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2巻
2-2
しおりを挟む2 デザートは『わ・た・し』!?
昨夜のせいで体のあちこちが痛かったけれど、仕事を休むほどではない。朝食のあと、和馬さんの車に乗って一緒に会社に向かった。
「ありがとうございました」
会社の駐車場に着き、シートベルトを外そうとしていたら、
「今夜は、食事に行きましょうね。仕事が終わったら、ここに来てください」
と、爽やかに誘われた。
「食事ですか?」
「はい。姉夫婦が店を出していましてね。その店の料理はなかなか美味しくて、いつもお客様でいっぱいだそうです。ユウカと付き合い始めたお祝いに、本当は昨日行こうとしていたんですよ。でも、私の我慢が利かなかったもので……」
そう言って、和馬さんは困ったように笑う。彼のセリフに、私は彼に負けないほど困った顔をして、頬を引きつらせた。頼むから、昨日のことは思い出してくれるな。恥ずかしさで悶絶死する。
「なので、仕切り直しをしようかと。何しろ、昨夜はユウカが私の恋人になった記念すべき日なのですから」
優しい視線を向けられ、私は断ることができなかった。
一日の仕事を終えて地下駐車場に行くと、ちょうど社長を送迎してきた和馬さんが、社長と一緒に車で帰ってきたところだった。
「小向日葵君じゃないか。お疲れさん。どうしてこんなところにいるんだ?」
社用車から降りてきた社長が私に気づいて、声をかけてくる。
「お、お疲れ様です。あ、あの、その……」
和馬さんと待ち合わせしていることを、社長に言っていいのかどうかわからず口ごもっていると、和馬さんが運転席から降りて私の横に立った。
「これから私と食事に出掛けるんですよ」
と言って、私の腰に腕を回してソッと抱き寄せる。そして、つむじにチュッとキスを落としてきた。どうやら社内的に私たちの関係はオープンにしても問題ないようだ。
が、彼の行動は問題だらけ。上司の前でイチャイチャするのは、まずいだろう。
「ちょ、ちょっと放してください!」
慌てて和馬さんから離れようとするが、彼の腕の力は緩まない。
「しゃ、社長、あの、その……」
戸惑っていると、「……なんて羨ましい」という淋しげな社長の呟きが返ってきた。
「は? 社長?」
てっきり怒声が飛んでくるかと思ったのに、拍子抜けだ。社長はションボリと肩を落として去っていく。
「可哀想に、社長の想いは当分実らないようですね。まぁ、私には一切関係ありませんので、どうでもいいのですが」
「和馬さん?」
見上げると、なぜか彼は清々しい表情をしていた。
社長がトボトボと去っていったあと、私は朝と同じように和馬さんの車の助手席に乗り込んだ。高速道路をしばらく走り、あるインターチェンジで降りて大通りを進む。
途中で細い道に入ると、レストランが見えてきた。路上からガラス張りの窓越しに店内を窺うと、ほぼ満席。郊外の隠れ家的な名店なのだろう。
「ずいぶん混んでますね。入れるんでしょうか?」
私の質問に、和馬さんは前方を見つめたまま微笑む。
「ご心配なく。おとといの晩に入れた予約が、まだ有効だと言ってましたから」
「……は? おととい?」
一瞬固まった。そんな私に構わず、和馬さんは華麗にハンドルを切って、お店の駐車場へと入ってゆく。
「『恋人を連れて行くので、一番いい席をお願いします』と、頼んでおきました」
「……へ?」
さらに固まる。
――おとといの晩って何? 告白する前に『恋人』って!?
