誕生日にほしいものは

京 みやこ

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(3)こんなところにいないで、さっさと恋人探しに行けよ!

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 翌朝、いつもより少し遅れて教室に向かうシリルの視線の先に、ちょっとした人だかりがあった。

 中心にいる人物は長身なので、ここからでも顔が見える。

 何人もの生徒に囲まれているのは、エディフェルドだった。彼は少し困りつつも、普段通り穏やかに接している。



――なんだ、あれ。



 疑問に思ったシリルだったが、あの集団に割って入ってエディフェルドを助ける気にはなれなかった。

 あまり口がうまくない自分があの場にいても、余計に騒ぎになりそうだとシリルは考えた。

 そして、自分はなんの身分もない平民だ。

 集団の中には子爵や男爵の女子や男子もいるので、なんとなく気まずかったのだ。

 なにより、エディフェルドを助けるのはビクトリオの役目である。彼もかなり優秀な生徒であり、エディフェルドもビクトリオに信頼を置いていた。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに、シリルはこっそり集団の脇を通る。



 その時、「私を恋人にしてください!」「いえ、ぜひ僕を!」という声がひっきりなしに聞こえてきた。

 どうやら、昨日のエディフェルドの発言を受け、彼に迫っている人たちのようだ。



――あんなことを聞いたら、頑張ろうって思うのかもな。……俺には無理だけど。



 彼らのこともエディフェルドのことも視界に入れないように深く俯いて、シリルは足音を殺して教室へと入っていった。







 もともとエディフェルドの人気は高かったが、彼の誕生日を恋人として一緒に過ごしたいという生徒たちが彼に気持ちを伝えようと頑張っていた。

 手紙をこっそり忍ばせて想いを伝える者、呼び出して直接告白する者など、とにかく、これまでとは比較にならないほど多くの生徒たちがエディフェルドの恋人の座を狙っている。

 

 ところが、エディフェルドは誰のことも選ばなかった。



 告白してきた生徒の中には、容姿も素晴らしく、身分も釣り合い、才能もあるといったお似合いの者もいた。

 それでも、エディフェルドはいまだに誰の誘いにも乗っていない。

 といはいえ、連日のように『恋人がほしい』と言っているので、恋愛をする気はあるようだ。



 そんなエディフェルドは、これまた連日、シリルの部屋に訪れていた。



 小説は非常に分厚い本であり、また文字がびっちりと並んでいるため、読み終えるまでには何日もかかりそうだ。

 だからこそ持って帰って部屋で読むようにと再三告げているものの、エディフェルドは『持ち主を差し置いて先に読破するなんて、申し訳ないから』とよく分からない遠慮の仕方をしている。

 

 そして今日も、エディフェルドはシリルの部屋にやってきた。

 彼が『誕生日は恋人と過ごしたい発言』をしてから、すでに一週間が経っていた。



 苦々しい思いを呆れた風の表情で隠し、シリルは仕方なしにエディフェルドを部屋に入れた。

 

――どうせ、なにを言っても帰らないし。部屋の前でいつまでもルドが立っていたら、絶対、面倒ごとに巻き込まれるし。



 シリルはこっそりため息を零し、寝台へと向かう。

 すると、エディフェルドがいきなりシリルを後ろから抱き締めた。

「な、なにを……」

 驚きに硬直するシリルが肩越しにぎこちなく振り返ると、思っていたよりも近くにエディフェルドの整った顔がある。

 心臓が大きく跳ねた拍子に、シリルの顔が一気に赤くなる。

 そんな自分を見られたくないシリルは、とっさに前を向いて顔を伏せた。

 そして、腹の前に回されている腕を解きにかかる。

 ところが、身長も体格も一回り上であるエディフェルドの逞しい腕は、簡単には外せない。

「おい、放せよ。いったい、なんだっていうんだよ」

「なんだか、シリルが元気ないように見えたから」

「だからって、なんで抱き締めてくるんだ? おかしいだろ」

「おかしいかな? 僕の元気を分けてあげようとしているんだけど」

「はぁ? 意味が分かんねぇ。元気は分けられるものじゃないし、まして、こうして分けるものじゃないだろ」

「僕なりの方法だよ」

 戸惑うシリルとは反対に、エディフェルドはやたらと嬉しそうに囁く。

 その声が耳にかかり、くすぐったさと恥ずかしさで、シリルはギュッと身をすくめた。

「たしかに俺には文句をつける権利はないし、ルドが俺を心配してくれているのは分かるけど……。やっぱり、この方法は間違ってる」

 

 いくら仲がいい友達だとしても、これはおかしい。

 こんな風に後ろから優しく抱き締めるのは、恋人相手にすればいいのだ。



――ああ、そうだよ。こんなところにいないで、さっさと恋人探しに行けよ!



 目頭がジンと熱くなるのを感じたシリルは、涙を零さないようにひたすら耐えていた。

 黙っていたらすぐにでも泣いてしまいそうなので、シリルはなにか話題を探そうと視線を巡らせる。

 そして、机の上に置かれている一冊の本に目が留まった。

 このところ、エディフェルドと一緒に読んでいる小説の後編である。

 小さく息を吸ったシリルは、振り返ることなく口を開く。

「……なぁ、今日も本を読むために来たのか?」

 その問いかけに、「そうだよ」と、穏やかな声が返ってきた。

 エディフェルドのさも当然といった様子は、シリルにとってちっとも嬉しくないものだ。

 今度は大きく息を吸ってから、シリルは口を開く。

「毎日、毎日、暇さえあれば俺の部屋に来てるじゃないか。ルドは恋人を作りたいんだろ? だったら、人が集まる場所に行けよ。そのほうが、明らかに出会いがあるぞ」

 声が震えないように注意を払い、シリルはなんでもないことのように告げた。

 今にも泣きそうな顔で。



 幸いなことに、背後にいるエディフェルドに顔を見られることはない。

 それでも、泣いてしまったら、優しい友人はきっと泣き止むまで自分のそばにいるだろう。

 どうして泣いているのか、その理由を優しい声で尋ねるだろう。



 そんなことになったら余計に泣いてしまいそうだと、シリルは心の中でひっそりと呟く。



――とにかく、早くルドを帰らせないと。



 改めて回されている腕を解こうとした時、シリルは痛いくらいに抱き締められた。

 これまでよりも密着度が増し、シリルの顔が今にも火を噴きそうなほどに赤くなる。

「ル、ルド……?」

 戸惑いがちに名前を呼ぶシリルの後頭部に、エディフェルドが片頬をソッと押し付けた。



「恋人がほしいと言った僕がどうして毎日ここに来ているのか、いい加減、気付いてくれないかな」



 甘いのに切ない。

 そんな声でエディフェルドが囁く。



「それ、は……、どういう、ことだ……?」

 状況も、耳に届いた言葉も理解できず、シリルはますます混乱した。

 そんな彼のつむじに、エディフェルドがチュッと音を立てて口付けを落とす。



「それは、シリルが好きだってことしかないよね」



 シリルの混乱は頂点を極めた。

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