誕生日にほしいものは

京 みやこ

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(5)予定通り、僕がシリルを抱くということでいいね

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 ところが、エディフェルドは首を横に振った。

「妾に子供を産ませるなんて、絶対にしないよ。だって、僕はシリル以外の人を抱きたくないし。というか、抱けないなぁ」

 思いがけないことを言われ、シリルの顔がブワッと熱を持った。

「だ、抱く!? ルドが!? 俺を!?」

「うん、そうだよ。そんなに驚くことかな? ああ、もしかして、シリルが僕を抱きたかった? それはまったく考えていなかったけど、シリルが僕のそばにいてくれるなら喜んで受け入れるよ」

「いや、あの……」

 想定外の答えに、シリルの語気は勢いをなくす。



 身長差、体格差を考えても、自分がエディフェルドを抱く側になるなんて無理がある。

 そもそも、シリルの想像の中ではエディフェルドに抱かれる側で、シリル自身もそれを望んでいた。



「無理……、俺にはルドを抱くなんて無理……」

 シリルは弱々しく首を横に振る。

「じゃ、予定通り、僕がシリルを抱くということでいいね」

 ニッコリ笑ったエディフェルドは、いそいそとシリルがまとう上着を脱がしにかかる。

 その手をシリルがガッチリ掴んだ。

「待て待て待て! 落ち着け、ルド!」

「僕は落ち着いているよ。落ち着いていないのは、シリルのほうでしょ」

「これが、落ち着いていられるかよ! 予定通り!? ルドが俺を抱く!?」

「うん。扉の鍵はちゃんと閉めたからね」

 ことさらいい笑顔でエディフェルドが頷く。

 彼は自分がまとう上着のポケットに掴まれていない片手を差し込み、小さな瓶を取り出した。

「ちゃんと準備もしてきたよ」

「……おい、その瓶はなんだ?」

 女性が持っている香水の瓶によく似ている。

 だが、ここで香水を取り出す理由は分からないし、エディフェルドは香水をつけたことはない。

 シリルの問いかけに、エディフェルドはクスッと笑う。

「潤滑油だよ。男同士で抱き合う時の必需品。シリルの体のことを考えて最高級品を買ったから、品質はばっちりだよ。安心してね」

「笑顔で『安心してね』って言われても……」

 もう、なにがなにやら、訳が分からない。

 混乱しすぎて、いつの間にかシリルは泣き止み、エディフェルドの手も放していた。

 そのシリルの頬を、エディフェルドは自由を取り戻した片手で覆う。

「大丈夫だよ。この日のために、僕は頭の中で何度も何度もシリルを抱いてきたんだ。あと、男同士の情事について、たくさん本を読んだよ。なにしろ、事前学習は大事だからね」

 エディフェルドの表情は真剣で、冗談を言っているようには見えない。

 それでも、シリルには信じられなかった。

「……本気で、俺を抱くのか?」 

 ぎこちなく尋ねると、エディフェルドは大きく頷く。

「うん。僕がどれほどシリルのことが好きなのか、体で分かってもらおうと思って。言葉だけだと、シリルは信用しないだろうし」

 たしかに、エディフェルドの言う通りである。

 言葉でどんなに「好きだ」、「愛してる」と告げられても、シリルは『冗談ではないか?』、『罰ゲームの一環ではないか?』と疑ってしまうだろう。

 

 そこまで言われて、ここまでされて、シリルは観念するしかなかった。

 だが、確認しておきたいことがある。



「ルドは俺を愛人にするつもりはないんだな?」

「もちろん」

「生涯、俺と一緒にいるんだな?」

「神に誓うよ」

「なら、跡継ぎはどうする? 侯爵家としての意向は?」

「それ、今すぐ答えないと駄目かなぁ」

 表情も口調も穏やかだが、エディフェルドの瞳は腹を空かせた肉食獣のようにギラついている。

 そのような瞳で見つめられ、シリルは少しだけ体をこわばらせた。

「う、うん……、聞いておかないと、落ち着かないし……」

「そっか。気がかりなことがあると、安心して僕に抱かれてくれないよね」

 

――そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。



 なんとも言えない表情を浮かべるシリルに、エディフェルドは微笑みかける。

「侯爵家は弟に譲る話をしてあるんだ。弟には素敵な婚約者がいて、互いに深く想い合っている。きっと、可愛い子供がたくさん生まれるよ」

「な、なるほど……、弟さんが……」

 エディフェルドがこれだけ優秀なのだから、同じ血を引く弟もさぞ素晴らしい人物だろう。

 跡継ぎの件については、とりあえず納得した。

 次の疑問をエディフェルドに投げかける。

「じゃあ、侯爵家はなんて言ってるんだ? 平民の俺をルドの伴侶に迎え入れるって、簡単なことじゃないぞ」

「ああ、それも問題ないよ。父にも母にもしっかり了承を得ているから」

「なんだか、あっさり言うけど……」

「実は、ちっともあっさりじゃないんだよ。八年前から準備してきたし」



 新たな困惑事案が放り込まれ、シリルの目が大きく開く。



「は、八年!?」

 驚くシリルに、エディフェルドは苦笑を向ける。

「やっぱり、覚えてないんだね。僕はあの日のシリルに一目惚れしたっていうのに。二度目に会った時は、もっと好きになったというのに」

 その口ぶりでは、二人はすでに顔を合わせていたということになる。

 だが、シリルはピンと来ない。



――この学校で出会ったのが、初めてではない? なら、いつ、どこで……。



 八年前と言えば、好奇心旺盛なシリルは商人の父について回って、あちこち出かけていた頃だ。

 すでに大手商会となっていたので、貴族とも取り引きがあったのも頷ける。

 だが、幼いシリルが客前に出ることはなく、父が商談を終えるまで馬車の中で待っていたはずだ。

 仮にエディフェルドと会っていたとしたら、こんなにも強い印象を与える人物を忘れてしまうだろうか。

 記憶をひっくり返しているシリルの鼻先を、エディフェルドが指でチョンと突っついた。

 おかげで、シリルは我に返る。

「あ、あの……」

 シパシパと瞬きを繰り返すシリルの様子に、エディフェルドはヒョイと肩をすくめてみせた。

「その様子だと、やっぱり覚えていないんだね。まぁ、無理もないかな。僕、子供の時と今では髪の色がまったく違うし。瞳の色も少し変わったしね」

「え?」

 シリルが瞬きを止めると、エディフェルドはふたたび口を開く。

「成長するにつれて、黄褐色だった髪が金色になって。反対に薄い緑だった瞳の色は濃くなったんだ。印象がまるで違うから、再会しても分からないのは無理ないよ。シリルは悪くない」



 優しいエディフェルドは、けしてシリルを責めなかった。

 自分は八年もシリルだけを想い続けていたというのに。



――貴族……、俺と同じ年の子供……。



 記憶の渦の中で、シリルはある光景に引っかかりを覚えた。



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