「あ、あの、こんなことを言うのはおこがましいですけど……。私がお付き合いをお受けしなかった場合もありえたかと……」
あまりに気が早くないか。万が一、億が一、私がどうにか和馬さんの告白を断ることができた場合、彼はどうするつもりだったんだろう。
呆然と彼の横顔を見つめる私。
「ご心配なく。その時はユウカが『うん』と言ってくださるまで、私が諦めなければいいだけですから。至極単純なことですよ」
和馬さんは目をやんわりと細めてそう言い、車のエンジンを止めた。
「ええと、それでも私が 『うん』と言わなかった場合は?」
ビクビクしながら彼の横顔を窺う。
「その時は、言っていただけるように仕向けるでしょうね。……どんな手を使ってでも」
チラリと私を横目で見た和馬さんの瞳に、危険な光が揺らめいていたのは、気のせいだと思いたい。
そんな彼から逃げるように車を降りると、和馬さんは音もなく私の傍に立ち、指を絡めて歩き出した。いわゆる『恋人繋ぎ』でお店へ向かう。
「あ、あの、ちょっと放してください!」
普通に手を繋ぐだけでも、私は恥ずかしいのだ。なのに、こんな繋ぎ方をされてはたまらない。私はありとあらゆる努力をして、和馬さんの手を解こうとした。だが、ますます強く握られてしまい、恋人繋ぎのまま、和馬さんのお姉さんご夫婦と対面することになってしまった。
「和馬君、よく来てくれたね」
「まぁ、とても可愛らしいお嬢さんだわ」
店に入ると、コック服を着たガッチリ系のお兄さんと、淡い黄色のエプロンを着けた人懐っこい笑顔のお姉さんに出迎えられた。和馬さんは、私をほんの少し前に出して紹介する。
「ご無沙汰しております。こちらが私の最愛の恋人のユウカです。可愛いでしょう」
顔がドカンと熱くなった。
「あ、あ、あ、あの、私は、その……」
『恋人』という紹介のされ方に慣れていない私がアワアワしていると、和馬さんは私を後ろから抱きしめてきた。
「彼女にベタ惚れなんですよ」
オマケにチュッと髪にキスを落とす。人前でこんなことをされては、私は羞恥の海で溺れ死んでしまう。
私は助けを求めてご夫婦に視線を向けた。ところが、二人はなぜか慌てふためき始め、私の視線にまるで気がつかない。
「おい! あの和馬君が人前でイチャついてるぞ!」
「やだ、信じられない! 愛想笑い以外の笑顔を見られるなんて!」
まるで我が子が初めて歩いた光景を目にした親のように、二人は感激している。
――ちょ、ちょっと! 誰がこの場を収めるの!?
と、さらにパニックに陥っていると、
「席に案内していただけますでしょうか。ユウカも私も空腹ですので」
と、和馬さんが口にした。
やれやれ、どうにか羞恥の海から逃れられたよ。
出されたお料理は、どれもこれもすごく美味しかった。
ただ……正面に座った和馬さんが終始私を見つめていなければ、もっと美味しく味わうことができただろう。このお店のテーブルはちょっと小さめなので、彼との距離が近く、落ちつかないのだ。
私は俯いたまま、リンゴのコンポートをちょこちょこと口に運んでいた。
ああ、これも美味しい。
「満足していただけたようですね」
優雅な仕草でコーヒーカップを置いた和馬さんが笑顔で言う。
ちなみに、彼の前にデザートはない。私にくれたからである。
「は、はい。どれもこれも美味しかったです」
彼の顔を正面から見る勇気はなく、私はさらに俯いて彼の分のコンポートを食べ始める。
すると彼は腕を伸ばし、私の頭を長い指でソッとつついてきた。勢いよく顔を上げると、和馬さんと目が合ってしまう。
「な、な、なんでしょうか?」
怯えながら訊ねると、
「いえ、ユウカはつむじも可愛いのだと思いましてね。つい、手が伸びてしまいました」
と、彼は言い、ニッと口角を上げる。
「あ、えと、別につむじなんて、可愛いものではっ」
スプーンを握りしめて固まっていると、頭に伸ばされていた手がスッと私の口元に下りてくる。
「この唇も実に可愛らしい。……あとでじっくり味わわせていただきましょうか。私はデザートを食べていませんから、その代わりに」
私にだけ聞こえるように、和馬さんが囁いた。
「ひぃっ」
彼が放つ妖しいオーラに怯えてしまい、私は首を小刻みに横に振ることしかできなかった。
3 ご褒美パニック
和馬さんに見つめられ尽くした食事が終わった。
人気のお店ということで、入口には待っている人がいる。すでにデザートと食後の飲み物まで終えたのだから、早々に立ち去るべきだろう。まあ、それはただの建前で、私が早くこの状態から抜け出したいだけなのだが。
誰もが見惚れる極上の笑顔で見つめられ続けていたら、落ちついていられるわけがない。
「あの、そろそろ帰りませんか?」
「そうですね。帰宅ラッシュを過ぎたので、道路も空いているでしょうしね」
私が急いで席を立とうとすると、和馬さんはすかさず後ろに回って椅子を引いてくれる。
そして、
「さぁ、どうぞ」
と言って、ごく自然に右手を差し出してきた。
「は?」
手の平と和馬さんの顔を交互に見ていると、彼に左手を取られた。そして、素早く恋人繋ぎをされる。
「あ、あの、何を!?」
「手を繋いだだけですよ。ああ、それともお姫様抱っこがいいですか? 私はどちらでも構いませんが」
そう言って、彼は空いている左手も伸ばしてくる。
「いやいやいや! お断りです!」
彼の人目を引く容姿が原因なのか、私が騒がしいのが原因なのか、店内にいる人の大半がこちらを見ている。
こんな中で、お姫様抱っこされるなんて耐えられない!
