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四
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俺達が向かった松前家は十時の八列目。《倭家》では上の下程の位だ。
「お帰り願おうか。主殿?」
礼服を身に纏い、扉の前に仁王立ちで立ちはだかっていたのは松前真琴改め、長門家当主を拝命した長門真琴。母方の姓の力を受け継いだ為、松前家の権限を持たないこいつがここにいるのは予想外だった。
「よ、よお。真琴。お前、まだ長門家に越してないん?」
俺はこいつが苦手だ。決して俺を異端だからと差別視はしないが、当主として認めている風ではない。堅物というか。考え方が古いと言うか。とにかくやつを前にすると身体がびくりとひきつってしまう。
「今、松前家の今後について長門を交えて話し合っているところだ。父の死によって言霊師としての松前家は滅んだ。それは貴方もわかっているはず。それを、こんなに上位格の分家の当主を引き連れて、邪魔しようとはね」
「突然の非礼は詫びよう。しかし、言葉を返すようだが、長門当主。私達はお前ではなく松前家の主に用があるんだ。現当主は妹の美琴と見受けるが?」
息継ぎもせず言い放った真琴に怯んだ俺がなにも言えずにいると、出雲が代わりにとずいと前に出た。それにふと我に返り、勝ち気な少女の顔を思い出す。
「そ、そう。俺等はな美琴に用がある。美琴を呼んでくれ」
「美琴?なぜ美琴に」
「‥‥やるって、言っとるんやろ?松前家の「葬儀屋」の後継ぎを」
言葉に重ねて、まっすぐ目を見据えて言えば、真琴は途端に瞳を反らした。図星か。
「やっぱりな。あいつはおやっさんの仕事を誇りに思っとった。自分が《言霊師》として松前の力を継げんかった事を心底悔しがってた」
「美琴が‥‥そんなことを」
真琴の妹、松前美琴は言霊師の力を受け継ぐことの出来なかった人間だ。
だが、霊体との対話と言う特に精神力を必要とする不可視のものを扱う力を持ちながら地位が上位ではないのはそこに理由がある。
松前家は昔から後継ぎにあまり恵まれず松前静雄も末弟でようやく生まれた後継ぎであったらしい。そして、今日。とうとう松前家の力は途絶えた。一度途絶えた血はもう戻ることはない。可能性がゼロとは言わないが、所謂覚醒遺伝は歴史上一人もいないからだ。それでも、葬儀屋としての仕事を持つ「松前家」自体を失わないため、幼い少女が頑張ろうとしているのだ。
「ああ。だから美琴に会わせてほしい。こんな言い方したくないんやけど―――長門家には関係ないことや」
言い放つと、真琴はあからさまに怒りと憤りが混ざったような表情を浮かべ、両手を握りしめた。俺も、心がぎゅっと絞まるような嫌な罪悪感を抱いた。ただ、長門家を巻き込まないためにはこう言うしかなかった。ここの人間は姓と力に縛られて生きているのだと思い知らされる。
「家、か。それは、大切な妹さえも守らせてくれないんだな」
そして、真琴の言葉が深く突き刺さる。
「悪い」
「主らしい顔をして謝るな。余計に腹が立つ。‥‥貴方は、きっと正しい。美琴を呼んでくる。待ってろ。ただ、美琴を危険な目にだけは絶対にあわせないでほしい。頼む」
「ああ。約束する。美琴はちゃんと守る。父親の死の真相もきっと暴いてやるよ。お前のためにも、な」
真琴は一瞬はっとした顔をしたあと頷くと、右手で顔を覆いながら踵を返す。それとほぼ同時に肺に溜まった一気に吐き出し軽く背中を丸めた。満月が俺の袖の裾を引く。俺が真琴の事が苦手なのを知っていたからか心配してくれていたらしい。
「真琴兄様もきっとわかってくれてますよ。長門家と松前家、両家を守りたいという志摩の気持ち」
「ああ。そうやとええな」
珍しくにこりと笑った満月に俺も笑って返した。
しばらくして、部屋の奥からパタパタと足音が響いた。
「譲兄っ!」
中学の制服を纏った幼い少女は、スカートを翻し、裸足で玄関を降りた。
彼女が新たに松前家の主をかって出たという松前美琴。まだ幼い表情をした中学三年生だ。無邪気な笑顔がとてもよく似合う美琴は、父の死の悲しみなど微塵も感じなかった。泣いた跡もなく目も腫れてはいない。
そんな姿に俺は思わず美琴の頭を撫でていた。
「悪いな。忙しい時に。継ぐんやってな?葬儀屋」
