暮らしの妖怪帖(加筆版)

三文士

文字の大きさ
上 下
7 / 8

妖怪正月 中

しおりを挟む
「いやぁ。やっぱり昼間っから人の家で飲む酒は味が違うなあ。そう思わねえか?五徳猫ごとくねこよぉ?」

「はぁ。さいですニャ」

 猫又の一種、妖怪五徳猫はセーラー服姿の少女にぐうの音も出なかった。何しろ本人は自分は日本に数人しかいない特級の退魔師であると公言し並々ならぬ気迫を放っている。例え方便だとしても敵いそうな相手ではない事を五徳猫は本能で悟っていた。

「なんだよ、つれねえ返事じゃねえか。おう。おめえもそんなところで不景気な顔してないで、こっち来てオレの肘掛けになってくれよ」

「ぬーうー」

 おとろしは部屋の隅で縮こまりカタカタと震えながら怯えている。

「顔は生まれつきだと申しておりますニャ」

「ちげえねえ!ガッハッハッハ!」

「あのぅ……」

 豪快に笑う少女の傍らで、なんともやり切れないという表情をした妖怪「あか舐め」が酒を注がされている。彼の名は舐め太郎といった。

「姉さん、おいらもう帰って良いですか?親方も心配してるだろうし」

 あか舐めは風呂場に出る妖怪で髪の長い少年の様な見た目をしてる。舐め太郎はかつてこの家の主人、御手洗十三みたらいトミーに救ってもらって以来、義理堅く何かにつけて挨拶に来ているのだった。

「仕事も残ってるんで……」

 舐め太郎は「寿湯」と書かれた紺色の半纏を着ていた。彼はこの御手洗家と同じ町内にある銭湯に下働きをしながら居候していた。

「なんだぁ?酒持って挨拶に来たのはお前だろうが。いいからもちっとホラ、注げ」

 少女はぐい呑みを舐め太郎に向かって差し出す。舐め太郎は気落ちした顔で徳利を傾ける。

「舐めよ、お前もさいニャんですニャ」

「五徳さん、落語じゃないんだから」

 話は一時間ほど前に遡る。


 高級玉露とカステラをがぶがぶやりながら我がもの顔で振る舞っていた少女だったが、夕暮れになっても十三が帰らないので、そろそろ暇をしようかと腰を上げた時だった。

「こんちゃー!あけましておめでとうございます!」

 威勢の良い少年のような声が玄関から聞こえた。少女から解放されるとぬか喜びしていた面々はこれでまた頭を抱えた。

 声の主は先述した通り「あか舐め」の舐め太郎。寿湯の主人に言われて年賀の挨拶に特級酒を持って来たのが彼の運の尽きだった。帰ろうとした少女は一升瓶を見てやおら表情を変えた。