顔を赤くしたり青くしたりしていると、和馬さんがスッと目を細めた。
「……では、このままでいいですよね?」
恋人繋ぎも恥ずかしいが、お姫様抱っこよりはましだ。
私は、「……はい」と、小さく頷くしかなかった。
念のために言っておくけれど、私は和馬さんに触られること自体は、その、まぁ、嫌じゃ……ない。
ただ恥ずかしいだけなのだ。だからつい、過剰に反応してギャーギャー騒いでしまう。
でもそれって、傍から見たら、すごく子供っぽいよね。そんな私じゃ、大人っぽい和馬さんとは釣り合わないんじゃないかって思ってしまう。
それに二十一にもなって、落ちつきのない私に、そのうち和馬さんが呆れちゃうんじゃないかなっていう不安もある。
今はこれまでの彼女と私が、あまりにもタイプが違うから可愛がってくれているのかもしれないけれど、気持ちが揺れることだってあるだろう。
人の気持ちに「変わらない」という保証はないのだ。
けれどできることなら、ずっと和馬さんの隣にいたいなと思えるくらいに、私は彼のことが好き。
だから大人っぽい和馬さんに相応しい女性になりたい。そう思っているけれど……
大きな渋滞に巻き込まれることもなく、車は順調に進む。
「ユウカ、どこか寄るところはありますか?」
そう訊かれた私は「ありません。家に帰ります」と、答えた。
実は昨日、実家から母特製のビーフシチュー(これだけは母が得意なのだ)が届いたのだ。じっくり味わう予定だったのに、食べ損ねてしまった。
――誰かさんに攫われたせいでね!
恨めしい目つきで運転席の和馬さんを見れば、
「ふふっ。そんな可愛い流し目をされたら、私は今夜もユウカを寝かさない自信がありますよ」
と、想定外の言葉が返ってきた。
いくら恋愛経験値の低い私でも、今の和馬さんの言葉の意味はわかった。『寝かさない』とは、一晩中話をしたり、テレビを見たりすることではないのだと。
顔がカァッと一気に赤くなる。
「べ、別に、私は流し目なんかっ!」
和馬さんがスッと顔を寄せてきて、私にチュッと小さくキスをする。
「さぁ、あなたのアパートに着きましたよ。まぁ、私はユウカに誘われようと誘われまいと、一晩中あなたを放すつもりはありませんがね」
シートベルトを外した彼が、覆いかぶさってきた。
彼の熱い視線に、私の心臓がトクン、と跳ねる。
ゴクリと息を呑んで見つめ返すと、フッと小さな苦笑が降ってきた。
「……では、あなたの部屋に向かいましょうか」
彼の瞳が妖しく光るのを見て、背中に汗が伝う。
シートに体を深く預けたまま、和馬さんを見上げた。
辺りはかなり暗かったが、アパートの付近には外灯があるので、お互いの表情が見て取れる程度には明るい。
薄明かりに照らされた和馬さんは、本当に綺麗だ。
やや長めの前髪。形のいい瞳。通った鼻筋。軽く口角の上がった唇。シャツの襟元から覗く首筋。
ただこちらを見つめているだけなのに、どうして彼はこんなに色っぽいのだろうか。
そんな視線を向けられては、指一本動かせない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。しかも、捕食されることが確定した蛙。
一度とはいえ、私は和馬さんと肌を重ねた。
だけど、もう一度経験するほど心の準備ができていなかった。
そもそも、私はまだ、和馬さんの彼女になったことを信じられていないし、『大人の恋人同士の付き合い』というのもわからないのだ。
彼の私への接し方は時折度を越しているが、大抵はスマートだ。社会人としても、男性としても、彼氏としても申し分のない和馬さん。
そんな彼と、早く本当の大人の恋人同士になりたいけど……
――ど、どうしたらいいの!?
