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女神編
女神編 その7
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最初にあの人に会った時は適当にからかって金を毟ろうと思ってたんだ。向こうも商売女に本気になるようなタマでもないと思ってたんだよ。存外遊んでるんだよあの人。
けどね、段々本気になっちまってる事に気が付いたんだ。あの人もアタシも。だから怖くなった。アタシは夢魔であっちは人間。誰がどう考えたって幸せな幕引きは用意出来ない。だから逃げ出した。あの人から、自分の気持ちから。夢魔が本気で誰かに惚れることなんてあるのか?って言いたいんだろ。そんなことアタシが答えを知りたいくらいだ。そうじゃあないって。ただ夢魔としての本能なんだって。そう自分に言い聞かせてここまで逃げてきた。
「だから頼むよ。このまま逃しておくれな」
夢子であり夢幻春之助でもあるそれは俯きながらぽつぽつと自分語りをしている。傍らでは霧ヶ峰煙十郎が実に退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
「お前が逃げようとなんだろうとこの霧ヶ峰煙十郎の知ったことではない。お望みとあらば二度とあの男と顔を合わせなくても良いようにしてやっても良い。これ以上、夢魔如き陳腐な妖のために割く時間などないからな」
煙十郎はそこで立ち上がりおもむろに酒瓶を手に取った。
「だがあの男が覚悟と魂を支払ってでもお前との結末を欲している。夢魔の命はちっぽけだが人間の命はちっぽけではない。ましてやこの霧ヶ峰煙十郎に持ち込まれた話。形はどうあれうやむやで終わらすわけには絶対にいかない」
「しかし先生、いやさ先生と呼ばせておくんねえ。ひとつ合点がいかねえんだ。どうして俺と夢子が同一人物だと分かったんだ。俺ら魔の者にとっちゃ正体を知られるっての死んだも同然。だから必死に正体を悟られまいとするもんだ。後学のために知っておきてえ。アンタとは一度きりしか会ってねえのにどうやって見破った」
いつのまにか男の姿になった夢幻は酒瓶をラッパ飲みしようとする煙十郎へ神妙な面持ちでグラスを差し出した。
煙十郎はそれを受け取りゆっくりと酒を注ぎ始めた。
「退屈で平凡な話さ。まずそこのお天だ。奴はお前と手合わせした際に『まるで霧と戦っていた様だ』と言った。お前たち夢魔は元来肉体を持たんだろう。だからこそ女にも男にも姿を変えられる。存在自体不安定で霧ようなもの。それが歯車のひとつ目」
「なるほど。続けてくんねえ」
「もうひとつは似顔絵さ」
「似顔絵?」
僕は夢幻に竹久氏が描いた夢子嬢の似顔絵を手渡した。奴はそれを手に取るとまるで子猫を抱いた時のような、愛おしいと今にも口から溢れてしまいそうな表情をした。
「良く描き過ぎだ。あのぼんの」
「生き写しだろう」
頬を紅潮させながら微笑む夢幻を見て、僕らは一体なんのためにここへ来ているのだろうと今更ながら分からなくなっていた。
「げふん」
僕が咳払いをすると夢幻は我に返って話を続けた。
「確かに生き写しみてえだな。だがこれが似ていると言ってもそれがどうして俺らの正体の答えになる?」
「生き写しと言ったのは絵ではない。お前と夢子がだ。いくらなんでも不自然だ。まあ正確には似ているのは夢幻春之助とその夢子の似顔絵だが」
また煙十郎の話がややこしくなってきたので僕が口を挟まざるを得なくなった。
「いえ先生、それは変ですよ。だって夢幻と夢子さんは双子だって聞いてたじゃないですか」
「如何にも。時にお天。お前はその目で双子を見たことがあるのか」
「ええまあ、物乞いをやってた時に何度か見世物小屋で」
見世物小屋や旅芸人の一座には大概ひと組の双子がいた。
「それは男の双子か?それとも女か?」
「女が多かったですが時たま男もいましたよ。みんな合わせ鏡みたいにそっくりでした」
夢幻も敷島を咥えながら僕の話にうんうんと頷いている。
「では聞くが男と女の双子はいたか?」
「いえ、それは見なかったですが世間ではいるでしょう?そう聞きました」
