突然後頭部に衝撃が走った。振り返る間もなく、僕の意識は途絶えた。
意識が戻ると、そこは村ではなかった。草木が生い茂る森の中、異様な匂いとどす黒い空気が立ち込める嫌な場所だった。
『たすけて。誠――っ。助けて』
当たりを見回す僕の耳にあやめの叫び声が飛び込んだ。
彼女はさっきの男に漆黒のしなやかな髪を乱暴に掴まれていた。美しい着物はひどく乱れ、細い足をあらわにしていた。刺青の男はにたりと笑うと、それに手を回し深々と爪を立てた。血が滲む。
『やめてっ。いやぁ。誠っ助けて』
『やめろ!やめろぉ。あやめっ、あやめ。くそっ』
両の手足が紐によって堅く結ばれ、自由を奪われた僕にはどうすることも出来なかった。
いや、出来たことはあった。だか、それは、その屈辱的な光景を見て、あやめの名を叫ぶことだけだった。
『あやめ。あやめぇぇぇぇぇっ!』
そして、奴は笑った。何も出来ない無力な僕をあざ笑った。
『所詮、倭民族は狩られるだけの人間なんだよ』
そして、まるで拷問のように少しずつ傷つけられ、凌辱されたあやめの目の焦点が合わず、意識は遠くへいった。それでも僕は、無我夢中で彼女の名を叫び続けた。
『たく、五月蝿い餓鬼だな』
男は僕の胸倉を乱暴に掴むと、無理矢理立たせ、空いている左手にナイフを持ち、ゆっくりと右目に近づけた。
『ちょっと黙ってて貰おうか』『よせ、やめろ‥‥‥やめ』
ごりっ。不快な音と共に、視界が赤に染まる。
遅れてやってきた激しい痛み。それは何にも例える事のできない人間がおよそ味わうべきでない痛みだった。
『っっあぁぁあっぁぁぁ‥‥‥!』
吐き出すことが出来るのは喉が潰れるほどの悲鳴だけだった。気を失いかけていた僕に男がしたのは、残る左目の摘出作業だった。左手がぼやける左目に見えるのは狂気に顔を歪ます男の顔。
『これで終わりだ。――がっ!』
男の重心が傾き、バランスをとるため、僕から手を離した。半ば投げ飛ばされたようになった僕は、受け身もとれずに正面から倒れた。そのおかげで、拘束が緩む。倒れた男の足元には、俺の叫びに反応したのか、正気を取り戻したあやめがいた。男の足に必死にしがみついていたのだ。
『逃げて!‥‥‥お願い、い、生きて。誠だけで、も、生きて』
『この糞女がっ!』
男は足に必死にしがみつくあやめを蹴り続けた。
『‥‥‥駄目だ。そんなこと、出来ない』
蹴られ続けたあやめの頭からは血が流れている。しかしそれでも、あやめは男から手を離さない。
『いいの。お願い。私の為に生きて』『黙れっ!』
男は軽々と、あやめを持ち上げると、あいているほうの細い腕をあやめの胸にあてがった。
その腕はあやめの胸をゆっくりと圧迫していく。そしてーーー。
『やめろぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉっ!』
ボキィーーーーーーー。
『う・・・・・』
そして、骨が何本か折れる音を響かせて、その男とは思えない細い腕があやめの胸から突き抜けた。ごぼりと小さな唇から血の固まりが溢れた。
『うぁぁぁぁっ‥‥‥!』
その光景を目にした僕には何故か足に立ち上がる力が込められた。生き抜かなければ。今は、死ぬわけにはいかない。
あやめの目を見ず頷いて、叫びながら、異臭の放つ洞窟を走った。
生き抜いて必ずーーーーーーーーーーー殺してやる。
「それから何があったのかは正直覚えていない」
話を終えると、ミズノは無惨な物を見たかのように口元を押さえて青い顔をしている。
一方イオは、顔色一つ変えず黙って話を聞いていた。
「今回民族狩りと夜月との関係性は?」
「わからない」
呆れたのかなんなのか、イオは静かに目を閉じた。何もかもわかっていない自分自身に失望した。なぜ、こんな僕が生き残ってしまったのだろうか。すべてを知る長や、父上、善蔵が生き残るべきではなかったのか?