涙で視界が霞んでゆく。
そんな私を見た彼が、ふいに表情を和らげる。
「少々、いじめ過ぎてしまいましたね」
そう言って、切れ長の目元をわずかに緩めた。私は詰めていた息をゆっくりと吐き出す。
「申し訳ありません。あなたの困り顔にソソられてしまって」
これまでの真剣な表情とは打って変わり、和馬さんは穏やかに笑いながら、私の目元をソッと拭ってくれた。
「怖い思いをさせてしまいましたか?」
私は少しだけ間をおいてから、おずおずと頷く。
『恐怖』というよりも『パニック』という感じだったのだが。
和馬さんは、改まって「申し訳ありませんでした」と謝罪する。
「本気で困らせたいわけではないのですよ。ユウカはどんな表情をしていても魅力的ですが、私が一番好きなのは、あなたの笑顔ですから」
見惚れるほどの微笑をたたえて、和馬さんがそう告げる。
「私はあなたの笑顔に心を奪われました。純粋で、明るくて、まっすぐで。あなたの笑顔は、私にとって何にも代えがたい宝物なのです」
彼は冗談で、こんなことを言う人ではない。だからこの言葉は和馬さんの嘘偽りない気持ちなのだろう。だが、あまりに直球で言われると、恥ずかしくてたまらない。
和馬さんはさらに言葉を続ける。
「ユウカの笑顔を守ることが私の役目です。あなたの笑顔を守るためでしたら、私はどんな手段をとることもいといません。たとえ法を犯しても」
爽やかな口調で爽やかではないことを言われ、私の顔は盛大に引きつった。
「さすがに法律を犯すのはマズイですよ! え、えと、そのお気持ちだけで……」
しかし、私の申し出は笑顔で一蹴される。
「どうぞご心配なく。私はそう簡単に警察に捕まるような愚鈍な人間ではありませんので」
――『警察に捕まらないから大丈夫☆』と言われて、『だったらいいか♪』なんて言いませんから!
恐怖でブルブルと震えていると、和馬さんは大きな手で私の頬を包み、両瞼、鼻先、最後に唇にキスをした。
唇へのキスは軽く触れるだけのものではなかった。強く押し当てられ、わずかに離れたかと思えば、角度を変えてまた押し当てられ……
しかも時折、舌先で私の唇をチロリとなぞってくる。唇の輪郭を舐めながら、私の下唇をやんわりと噛む。感触を楽しむように何度も食まれ、そしてふたたび塞がれる。
しだいにベッドの上で彼に抱かれている最中に感じていた感覚が蘇り、私は恥ずかしさで泣きそうになってしまった。
「や、やめっ……、んっ」
唇が離れたほんの一瞬に抗議の声を上げるが、和馬さんは聞き入れる様子もなく、キスを続ける。さらには和馬さんの舌がスルリと口内に忍び込み、私の舌を捉えた。絡まれ、吸われ、クチュリという湿った音が響く。
その音が耳に届いた時、またしても涙が滲むのを感じた。それは羞恥や困惑ではなく、怒りの涙。恥ずかしさが頂点に達すると、どうやら怒りに変わるようだ。
――何すんの!!