「ふむ。そこだ。やはりお前は無知蒙昧である」
またこれだ。良い加減うんざりしていたが煙十郎の期限を損ねては話が前に進まない。僕は仕方なく無難に相槌を打つことにした。
「はいはい。左様でございますよ。後生ですからご高説を賜らせてくださいな」
「よかろう」
煙十郎は満足いったのか立ち上がって勢いよく話始める。
「そもそも双子というやつは大きくわけて二種類あり一卵性双生児と二卵性双生児という分類がある。お天がサーカスや見世物小屋で見ていた写し鏡の如き双子はみな一卵性双生児だ。これは世の不思議、人体の不思議というやつでな。ひとつの卵から二人の人間が産まれてくる。故にこれらは合わせ鏡の如く生き写しなのだ」
「なるほど」
夢幻も必死に聞き入っている様子だ。
「それに対し二卵性双生児というのは二つの卵から二人の人間が産まれてくる。人というのは元来一人ずつ産まれてくるものだからこれ自体奇跡みたいなもんだ。だが、卵がひとつと違い二つから成る者たちはそれぞれ別々の形をしている。つまり姿形まったく別の人間というわけだ」
「勉強になりますね。それがなんだというのです」
「答えを急くな。学びとは時間がかかるものだ」
「文字数もかかります」
おっと、これは言ってない。
「世間ではいまだよく知られていないことで、これはお天や夢幻もまた知りえなかったことである。故に矛盾が生じて真実の糸口になった。つまりこういう事だ。一卵性双生児は同性しか産まれず、男女の双子は必ず二卵性双生児である」
僕も夢幻もポカンと口が開いたまま話を理解出来ていなかったが、その顔を見て察したのか煙十郎は渋々といった様子で噛み砕いて説明を続けた。
「男女の双子にしては似過ぎていたのさ。あり得ないことだ。ほくろの位置まで同じだ。如何にあの男が記憶で描いた似顔絵と言えど、夢幻に会った事のない奴が間違えて双子の兄の似顔絵を描くだろうか?いいやそれは無い。だとすれば同一人物の可能性が高い。しかし夢幻は間違いなく男であるし、奴が床を共にした夢子は間違いなく女である。だとすれば結論はひとつ」
「俺らは同一人物で、人間ではない。ということか」
恐れ入ったね、という風に夢幻は大きくため息をついた。
続く
けどね、段々本気になっちまってる事に気が付いたんだ。あの人もアタシも。だから怖くなった。アタシは夢魔であっちは人間。誰がどう考えたって幸せな幕引きは用意出来ない。だから逃げ出した。あの人から、自分の気持ちから。夢魔が本気で誰かに惚れることなんてあるのか?って言いたいんだろ。そんなことアタシが答えを知りたいくらいだ。そうじゃあないって。ただ夢魔としての本能なんだって。そう自分に言い聞かせてここまで逃げてきた。
「だから頼むよ。このまま逃しておくれな」
夢子であり夢幻春之助でもあるそれは俯きながらぽつぽつと自分語りをしている。傍らでは霧ヶ峰煙十郎が実に退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
「お前が逃げようとなんだろうとこの霧ヶ峰煙十郎の知ったことではない。お望みとあらば二度とあの男と顔を合わせなくても良いようにしてやっても良い。これ以上、夢魔如き陳腐な妖のために割く時間などないからな」
煙十郎はそこで立ち上がりおもむろに酒瓶を手に取った。
「だがあの男が覚悟と魂を支払ってでもお前との結末を欲している。夢魔の命はちっぽけだが人間の命はちっぽけではない。ましてやこの霧ヶ峰煙十郎に持ち込まれた話。形はどうあれうやむやで終わらすわけには絶対にいかない」
「しかし先生、いやさ先生と呼ばせておくんねえ。ひとつ合点がいかねえんだ。どうして俺と夢子が同一人物だと分かったんだ。俺ら魔の者にとっちゃ正体を知られるっての死んだも同然。だから必死に正体を悟られまいとするもんだ。後学のために知っておきてえ。アンタとは一度きりしか会ってねえのにどうやって見破った」
いつのまにか男の姿になった夢幻は酒瓶をラッパ飲みしようとする煙十郎へ神妙な面持ちでグラスを差し出した。
煙十郎はそれを受け取りゆっくりと酒を注ぎ始めた。