「とにかく、今は傷を癒やせ。彼女が命懸けで守った命なんだからな」
命懸けか。あやめはこんな僕のために、あんな男に殺された。彼女の無念を晴らさなければ。
「あ、そうだ」
イオは、何か思いしたように大きな袋から黒い布を二枚取り出し僕に向かって投げた。懐かしい型、普通の服よりかすかにある重み。それは、詰襟の学生服だった。
「お前の服だ。知り合いの民族学者から倭民族のを調達してきた」
兄貴分のように気さくに、そして、無邪気に笑うイオは意識を落とす前とはまるで別人に見えた。
「懐かしいな」
口が緩むのを確かに感じた。なんだか、久しぶりに笑った気がする。制服の上着を広げ、大きさを確かめるために軋む体を無理やり伸ばして羽織った。少し大きかったが支障はない。
「よし。ちょっと大きいけど大丈夫そうだな。この街の服は基本俺ら仕様でな、お前が着るには大きすぎたから調達してきたんだが、その格好はかなり目立つ。お前が生きてることがわかれば、襲って来たやつはもちろん他の連中からもまた命が狙われかねない。身を隠したいなら・・・」「いいんだ。・・・・これなら、奴を探せる」
イオは首を捻る。僕はそんな彼を見据えた。
「イオ。頼みがある」
「なんだ?」
そして、男の顔を思い出し目を閉じる。
「復讐をしたいんだ。村の、家族の、あやめの復讐を。頼む。手伝ってくれるか?」
――――こんなことであやめが喜ぶわけがない。やめるんだ。そんなのはただの自己満足だ。今まで通り身を隠し生きていればこれ以上傷つく事はないんだ
僕の良心が僕に必死に語るが、邪心が紡ぐ言葉をただ吐き出すだけだった。
†
「復讐?」
聞き返すまでもなかったが俺は返す。
マコトは、ゆっくりと左目を開いて頷いた。
「なんでも屋なんだろう。頼む」
「‥‥‥報酬次第だ」
ミズノが静止の声をかけようとしたが、すぐに止めた。ミズノであろうと仕事の邪魔はさせない。
「この、左目じゃ駄目か?足りないなら、僕を殺して売ったって構わない。復讐を果たせば、僕にはもう生きる意味も理由もない」
左目は、もはや復讐心という名の黒き炎を携えて燃えていた。本気だった。村の人々や、仲間、自分を慕ってくれた子供たち。たった一人の父親。そして、最愛の人が殺されたのだから無理もないだろうが。
「・・・いいぜ、交渉成立だ」
決意を決めた復讐者の目で、マコトは精一杯笑っていた。俺は、その不敵な笑みが気に入った。
久しぶりに楽しくなりそうだ。
「それと、もうひとつ条件がある」
尋ねるような顔のマコトに見せるように右手で左の人差し指を握る。そして、本来曲がるはずのない方向へ指を思いきり曲げた。
「おい。何を、やめろーー」
ゴキン。
軸が折れる音に反応し、マコトは目を伏せた。
「いいから見ろ」「・・・っ!」
マコトに俺が見せた物。
それは、人工皮膚が破け、軸が剥き出しとなり赤黒い機械油の通る管が飛び出した無残な指。
「俺も、お前の村を襲ったその男と同じ、機械人形。永遠の人形だ。だが、奴をどんなに憎んでいても、その憎む者と俺が『同類』であっても、何があろうとーーーー俺を信じろ」
「・・・・痛みはないのか?」
あの決意の眼差しからして、即答するかと思っていたが、見当違いの返事をしてマコトは恐る恐る俺の指に触れた。
「あぁ。永遠の人形は痛みを感じない」
マコトは俺の指に触れ続け、俺を見た。
「奴が機械だから、簡単に人が殺せたのか?」
何故かマコトの言葉に少し不快な気持ちを覚えた気がした。強い衝撃を受けたような、身体の中のエンジンが暴れ回ってうまく身動きが取れなくなってしまうような不思議な感覚。
「違う。それは奴の意思だ。俺達にだって意思はある。自分の行動を選ぶことが出来る。たとえ、不の感情がなかったとしてもな」