いっこうにやまない行為に段々と腹が立ってきた私は拳を作り、渾身の力で和馬さんの胸を叩いた。ドン、ドン、と鈍い音が車内に響くが、状況はいっこうに変わらない。
『んー! んー!』と何度も呻くと、ようやく彼の唇が離れた。
「ついさっき、『困らせたいわけではない』と言ったじゃないですか! 言いましたよね!!」
「ええ、言いましたよ。ですが、これはユウカを困らせるためではなく、先ほど踏み留まった自分への褒美です」
「は? 褒美?」
頓珍漢なことを言い出した和馬さんに、私はポカンと口を開ける。
「ええ。通常の恋人同士であれば、食事のあとは部屋かホテルにお泊りですよ。それを我慢したのですから、褒美をいただいてもいいでしょう?」
さも自分が正しいと言わんばかりの和馬さんに、ふたたび怒りが湧く。
「なんですか、ソレ! 納得いきません!!」
声を荒らげると彼の瞳に肉食獣の光が宿った。
「では、納得いくまでお教えしましょうか? ……その体に」
ジリッと距離を詰めてくる和馬さんを見て、私は首がもげることを覚悟で、すさまじい勢いで首を横に振ったのだった。
4 ご褒美、ふたたび。
私の理解の範疇を超えた攻防を繰り広げたあと、やっと車を降りる。もうぐったりだ。
結局あれより先に『事』は進まなかった。
とはいえ、和馬さんは『照れるユウカは殺人的に可愛いですね』とのたまい、私の額にチュッと軽いキスを数回、いや、数十回してからようやく解放してくれた。
ふぅ、やれやれである。
こんなにも熱烈に想ってくれるのは嬉しいが、ドキドキが止まらなくてちょっと大変。私の心臓、ドキドキしすぎて疲れ果ててはいないだろうか。いや、逆に鍛えられているかも?
バタンッと勢いよく扉を閉めてクルリと振り返ると、いつの間に車から降りたのか、和馬さんがニコニコしながら立っている。
「さぁ、行きましょうか。部屋まで送りますよ」
そう言って、私に右手を差し出してきた。私は呆れながらも、その大きな手の平に自分の左手をソッと乗せて……
などということはしない。
「一人でも平気です!」
差し出された手を振り払い、睨み上げる。
岬に連れ出されたあの日から今の今まで、何度となく心臓が爆発しそうになったのだ。今日のところは、もう勘弁して欲しい。私の心臓のために、なんとしてでも一人で部屋に戻らねば!
サッと彼の脇を抜けると、すぐさま背後から抱きしめられた。
「ぎゃあ! 放して!」
暴れる私を押さえ込むように、彼は腕の力を強める。
「私も一緒に行きます」
「子供扱いしないでください! 一人で大丈夫です!」
彼の腕を剥がそうとバタバタ暴れる。
「ああ、ユウカ。誤解しないでください。私はあなたを子供扱いしたのではありません。一秒たりともあなたと離れていたくないだけなんです」
そう言って、和馬さんはさらに強く抱きしめてくる。
そのセリフと仕草に、ちょっとだけキュンとする。
男性に求められるなんて初めてのこと。すごく幸せだ。
私は鈍感なタチなので、こうしてわかりやすく愛情を表してもらえるのは、ある意味助かるけれど……
しかしいつの間にか耳にキスをしたり、手が若干の不埒な動きをしていることに気づき、我に返った。
「もう、やめてください! こんなことをする和馬さんは嫌いです!」
周囲に響き渡るほどの大声で叫んでも、
「あなたがどんなに私を嫌いでも、私はあなたを愛していますよ」
と、囁いてくる。
暖簾に腕押し。糠に釘。豚もおだてりゃ木に登る。あ、これは違った。
――ああ! どうしたらいいの!!
和馬さんの手をバチバチと叩いていたら、腕がスッと離れた。
振り返ると、彼は私から一歩離れたところにいた。
「ですが、ユウカに嫌われるのは嫌です。なので、今日のところは大人しくここで見送ってあげます」
「は? 『見送ってあげます』って……なんか、ちょっと違うんじゃ……」
戸惑う私の言葉を遮り、和馬さんがやんわりと口角を上げた。
「大人しく見送って差し上げますので、明日はご褒美をくださいね」
彼の口の端が楽しそうに上がる。
「ご褒美? なんですか、それ!?」
「わからないのでしたら、一緒に行きます、ベッドの中まで」
見送る、とさっき言ったばかりではないか。しかも『ベッドの中まで』とは、どういうことなのだ。
私は必死の形相で彼の手を握りしめながら懇願する。
やめて! 本気で心臓がもたないから!
「それは困ります! お願いですから、今日は帰ってください! ね? ねっ!?」
すると、和馬さんは意外にも駄々をこねることなく、
「はい、わかりました。他でもないユウカのお願いですから、聞いて差し上げますよ。ですから明日はご褒美をくださいね」
と、爽やかに微笑み、「おやすみなさい」と左手を小さく振った。
――ええと、ええと……。ご褒美ってどういうこと?
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