「退屈で平凡な話さ。まずそこのお天だ。奴はお前と手合わせした際に『まるで霧と戦っていた様だ』と言った。お前たち夢魔は元来肉体を持たんだろう。だからこそ女にも男にも姿を変えられる。存在自体不安定で霧ようなもの。それが歯車のひとつ目」
「なるほど。続けてくんねえ」
「もうひとつは似顔絵さ」
「似顔絵?」
僕は夢幻に竹久氏が描いた夢子嬢の似顔絵を手渡した。奴はそれを手に取るとまるで子猫を抱いた時のような、愛おしいと今にも口から溢れてしまいそうな表情をした。
「良く描き過ぎだ。あのぼんの」
「生き写しだろう」
頬を紅潮させながら微笑む夢幻を見て、僕らは一体なんのためにここへ来ているのだろうと今更ながら分からなくなっていた。
「げふん」
僕が咳払いをすると夢幻は我に返って話を続けた。
「確かに生き写しみてえだな。だがこれが似ていると言ってもそれがどうして俺らの正体の答えになる?」
「生き写しと言ったのは絵ではない。お前と夢子がだ。いくらなんでも不自然だ。まあ正確には似ているのは夢幻春之助とその夢子の似顔絵だが」
また煙十郎の話がややこしくなってきたので僕が口を挟まざるを得なくなった。
「いえ先生、それは変ですよ。だって夢幻と夢子さんは双子だって聞いてたじゃないですか」
「如何にも。時にお天。お前はその目で双子を見たことがあるのか」
「ええまあ、物乞いをやってた時に何度か見世物小屋で」
見世物小屋や旅芸人の一座には大概ひと組の双子がいた。
「それは男の双子か?それとも女か?」
「女が多かったですが時たま男もいましたよ。みんな合わせ鏡みたいにそっくりでした」
夢幻も敷島を咥えながら僕の話にうんうんと頷いている。
「では聞くが男と女の双子はいたか?」
「いえ、それは見なかったですが世間ではいるでしょう?そう聞きました」
「ふむ。そこだ。やはりお前は無知蒙昧である」
またこれだ。良い加減うんざりしていたが煙十郎の期限を損ねては話が前に進まない。僕は仕方なく無難に相槌を打つことにした。
「はいはい。左様でございますよ。後生ですからご高説を賜らせてくださいな」
「よかろう」
煙十郎は満足いったのか立ち上がって勢いよく話始める。
「そもそも双子というやつは大きくわけて二種類あり一卵性双生児と二卵性双生児という分類がある。お天がサーカスや見世物小屋で見ていた写し鏡の如き双子はみな一卵性双生児だ。これは世の不思議、人体の不思議というやつでな。ひとつの卵から二人の人間が産まれてくる。故にこれらは合わせ鏡の如く生き写しなのだ」
「なるほど」
夢幻も必死に聞き入っている様子だ。
「それに対し二卵性双生児というのは二つの卵から二人の人間が産まれてくる。人というのは元来一人ずつ産まれてくるものだからこれ自体奇跡みたいなもんだ。だが、卵がひとつと違い二つから成る者たちはそれぞれ別々の形をしている。つまり姿形まったく別の人間というわけだ」
「勉強になりますね。それがなんだというのです」
「答えを急くな。学びとは時間がかかるものだ」
「文字数もかかります」
おっと、これは言ってない。
「世間ではいまだよく知られていないことで、これはお天や夢幻もまた知りえなかったことである。故に矛盾が生じて真実の糸口になった。つまりこういう事だ。一卵性双生児は同性しか産まれず、男女の双子は必ず二卵性双生児である」
僕も夢幻もポカンと口が開いたまま話を理解出来ていなかったが、その顔を見て察したのか煙十郎は渋々といった様子で噛み砕いて説明を続けた。
「男女の双子にしては似過ぎていたのさ。あり得ないことだ。ほくろの位置まで同じだ。如何にあの男が記憶で描いた似顔絵と言えど、夢幻に会った事のない奴が間違えて双子の兄の似顔絵を描くだろうか?いいやそれは無い。だとすれば同一人物の可能性が高い。しかし夢幻は間違いなく男であるし、奴が床を共にした夢子は間違いなく女である。だとすれば結論はひとつ」
「俺らは同一人物で、人間ではない。ということか」
恐れ入ったね、という風に夢幻は大きくため息をついた。
続く
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