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(1)恋人に『誕生日おめでとう、この先ずっとそばにいる』と言ってほしいかな
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「エディフェルド様。来月、お誕生日でしたわよね?」
ここは国を救った英雄が創立者である騎士養成学校一年生のとある教室。
午前の授業が終わり、皆がこれから昼食に入るという時、女子生徒がとある男子生徒に声をかけた。
エディフェルドと呼ばれた男子生徒は、さる侯爵家の長男で、この国では一、二を争うほど古くから続く伝統ある騎士の一族だ。
平均を優に超える長身、スラリと伸びた四肢、適度についた筋肉、おまけに顔立ちはこの学校で五指に入るほど整っていた。
高級蜂蜜を思わせる金色の髪は緩く波を打ち、同じ色のまつげは長く、眉はキリッとしている。
鼻筋は適度に通り、形のいい唇は血色がいい。
深い緑色の瞳は、なんとも神秘的だ。
女子生徒のみならず、男子生徒も多数エディフェルドに恋心を寄せていた。
この国では二代前の王による改革で、同性婚が認められている。
しかしながら、子供を身籠ることができるのは女性だけであるため、跡継ぎを必要とする男性のほとんどは異性との婚姻を結ぶ。
それが理由で、次期侯爵家当主となるであろうエディフェルドに対し、男子生徒はなかなか積極的に声をかけられないでいた。
とはいえ、「日陰の身でも構わない」と、エディフェルドと懇意になろうとする男子生徒はそれなりにいるのだが。
教科書と筆記具を片付けていたエディフェルドの前に、先ほど声をかけた一人の女子生徒が立っている。
彼女の発言をきっかけに、何人もの生徒がわらわらと集まってきた。
「お祝いの会を開きたいのですが、いかがでしょう?」
「私も参加したいです!」
「俺も!」
「僕も!」
エディフェルドを囲む生徒たちが、うっすらと頬を赤らめている。
そこに、「相変わらず、モテるなぁ」と言って割り込んできたのは、エディフェルドの幼馴染であり、これまた歴史ある伯爵家の次男であるビクトリオであった。
彼は椅子に座っているエディフェルドの肩に腕を回し、ニンマリと笑う。
「ところで、誕生日にはなにが欲しいんだ?」
ビクトリオの問いかけに、周囲の者たちがさらにエディフェルドへと熱い視線を向けた。
いくつもの視線を受けながら、エディフェルドは僅かに微笑む。
「ほしいものはないんだけど……、恋人に『誕生日おめでとう、この先ずっとそばにいる』と言ってほしいかな」
それを聞いた瞬間、エディフェルドを取り囲んでいた者たちの視線にますます熱がこもる。
エディフェルドが恋人を作ろうとしている。
それは、彼に想いを寄せる者たちにとって、希望でもあった。
エディフェルドは入学して以降、数々の生徒に告白されてきた。
しかし、誰のことも受け入れず、かといって、彼が積極的に誰かと距離を詰めようとしている素振りもなかった。
それゆえ、エディフェルドは恋愛に興味がないと思われていたのである。
それが、彼の口から『恋人』という言葉が出たのだ。
誰もが、「もしかしたら、自分にも可能性があるのではないか」と、心を躍らせるのも無理はないだろう。
エディフェルドの周囲が、いっそう色めき立つ。
その様子を苦々しい表情を浮かべて見ている者がいた。
大手商家の次男で、英雄に憧れてこの学校に入ったシリルである。
彼は騎士にしては小柄であったが、その分、素早く動け、細身の剣の扱いはなかなかの腕前であった。
この国では一般的な茶色の瞳でエディフェルドたちを見ていたシリルは小さくため息を零し、静かに教室を出て行った。
その日の授業が終わり、生徒たちは次々に校舎をあとにする。
大半は通いの生徒だが、全体の四分の一程度は寮住まいだ。
シリルも寮で暮らしており、部屋に戻ってそうそう、大きなため息を零した。
部屋には寝台と勉強机と洋服ダンスが置かれ、あまり広くはない。
それでも、部屋には簡易ながらもシャワー室があり、一人で生活するには十分すぎるほどだ。
また、食事は寮の一階にある食堂で提供され、昼食用の弁当も作ってもらえる。
快適なはずの寮生活を送っているのだが、ふたたびシリルはため息を零した。
「……相変わらず、人気者だな」
呟きと共に思い浮かべたのは、エディフェルドの微笑みだった。
シリルが初めてエディフェルドを目にした時、自分の理想を形にした容姿を持つ彼に目を奪われた。
同じ年齢だというのに大人びていて、男性としての魅力に溢れていた。
それでいて、ちっとも粗野な感じがない。
彼は見た目だけではなく、人間性も素晴らしかった。
一ヶ月、二ヶ月と経っても、エディフェルドが身分を鼻にかけることなく、優秀な剣さばきと成績に驕おごることはない。
外見も中身も非の打ち所がないエディフェルドは、なぜかシリルと親しくしてくれていた。
この学校を選んだということは、平民を見下す人物ではないとは分かっている。