機械油で濡れた床を踏み締めた。人間の体重の何倍もある俺のせいで床がぎしりと軋む。マコトはどんなに機械油で濡れても手を離そうとはしなかった。それどころか握る手に力が篭る。
「イオ。僕は、お前を信じていいんだな?」
復讐者の目はいつしか全てを飲み込む夜色に変わっていた。それは、月のない深い夜に似ていた。
「あぁ。仕事だしな。ついでに、村に行って墓作りでもしてやるよ」
そして俺はいつの間にか退屈凌ぎだと思っていたこの仕事に何か使命感を感じていた。
マコトの回復力は驚異的で、もう目の包帯がとれたら退院だとミズノに言われ、早急に仕事を始める準備にかからなければまずいと思った俺は、携帯電話を取り出し、シルドの短縮を押す。シルドは旧式で、連絡コードが内蔵されていないのだ。何回か続いたコールが止まるとシルドの太い声が響いた。
『なんだよ。証拠泥棒』
やけになったような大声に俺は思わず携帯電話を耳から離す。
「おいおいまだ根に持ってんのか?」
『当り前だろう。で、今日は何の用だ?人間様に証拠が少ないから金を返せて怒鳴られた可愛そうな同報をちゃかすための電話か?』
「いやいや。そんな趣味悪いことはしねえよ。実は、調べてほしいことがあるんだよ。例の事件の、倭民族絡みなんだけどよ」
携帯電話越しからでも感じられたシルドの不満を感じる冷たい空気が消えた。
さあて、ここからは真面目なビジネスだ。
「俺が関わることで何のメリットがある?」
「そうだな、全てが解決したらが関わった情報を全てくれてやる。新聞記者にでも売ったらいい値になるだろう。それで、店を改装するなり、オプションパーツや新装備をつけるなり、〈最上級機械油〉を買うなり好きにすればいい。どうだ?悪い話じゃないだろう」
どうせ俺にはそれ以上の大金が入るはずだ。何せ本物の倭民族そのものが手に入るんだから、それくらいシルドに譲ってやってもいいだろう。
『どこからそんな金が飛び込んで来るら知らんがいいだろう。その話乗った。何がほしい?』
「そうこなくちゃな。同報に、顔に十字架の青刺をしている野郎がどれくらいいるか知りたい」
シルドにはもう一つの顔がある。それは、軍の衛星事業。永遠の人形の大半を衛星で管理している。これは、機械の故障から始まる暴走や、人間に危害を加えない為のシステムだ。最近ではどちらが本業かわからないくらいに仕事は減っているらしいが。
「ちょっと待てよ。刺青?そんなの何体いると思ってるんだ。一時期あんなに流行ったんだ。
・・・・いや、でも、ここ三日間足どりが掴めないやつがいるな。えっと、No.402。本人はシオンと名乗ってるようだ」
「どこで切れた?」
携帯電話越しからキーボードを叩く音が聞こえた。かちりとマウスがクリックされる。シルドがはっと声を出す。
「まさか、ありえない」「どうした」
「シオンの詳細がわからなくなったのは、焼け野原になった謎の村。恐らくの村近くだ。軍のセキュリティ機能でそこにはいけない事になってる筈なのに」
シルドの愕然とした反応に俺は頭を抱えた。何故、衛星管理回線が途切れたのか、何故、本来ならば入ることの出来ないの村にシオンが足を踏み入れる事が出来たのか。
故障、製作ミス、衛星の異常。様々な可能性が頭を過ぎるがどれも仮説の域を出ない。
「わかった。俺も調べとくからそっちもよろしく頼む。足どりが掴めたら連絡くれ」
シルドの返事を待たずに電話を切った。
「衛星が使えないとなると残る手は今はなしか。とりあえずマコトの傷が完治してからだな」
呟いて俺は、足早に事務所へ向かった。
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