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(163)SIDE:奏太
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「えっと、あの……」
僕はドギマギしながら斗輝を見上げる。
切れ長の目を細めて微笑んでいる彼は、「どうする?」と、視線で訴えかけていた。
選択の自由は僕に与えられているように思えるけれど、結局、選ぶ答えは一つしかないのである。
――恥ずかしいけど、まぁ、清水先輩には見えないし。
そのことを自分に言い聞かせ、僕は軽く背伸びをする。
そんな僕を優しく抱き締めて支えてくれる斗輝は、ゆっくりと目を閉じていった。
僕は彼の目が閉じ切ったタイミングで彼の唇に自分の唇をソッと押し付け、パッと身を引く。
時間としてはかなり短いけれど、これでもキスに違いない。
一応、任務は完了したので、ホッと安堵の息を零していたら、今度は斗輝の顔が近付いてきて、攫うようにキスをされた。
「な、なんで、すか……?」
驚いて仰け反りながら問いかける僕に、彼がクスッと笑う。
「奏太からキスをしてもらったから、次は俺からしないとおかしいだろ」
「はい?」
――おかしい? なにが?
忙しなく瞬きを繰り返す僕に、彼がまた小さく笑う。
「二人とも大学に行くんだぞ。どちらにもいってきますのキスをしないと、おかしいじゃないか」
彼が言いたいことは分かるけれど、それは屁理屈ではないだろうか。
しかし、僕は反論できず、「あうあう」と意味不明な呟きを漏らしただけである。
――まさか、毎日、これをするの?
斗輝とは学年が違うし、受講する講義も違うから、毎日同じ時間に二人で家を出るということはないだろう。
それでも、彼ならなんだかんだと理由を付けて、キスをしてきそうだ。『いってきます』ではなく、『いってらっしゃい』のキスだとか言って。
チラッと彼を見たら、切れ長の目がさらに弧を描く。
「どうした?」
楽し気な声で問い掛けられ、僕はフルフルと首を横に振った。
ヘタなことを口にしたら、墓穴を掘りかねない。
僕は「な、なんでもないです、行きましょうか」と言って、扉を開けた。
廊下には、清水先輩が静かな微笑みを浮かべて立っていた。
そんな先輩に、斗輝が短く声を掛ける。
「待たせたな」
「いえ、お気になさらずに」
そう言って、先輩は微笑みを深めた。
その表情は、僕と斗輝が扉の向こう側でなにをしていたのか察しているような顔付きである。
――清水先輩もアルファだし、斗輝と同じようなことをするのかな?
話によると、先輩は斗輝よりも独占欲が強いらしいので、ありえないことではなさそうだ。
そんなことを考えていたら、先輩がスッと頭を下げる。
「おはようございます、奏太様」
「お、おはよ……、ござい、ます。清水先輩……」
どうにも『様』を付けて名前を呼ばれることに慣れない。
ぎこちなくお辞儀をして挨拶を返すと、先輩が「車は下につけてありますので」といって、先導するように歩き出した。
スッと背筋を伸ばして歩いている清水先輩は、まだ大学生だというのに、貫禄というか、斗輝とは違う存在感がある。
そこで、ふと気が付いた。
――清水先輩が、僕のことも護衛してくれるの?