「うん。お兄ちゃんは長門の人になっちゃったし、お母さんも私が落ち着けば長門に戻っちゃうだろうから。もう私しかいないの。お父さんの大切してた仕事だから、私が守らなくちゃ」
とても中学生とは思えない言葉は、背伸びをしているというよりは無理をしているように見える。頼もしいと思う前に胸が痛かった。
「そうか。それなら、俺と一緒に最初の仕事しやへん?」
父の死を受け止め、必死に強がる少女になにか他にかける言葉がなかったのかと内で自身を叱咤するが首をかしげた美琴に向けて続ける。
「葬儀を‥‥おやっさんの葬儀をするんや」
「‥‥え?」
美琴は戸惑ったように大きな瞳を見開いた。
「で、でも、御祖父様が」
「大丈夫。俺らがちゃーんと《老》共から守ったる。父親の供養もできないままなんて美琴も納得してへんのやろ?」
スカートをぎゅっと握りしめうつむく。残酷な現実を無理矢理納得しようとしていたのかもしれない。
「‥‥真琴ともちゃんと約束した。おやっさんの死の真相は俺がちゃんと暴く。今、爺共の命を逆らって葬儀をしたって何かが変わるとは思えやん。でもな、何かに繋がる可能性があるならそれに賭けたい。それに、俺はもう、大切な人を失くしたのにその悲しみを誰かに強制されて我慢するひとの姿なんて見たくない」
振り替えれば、日向、出雲、伊勢谷兄妹。皆、皆そうだ。失う悲しみを知っている。家に逆らえない憤りを知っている。そして、それを乗り越える強さを。
「だから‥‥‥」
「やるよ」
言い終わる前に美琴が重ねた。まっすぐこちらを見据えている。真琴と同じ強い力を持った光を放つ瞳が。
「私も知りたい。どうしてお父さんが殺されたのかも、それをお爺様が隠したい訳も。だから私も松前家の主として‥‥松前静雄の葬儀をします」
それは、覚悟と決意。
俺が美琴の年のとき、こんな顔が出来ただろうか。
きっと、幼い頃の自分では彼女には到底かなわない。俺は思わず体を屈め、美琴の後頭部に手をかけて胸元に引き寄せていた。
「ありがとう。約束はちゃんと守る。だから、もう泣いてええよ」
「‥‥‥譲、兄?」
「ああ」
頷くと皆が部屋を出た。こちらを見開いた大きな瞳に涙が溜まり、そして溢れた。美琴は俺のシャツを強く掴み、顔を埋め、そして叫ぶように泣き出した。俺は、美琴を強く抱き締めた。シャツにその澄んだ涙が滲んでも。
何度も何度もお父さんと呼ぶその声が止むまで。
「お帰り願おうか。主殿?」
礼服を身に纏い、扉の前に仁王立ちで立ちはだかっていたのは松前真琴改め、長門家当主を拝命した長門真琴。母方の姓の力を受け継いだ為、松前家の権限を持たないこいつがここにいるのは予想外だった。
「よ、よお。真琴。お前、まだ長門家に越してないん?」
俺はこいつが苦手だ。決して俺を異端だからと差別視はしないが、当主として認めている風ではない。堅物というか。考え方が古いと言うか。とにかくやつを前にすると身体がびくりとひきつってしまう。
「今、松前家の今後について長門を交えて話し合っているところだ。父の死によって言霊師としての松前家は滅んだ。それは貴方もわかっているはず。それを、こんなに上位格の分家の当主を引き連れて、邪魔しようとはね」
「突然の非礼は詫びよう。しかし、言葉を返すようだが、長門当主。私達はお前ではなく松前家の主に用があるんだ。現当主は妹の美琴と見受けるが?」
息継ぎもせず言い放った真琴に怯んだ俺がなにも言えずにいると、出雲が代わりにとずいと前に出た。それにふと我に返り、勝ち気な少女の顔を思い出す。
「そ、そう。俺等はな美琴に用がある。美琴を呼んでくれ」
「美琴?なぜ美琴に」
「‥‥やるって、言っとるんやろ?松前家の「葬儀屋」の後継ぎを」
言葉に重ねて、まっすぐ目を見据えて言えば、真琴は途端に瞳を反らした。図星か。
「やっぱりな。あいつはおやっさんの仕事を誇りに思っとった。自分が《言霊師》として松前の力を継げんかった事を心底悔しがってた」
「美琴が‥‥そんなことを」
真琴の妹、松前美琴は言霊師の力を受け継ぐことの出来なかった人間だ。
だが、霊体との対話と言う特に精神力を必要とする不可視のものを扱う力を持ちながら地位が上位ではないのはそこに理由がある。
松前家は昔から後継ぎにあまり恵まれず松前静雄も末弟でようやく生まれた後継ぎであったらしい。そして、今日。とうとう松前家の力は途絶えた。一度途絶えた血はもう戻ることはない。可能性がゼロとは言わないが、所謂覚醒遺伝は歴史上一人もいないからだ。それでも、葬儀屋としての仕事を持つ「松前家」自体を失わないため、幼い少女が頑張ろうとしているのだ。