だが、まるで昔からの友人のように接してくれるものだろうか。
時に、彼の幼馴染であるビクトリオよりも、シリルに対して親しげである。
それは、シリルの親が関係しているかもしれない。
手広く商売をしているシリルの親は、珍しい商品、最新の商品を仕入れることに長けていた。
おかげで、寮で暮らすシリルのもとに、興味深い品が時折送られてくる。
それらに、エディフェルドは興味津々だった。
高位貴族の彼にとっては、平民の娯楽品が珍しいのだろう。特に他国で流行っている冒険小説を、シリル同様にエディフェルドは楽しんでいた。
ほぼ毎日シリルの部屋にやってきては、他愛ない会話と共に冒険小説を読み進めている。
はじめのうちはシリルにとって嬉しいことだったが、胸の奥が締め付けられるような感じを徐々に味わうことにもなっていった。
それというのも、シリルはエディフェルドを好きになっていたからである。
一人の人間として尊敬し、同性として憧れ、友人としての喜びを感じていたのだが、それ以上に、今は恋愛対象としてエディフェルドを意識していた。
だが、この想いを彼に伝える気はさらさらなかった。
まず、シリルは自分に自信がない。
やや小柄で華奢な体格、ありふれた髪色と瞳の色、平凡な顔立ちといった具合で、けして人目を惹くものではなかった。
騎士を目指す学生としての彼は劣等生ということはなかったものの、ずば抜けて優秀とは言い難い。
常に成績優秀者として名前が呼ばれるエディフェルドとは雲泥の差だと、シリルは感じていた。
次に、身分が違い過ぎた。
自分の家はそれなりに大きな商家で、これまで生活に困ったことはなく、両親が切り盛りする事業は安定している。
それでも、侯爵家であるエディフェルドとは、肩を並べることなどできなかった。
どんなに親の商売が繁盛していても、やはり平民は平民でしかないのだ。
なにより、エディフェルドは跡継ぎを残さなくてはならない立場の人間である。
おそらく、小さい頃から次期当主としての教育を受け、その教育の中には『跡継ぎを残す大切さ』についても言われてきたことだろう。
そんなエディフェルドが同性の自分を選ぶはずはないと、シリルには嫌というほど分かっていた。
とはいえ、簡単に彼への想いを捨てることもできなかった。
この想いを隠したまま、いつまで友人の振りをしなくてはならないのか。
そんなことを考えていた矢先、エディフェルドのあの発言である。
「そろそろ、踏ん切りをつけろってことかもな……」
エディフェルドが恋人を作ろうとしている今が、彼への想いを捨てるいい機会だろう。
シリルは背中を扉に凭れさせ、苦々しく笑った。
ここは国を救った英雄が創立者である騎士養成学校一年生のとある教室。
午前の授業が終わり、皆がこれから昼食に入るという時、女子生徒がとある男子生徒に声をかけた。
エディフェルドと呼ばれた男子生徒は、さる侯爵家の長男で、この国では一、二を争うほど古くから続く伝統ある騎士の一族だ。
平均を優に超える長身、スラリと伸びた四肢、適度についた筋肉、おまけに顔立ちはこの学校で五指に入るほど整っていた。
高級蜂蜜を思わせる金色の髪は緩く波を打ち、同じ色のまつげは長く、眉はキリッとしている。
鼻筋は適度に通り、形のいい唇は血色がいい。
深い緑色の瞳は、なんとも神秘的だ。
女子生徒のみならず、男子生徒も多数エディフェルドに恋心を寄せていた。
この国では二代前の王による改革で、同性婚が認められている。
しかしながら、子供を身籠ることができるのは女性だけであるため、跡継ぎを必要とする男性のほとんどは異性との婚姻を結ぶ。
それが理由で、次期侯爵家当主となるであろうエディフェルドに対し、男子生徒はなかなか積極的に声をかけられないでいた。
とはいえ、「日陰の身でも構わない」と、エディフェルドと懇意になろうとする男子生徒はそれなりにいるのだが。
教科書と筆記具を片付けていたエディフェルドの前に、先ほど声をかけた一人の女子生徒が立っている。
彼女の発言をきっかけに、何人もの生徒がわらわらと集まってきた。
「お祝いの会を開きたいのですが、いかがでしょう?」
「私も参加したいです!」
「俺も!」
「僕も!」
エディフェルドを囲む生徒たちが、うっすらと頬を赤らめている。
そこに、「相変わらず、モテるなぁ」と言って割り込んできたのは、エディフェルドの幼馴染であり、これまた歴史ある伯爵家の次男であるビクトリオであった。
彼は椅子に座っているエディフェルドの肩に腕を回し、ニンマリと笑う。
「ところで、誕生日にはなにが欲しいんだ?」
ビクトリオの問いかけに、周囲の者たちがさらにエディフェルドへと熱い視線を向けた。
いくつもの視線を受けながら、エディフェルドは僅かに微笑む。
「ほしいものはないんだけど……、恋人に『誕生日おめでとう、この先ずっとそばにいる』と言ってほしいかな」
それを聞いた瞬間、エディフェルドを取り囲んでいた者たちの視線にますます熱がこもる。
エディフェルドが恋人を作ろうとしている。