昨日、これからの大学生活について簡単に説明されたけれど、一日中眠かったので、詳しいことを聞きそびれてしまったし、あまりよく覚えていない。
また、今朝はお弁当作りに夢中になってしまった上に、久しぶりに大学へ行ける嬉しさから、朝食の間は浮かれていて、すっかり忘れていたのだ。
澤泉財閥の御曹司と恋人になったことで、なんとなくだけど、これまでと同じようには過ごせないのは予想できている。
僕自身に価値があるのではなく、澤泉を利用する道具として、僕を狙う人が現れるのではないだろうか。
ショッピングモールに出かけた時も、澤泉の護衛さんたちがさりげなく周囲にいたし、スーパーで買い物をした時は、清水先輩が僕と斗輝のことを守ってくれていた。
きっと、大学構内でも似たような状況になるはずだ。
とはいえ、清水先輩は斗輝の右腕である。
それに、僕とは学年が違う。
先輩が斗輝の護衛をするのはそれほど難しくないかもしれないが、僕を護衛するとなったら、あまりにも勝手が違う。
だからといって、過保護な斗輝が、僕に一人も護衛を付けないとは思えない。
「斗輝、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
エレベーターに乗り込むところで、彼に声を掛けた。
斗輝はユルリと目を細めることで、話すように促してくる。
その視線を受け、僕は疑問を投げかける。
「大学に行ったら、僕は一人で行動しても大丈夫なんですか? 斗輝と一緒に出掛けた時でも、誰かしら護衛に当たってくれていましたよね。大学だと、斗輝と行動が別になりますし」
すると、彼が僕の髪をサラリと撫でた。
「その話は、車の中でするつもりだったんだ。説明が遅れて悪かったな」
「いえ、そんな……。僕のことなのに、うっかり確認を忘れていて、すみませんでした」
謝る僕の髪を、斗輝が改めて撫でる。
「奏太が謝ることではないさ。どうやら、少しは危機感を持ってもらえたようで、安心した」
そんな彼に、僕は苦笑を返した。
「だって、斗輝は澤泉家の人ですから。僕を利用して、悪いことを考える人がいそうですし」
そこまで言って、僕はハッと気付いた。
「あ、そうか……。斗輝と僕が関係ないってことにしておいたら、誰も僕のことなんて気に掛けないですよね。じゃあ、大学では、斗輝と他人の振りをしていたらいいんですね」
これなら、僕の護衛のことで斗輝や清水先輩に迷惑をかけないで済む。
それに僕は平凡な田舎者で、大人しくしていたら、皆の興味を引くこともないはずだ。
いいことを思いついたとばかりにニコニコしていたら、斗輝が凛々しい眉根をグッと寄せる。
続いて、数歩先を歩いていた清水先輩は、こちらへと振り返って深いため息を零した。
「奏太はまったく分かってない……」
「ええ、そうですね。ご自分の立場を、まだご理解いただけていないようです。奏太様の今後は心配ですよ」
「え? え?」
揃って渋い表情を浮かべる二人の様子に、僕は大きく首を傾げていた。
僕はドギマギしながら斗輝を見上げる。
切れ長の目を細めて微笑んでいる彼は、「どうする?」と、視線で訴えかけていた。
選択の自由は僕に与えられているように思えるけれど、結局、選ぶ答えは一つしかないのである。
――恥ずかしいけど、まぁ、清水先輩には見えないし。
そのことを自分に言い聞かせ、僕は軽く背伸びをする。
そんな僕を優しく抱き締めて支えてくれる斗輝は、ゆっくりと目を閉じていった。
僕は彼の目が閉じ切ったタイミングで彼の唇に自分の唇をソッと押し付け、パッと身を引く。
時間としてはかなり短いけれど、これでもキスに違いない。
一応、任務は完了したので、ホッと安堵の息を零していたら、今度は斗輝の顔が近付いてきて、攫うようにキスをされた。
「な、なんで、すか……?」
驚いて仰け反りながら問いかける僕に、彼がクスッと笑う。
「奏太からキスをしてもらったから、次は俺からしないとおかしいだろ」
「はい?」
――おかしい? なにが?
忙しなく瞬きを繰り返す僕に、彼がまた小さく笑う。
「二人とも大学に行くんだぞ。どちらにもいってきますのキスをしないと、おかしいじゃないか」
彼が言いたいことは分かるけれど、それは屁理屈ではないだろうか。
しかし、僕は反論できず、「あうあう」と意味不明な呟きを漏らしただけである。
――まさか、毎日、これをするの?
斗輝とは学年が違うし、受講する講義も違うから、毎日同じ時間に二人で家を出るということはないだろう。
それでも、彼ならなんだかんだと理由を付けて、キスをしてきそうだ。『いってきます』ではなく、『いってらっしゃい』のキスだとか言って。
チラッと彼を見たら、切れ長の目がさらに弧を描く。
「どうした?」
楽し気な声で問い掛けられ、僕はフルフルと首を横に振った。
ヘタなことを口にしたら、墓穴を掘りかねない。
僕は「な、なんでもないです、行きましょうか」と言って、扉を開けた。
廊下には、清水先輩が静かな微笑みを浮かべて立っていた。
そんな先輩に、斗輝が短く声を掛ける。
「待たせたな」
「いえ、お気になさらずに」
そう言って、先輩は微笑みを深めた。
その表情は、僕と斗輝が扉の向こう側でなにをしていたのか察しているような顔付きである。
――清水先輩もアルファだし、斗輝と同じようなことをするのかな?