「ああ。だから美琴に会わせてほしい。こんな言い方したくないんやけど―――長門家には関係ないことや」
言い放つと、真琴はあからさまに怒りと憤りが混ざったような表情を浮かべ、両手を握りしめた。俺も、心がぎゅっと絞まるような嫌な罪悪感を抱いた。ただ、長門家を巻き込まないためにはこう言うしかなかった。ここの人間は姓と力に縛られて生きているのだと思い知らされる。
「家、か。それは、大切な妹さえも守らせてくれないんだな」
そして、真琴の言葉が深く突き刺さる。
「悪い」
「主らしい顔をして謝るな。余計に腹が立つ。‥‥貴方は、きっと正しい。美琴を呼んでくる。待ってろ。ただ、美琴を危険な目にだけは絶対にあわせないでほしい。頼む」
「ああ。約束する。美琴はちゃんと守る。父親の死の真相もきっと暴いてやるよ。お前のためにも、な」
真琴は一瞬はっとした顔をしたあと頷くと、右手で顔を覆いながら踵を返す。それとほぼ同時に肺に溜まった一気に吐き出し軽く背中を丸めた。満月が俺の袖の裾を引く。俺が真琴の事が苦手なのを知っていたからか心配してくれていたらしい。
「真琴兄様もきっとわかってくれてますよ。長門家と松前家、両家を守りたいという志摩の気持ち」
「ああ。そうやとええな」
珍しくにこりと笑った満月に俺も笑って返した。
しばらくして、部屋の奥からパタパタと足音が響いた。
「譲兄っ!」
中学の制服を纏った幼い少女は、スカートを翻し、裸足で玄関を降りた。
彼女が新たに松前家の主をかって出たという松前美琴。まだ幼い表情をした中学三年生だ。無邪気な笑顔がとてもよく似合う美琴は、父の死の悲しみなど微塵も感じなかった。泣いた跡もなく目も腫れてはいない。
そんな姿に俺は思わず美琴の頭を撫でていた。
「悪いな。忙しい時に。継ぐんやってな?葬儀屋」
「うん。お兄ちゃんは長門の人になっちゃったし、お母さんも私が落ち着けば長門に戻っちゃうだろうから。もう私しかいないの。お父さんの大切してた仕事だから、私が守らなくちゃ」
とても中学生とは思えない言葉は、背伸びをしているというよりは無理をしているように見える。頼もしいと思う前に胸が痛かった。
「そうか。それなら、俺と一緒に最初の仕事しやへん?」
父の死を受け止め、必死に強がる少女になにか他にかける言葉がなかったのかと内で自身を叱咤するが首をかしげた美琴に向けて続ける。
「葬儀を‥‥おやっさんの葬儀をするんや」
「‥‥え?」
美琴は戸惑ったように大きな瞳を見開いた。
「で、でも、御祖父様が」
「大丈夫。俺らがちゃーんと《老》共から守ったる。父親の供養もできないままなんて美琴も納得してへんのやろ?」
スカートをぎゅっと握りしめうつむく。残酷な現実を無理矢理納得しようとしていたのかもしれない。
「‥‥真琴ともちゃんと約束した。おやっさんの死の真相は俺がちゃんと暴く。今、爺共の命を逆らって葬儀をしたって何かが変わるとは思えやん。でもな、何かに繋がる可能性があるならそれに賭けたい。それに、俺はもう、大切な人を失くしたのにその悲しみを誰かに強制されて我慢するひとの姿なんて見たくない」
振り替えれば、日向、出雲、伊勢谷兄妹。皆、皆そうだ。失う悲しみを知っている。家に逆らえない憤りを知っている。そして、それを乗り越える強さを。
「だから‥‥‥」
「やるよ」
言い終わる前に美琴が重ねた。まっすぐこちらを見据えている。真琴と同じ強い力を持った光を放つ瞳が。
「私も知りたい。どうしてお父さんが殺されたのかも、それをお爺様が隠したい訳も。だから私も松前家の主として‥‥松前静雄の葬儀をします」
それは、覚悟と決意。
俺が美琴の年のとき、こんな顔が出来ただろうか。
きっと、幼い頃の自分では彼女には到底かなわない。俺は思わず体を屈め、美琴の後頭部に手をかけて胸元に引き寄せていた。
「ありがとう。約束はちゃんと守る。だから、もう泣いてええよ」
「‥‥‥譲、兄?」
「ああ」
頷くと皆が部屋を出た。こちらを見開いた大きな瞳に涙が溜まり、そして溢れた。美琴は俺のシャツを強く掴み、顔を埋め、そして叫ぶように泣き出した。俺は、美琴を強く抱き締めた。シャツにその澄んだ涙が滲んでも。
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