それは、彼に想いを寄せる者たちにとって、希望でもあった。
エディフェルドは入学して以降、数々の生徒に告白されてきた。
しかし、誰のことも受け入れず、かといって、彼が積極的に誰かと距離を詰めようとしている素振りもなかった。
それゆえ、エディフェルドは恋愛に興味がないと思われていたのである。
それが、彼の口から『恋人』という言葉が出たのだ。
誰もが、「もしかしたら、自分にも可能性があるのではないか」と、心を躍らせるのも無理はないだろう。
エディフェルドの周囲が、いっそう色めき立つ。
その様子を苦々しい表情を浮かべて見ている者がいた。
大手商家の次男で、英雄に憧れてこの学校に入ったシリルである。
彼は騎士にしては小柄であったが、その分、素早く動け、細身の剣の扱いはなかなかの腕前であった。
この国では一般的な茶色の瞳でエディフェルドたちを見ていたシリルは小さくため息を零し、静かに教室を出て行った。
その日の授業が終わり、生徒たちは次々に校舎をあとにする。
大半は通いの生徒だが、全体の四分の一程度は寮住まいだ。
シリルも寮で暮らしており、部屋に戻ってそうそう、大きなため息を零した。
部屋には寝台と勉強机と洋服ダンスが置かれ、あまり広くはない。
それでも、部屋には簡易ながらもシャワー室があり、一人で生活するには十分すぎるほどだ。
また、食事は寮の一階にある食堂で提供され、昼食用の弁当も作ってもらえる。
快適なはずの寮生活を送っているのだが、ふたたびシリルはため息を零した。
「……相変わらず、人気者だな」
呟きと共に思い浮かべたのは、エディフェルドの微笑みだった。
シリルが初めてエディフェルドを目にした時、自分の理想を形にした容姿を持つ彼に目を奪われた。
同じ年齢だというのに大人びていて、男性としての魅力に溢れていた。
それでいて、ちっとも粗野な感じがない。
彼は見た目だけではなく、人間性も素晴らしかった。
一ヶ月、二ヶ月と経っても、エディフェルドが身分を鼻にかけることなく、優秀な剣さばきと成績に驕おごることはない。
外見も中身も非の打ち所がないエディフェルドは、なぜかシリルと親しくしてくれていた。
この学校を選んだということは、平民を見下す人物ではないとは分かっている。
だが、まるで昔からの友人のように接してくれるものだろうか。
時に、彼の幼馴染であるビクトリオよりも、シリルに対して親しげである。
それは、シリルの親が関係しているかもしれない。
手広く商売をしているシリルの親は、珍しい商品、最新の商品を仕入れることに長けていた。
おかげで、寮で暮らすシリルのもとに、興味深い品が時折送られてくる。
それらに、エディフェルドは興味津々だった。
高位貴族の彼にとっては、平民の娯楽品が珍しいのだろう。特に他国で流行っている冒険小説を、シリル同様にエディフェルドは楽しんでいた。
ほぼ毎日シリルの部屋にやってきては、他愛ない会話と共に冒険小説を読み進めている。
はじめのうちはシリルにとって嬉しいことだったが、胸の奥が締め付けられるような感じを徐々に味わうことにもなっていった。
それというのも、シリルはエディフェルドを好きになっていたからである。
一人の人間として尊敬し、同性として憧れ、友人としての喜びを感じていたのだが、それ以上に、今は恋愛対象としてエディフェルドを意識していた。
だが、この想いを彼に伝える気はさらさらなかった。
まず、シリルは自分に自信がない。
やや小柄で華奢な体格、ありふれた髪色と瞳の色、平凡な顔立ちといった具合で、けして人目を惹くものではなかった。
騎士を目指す学生としての彼は劣等生ということはなかったものの、ずば抜けて優秀とは言い難い。
常に成績優秀者として名前が呼ばれるエディフェルドとは雲泥の差だと、シリルは感じていた。
次に、身分が違い過ぎた。
自分の家はそれなりに大きな商家で、これまで生活に困ったことはなく、両親が切り盛りする事業は安定している。
それでも、侯爵家であるエディフェルドとは、肩を並べることなどできなかった。
どんなに親の商売が繁盛していても、やはり平民は平民でしかないのだ。
なにより、エディフェルドは跡継ぎを残さなくてはならない立場の人間である。
おそらく、小さい頃から次期当主としての教育を受け、その教育の中には『跡継ぎを残す大切さ』についても言われてきたことだろう。
そんなエディフェルドが同性の自分を選ぶはずはないと、シリルには嫌というほど分かっていた。
とはいえ、簡単に彼への想いを捨てることもできなかった。
この想いを隠したまま、いつまで友人の振りをしなくてはならないのか。
そんなことを考えていた矢先、エディフェルドのあの発言である。
「そろそろ、踏ん切りをつけろってことかもな……」
エディフェルドが恋人を作ろうとしている今が、彼への想いを捨てるいい機会だろう。
シリルは背中を扉に凭れさせ、苦々しく笑った。
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