煙十朗奇譚

三文士

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女神編

女神編 その3

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「で、先生。何か得策でもあるんですか?」

薄手の外套を引っ掛け珍しく洋装に身を包んだ霧ヶ峰煙十郎が行くぞのひと言だけで町に飛び出したので僕は慌てて後を追いかけた。

「おてん。金はあるか?」

「へ?まあ、少しなら」

僕は不安になりながら懐にある金額よりやや控えめに伝えた。

「よろしい。得策なぞ糞喰らえだ。蛇の道は蛇ぞ」

「あすこへ行くんですか?」

「そうだ」

僕は気持ちがズンと重くなった。探してる女がいたという最後にして唯一の手がかり。それはあの裏道にある怪しげな飲み屋こといつかの「蛇骨女」であった。

慣れた足取りでひょいひょい歩く霧ヶ峰煙十郎に対して僕は鉄の枷を付けられた奴隷のようにノロノロと歩いた。

「日が暮れるぞ。さっさと歩け」

「でも先生。あすこは夜の店ですよ?早いんじゃありませんか?」

僕の言葉に彼は真顔で応えた。

「愚かなりお天。夜になってみろ。それこそ剣呑なことになるぞ」

それもそうだと考え直し僕も歩みを早めた。とは言えやはり気は重いまま。

日が高いはずななのに薄暗い路地裏を進むと更に影で覆われた様な雰囲気を纏い「蛇骨女」と書かれた看板が現れた。

こんこんこん

と霧ヶ峰がノックをすると中から七尺はあろうと思われる大男がのっそりと現れた。

「お客さん。まだ開店前だ。出直してくんな」

男は頬に大きな傷がありそれはおそらく刃物でやられたのであろうと思われるものだった。

「やあ、すまないがの姐さんを呼んできてはくれないか。ちょいと用事があってね」

霧ヶ峰煙十郎はまるで幼児にでも接するがごとく優しい声音で男に話しかけた。男はついぞそんな物言いをされたことがないようでいささか困惑した顔で口調を荒げた。

「そんな奴ぁ知らねえ。女が欲しいなら夜に来い蒟蒻野郎」

男が扉を閉めようとするので煙十郎はすかさずつま先を差し入れた。

「古い馴染みなんだ。なに、遊びに来たんじゃないんだ。ちょいと話すだけさ」

煙十郎はそう言いながら後ろで僕に向かい手をくれくれとしたので幾らかの紙幣を渡した。

けむりが来たと伝えてくれれば分かる。頼むよ」

男は横目で紙幣を確認すると短く舌打ちをして中に引っ込んだ。

「お天、世間知らずなり。あればっかりの金で何が出来る。相手が馬鹿で助かったぞ」

「だって先生、相場なんて知りませんよ」

そう言いながらも煙十郎は僕の懐に手を入れてがま口ごと奪い去った。

「あっっ!」

「預かっておく。後で返してやるから」

そんな問答が終わらないうちに男が再び扉を開けた。

「悪いな兄さん。姐御は今いねえよ。出直してくれ」

それでまた引っ込もうとしたので煙十郎はすかさず紙幣を追加した。

「昼間に出歩くタマじゃないだろう。ここの連中はお天道様の敵じゃないか。もう一度よく見てきてくれ」


すると男はニヤリと口角を上げた。

「そういやさっき裏手からいそいそと出て行ったな」

男の顎が指す方に煙十郎は突然走り出した。

「ちょっと!先生!」

裏に周るとちょうど襦袢に下駄を突っかけた乱れ髪の女が出てくるところだった。

「いつからお天道様と仲直りしたんだの。散歩にしちゃまだ陽が高いぜ」

女は例の爬虫類のような目をカッと見開くと一目散に駆け出した。路地裏に下駄と地面が激しくぶつかる音が木こだまする。

「お天,鬼ごっこだ」

煙十郎の言葉が終わらないうちに僕の身体は反射的に宙を舞っていた。鬼ごっこなら僕の十八番だ、鴉天狗たちとの日々を思い出す。

僕は女の頭上を飛び越え彼女の目の前に両手を広げて立ちはだかった。幸いにも路地は狭く僕の身体でも充分に彼女の行手を阻む事ができた。

「シュっ!」

女は細長い舌を出してイラついた表情をした。踵を返そうとしたが既に後ろには霧ヶ峰煙十郎が立って欠伸をしていた。

「無駄だよ。大人しく来てくれ、岡っ引きの真似事はしたくない」

「ええい!なんだってんだちくしょうめ!」

女は懐から匕首を取り出すとぶんぶんと振り回した。

「指ぃ一本でも触れてみやがれ!明日から不自由させてやる!」

僕はすかさず女の手をひねる。煙十郎にばかり気を取られたいたもんだからいとも簡単に刃物は地面に転がった。

「ひぃ!」

「危ないなあ。素人が振り回しちゃダメですよ」

「ちくしょう!離しやがれ!」

女はキンキンする声で怒鳴る。すると、突然店の方から鋭い殺気が僕らに向かって飛んできたのを感じた。

「困りますよ。商品に傷つけられちゃ」

声の方角を見やると、線の細い洋装の若い男が木刀を携えて立っていた。彼はざん切り頭をした今どきの青年といった様子をしていたが、鋭い眼光の物凄い美丈夫で一瞬場の空気が歪む程に威圧を放っていた。

夢幻むげんちゃん!」

女はすがるように甘えた声で男に助けを求める。煙十郎は彼の方を振り向きもせず女の肩を抱いて僕に顎で指図した。

「お天、鬼ごっこは仕舞いだ。次はチャンバラごっこだ」

「人づかいの荒いことで」

僕は口では悪態をついてみせたが実は心の中では少しわくわくしていた。久しぶりに本気で手合わせが出来る。相手はそういう雰囲気を纏っていた。

続く




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