話によると、先輩は斗輝よりも独占欲が強いらしいので、ありえないことではなさそうだ。
そんなことを考えていたら、先輩がスッと頭を下げる。
「おはようございます、奏太様」
「お、おはよ……、ござい、ます。清水先輩……」
どうにも『様』を付けて名前を呼ばれることに慣れない。
ぎこちなくお辞儀をして挨拶を返すと、先輩が「車は下につけてありますので」といって、先導するように歩き出した。
スッと背筋を伸ばして歩いている清水先輩は、まだ大学生だというのに、貫禄というか、斗輝とは違う存在感がある。
そこで、ふと気が付いた。
――清水先輩が、僕のことも護衛してくれるの?
昨日、これからの大学生活について簡単に説明されたけれど、一日中眠かったので、詳しいことを聞きそびれてしまったし、あまりよく覚えていない。
また、今朝はお弁当作りに夢中になってしまった上に、久しぶりに大学へ行ける嬉しさから、朝食の間は浮かれていて、すっかり忘れていたのだ。
澤泉財閥の御曹司と恋人になったことで、なんとなくだけど、これまでと同じようには過ごせないのは予想できている。
僕自身に価値があるのではなく、澤泉を利用する道具として、僕を狙う人が現れるのではないだろうか。
ショッピングモールに出かけた時も、澤泉の護衛さんたちがさりげなく周囲にいたし、スーパーで買い物をした時は、清水先輩が僕と斗輝のことを守ってくれていた。
きっと、大学構内でも似たような状況になるはずだ。
とはいえ、清水先輩は斗輝の右腕である。
それに、僕とは学年が違う。
先輩が斗輝の護衛をするのはそれほど難しくないかもしれないが、僕を護衛するとなったら、あまりにも勝手が違う。
だからといって、過保護な斗輝が、僕に一人も護衛を付けないとは思えない。
「斗輝、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
エレベーターに乗り込むところで、彼に声を掛けた。
斗輝はユルリと目を細めることで、話すように促してくる。
その視線を受け、僕は疑問を投げかける。
「大学に行ったら、僕は一人で行動しても大丈夫なんですか? 斗輝と一緒に出掛けた時でも、誰かしら護衛に当たってくれていましたよね。大学だと、斗輝と行動が別になりますし」
すると、彼が僕の髪をサラリと撫でた。
「その話は、車の中でするつもりだったんだ。説明が遅れて悪かったな」
「いえ、そんな……。僕のことなのに、うっかり確認を忘れていて、すみませんでした」
謝る僕の髪を、斗輝が改めて撫でる。
「奏太が謝ることではないさ。どうやら、少しは危機感を持ってもらえたようで、安心した」
そんな彼に、僕は苦笑を返した。
「だって、斗輝は澤泉家の人ですから。僕を利用して、悪いことを考える人がいそうですし」
そこまで言って、僕はハッと気付いた。
「あ、そうか……。斗輝と僕が関係ないってことにしておいたら、誰も僕のことなんて気に掛けないですよね。じゃあ、大学では、斗輝と他人の振りをしていたらいいんですね」
これなら、僕の護衛のことで斗輝や清水先輩に迷惑をかけないで済む。
それに僕は平凡な田舎者で、大人しくしていたら、皆の興味を引くこともないはずだ。
いいことを思いついたとばかりにニコニコしていたら、斗輝が凛々しい眉根をグッと寄せる。
続いて、数歩先を歩いていた清水先輩は、こちらへと振り返って深いため息を零した。
「奏太はまったく分かってない……」
「ええ、そうですね。ご自分の立場を、まだご理解いただけていないようです。奏太様の今後は心配ですよ」
「え? え?」
揃って渋い表情を浮かべる二人の様子に、僕は大きく首を傾げていた。
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