「そういう事ならもう少しだけ待つとするか」

 ということになり現在に至る。果たして飲んでいい年齢なのか?ということはさておき、少女は五徳猫に寿司の出前を取らせ、再び炬燵に陣取り酒を煽り始めた。

「おいら、十三さんにお酒を持ってきたのにコレじゃ親方に叱られますぅ」

 涙目の舐め太郎に少女は豪快に笑って応える。

「アイツは下戸だよ。こんないい酒だって料理に使いかねない。無駄無駄。こうしてオレが飲んでやる方が酒も浮かばれるってもんよ」

 こうなっては八方塞がりだと言わんばかりに五徳猫たちは天を仰いでいた。

「しかしお前らは無芸だな。せっかくの良い酒が味気なくなるぜ。おい五徳猫、テレビをつけろ」

「はあ」

 五徳猫がリモコンでテレビを着けると、先ほど彼が見ようとしていた白黒の映画が静止画面のまま映し出された。

「おぉ、小津安二郎じゃねえか。これは東京物語だな」

「おや!姉さん!もしかして小津ファンですかニャ?」

 五徳猫はこれは好機とばかりに少女に詰め寄る。少女が映画に釘付けになれば、その隙に外へ抜け出して十三の帰りを何処かで待てばいい。そう考えた。

「まあな。しかしなあ。オレは東京物語より『お茶漬けの味』が好きなんだよ。おい、コレ変えられねえのか?」

「ニャんですと?」

 少女の発言に五徳猫が表情を変えた。

「『東京物語』は爺さん婆さんの話だろ?なんか線香臭くてなあ。オレは断然、『お茶漬けの味』なんだよ」

「線香臭い、ですとニャ?」

 五徳猫は肩を震わせて立ち上がり、持っていた煙管を構えた。

「なんのつもりだ五徳?」

 少女は眉ひとつ動かさずに言った。

「訂正を要求しますニャ。『東京物語』こそ小津映画の最高傑作。異論は受け付けませんニャ」

「お前に許可してもらう必要はないぜ。オレが『お茶漬けの味』が一番だと言ったら一番なんだよ」

「ここは譲れませんニャ」

「妖怪ごときが人間様の映画を語るんじゃねえよ」

 少女も言葉に五徳猫は毛を逆立てた。

「芸術に感動する心に、種族は関係ありませんニャ」

「あんまり盾突くなよ。消すぞ?」

 少女は肩に担いでいた棒状の包みを解こうとあうる。彼女の指が真っ赤な紐に触れた途端、凶々しい気配は部屋中に立ち込める。

「うへえ、なんだいコリャ。おいら気持ち悪いよ」

「ぬうぅぅぅ」

 おとろしと舐め太郎は肩を寄せ合って隅で震えてしまっていた。五徳猫は目を真っ赤に充血させながらなんとかその場に立っているという状態であった。

「なんという…重圧」

「おいおい。まだ封印を解いてないのにその有り様かよ。悪いことは言わねえ。この黄金丸をオレに抜かせるなよ」

 正に一触即発という状況であった。このまま時間が経てば明らかに自分に不利であると五徳猫は悟っていた。しかし彼にはどうしても譲れぬ想いがあり、今ここでひいてしまうことでその気持ちを裏切ってしまう様な気がしていた。

 少女の指はゆっくりと紐を解き、それがハラリと地面に落ちる。その瞬間にまた重圧が増した。もう立っていられない。危うく意識を失いそうになったその時であった。

「何やってだ?お前ら」

 怪訝な顔で襖を開けて現れたのはこの家の主人、御手洗十三であった。

「ぬーっ!」

「十三さーん!」

 おとろしと舐め太郎が十三に駆け寄る。いつの間にか重圧は消え失せ、少女は再び炬燵で猪口を傾けていた。

「た、助かったですニャ」

 五徳猫はへなへなとその場にへたり込んでしまった。

「おいおい。なんで俺の留守に寿司なんかとってんだよ。うわ、酒臭っ」

「十三さん!大変だったんですよ!五徳さんとこの子が喧嘩を!」

「舐め太郎、なんでウチにいるんだ?寿湯はいいのか?今日は正月営業で忙しいんだろ?」

「あ!そうでした!」

 今年もよろしく!とだけ言い捨て舐め太郎は帰って行った。

「何だったんだアイツ?おい!お前ら、ちゃんと片付けろ。酷い散らかりようじゃないか。うわ、来客用のカステラまで食いやがって。おいドラ猫!」

「十三さん、申し訳ないですニャ」

 張り合いのない五徳猫に呆れた十三はため息をつき、そしてようやく少女の方に向き直った。

「で?こんなとこで正月早々何してんだ?」

 この時、五徳猫とおとろしは今更ながらこの少女と十三がどんな関係か知らなかったことを思い出した。

「納得いく説明をしろ。

「ぬー!?」

「姉貴とニャ!?」

 十三の言葉に少女はただニヤリと微笑んだ。

続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼の目にも泪

三文士
キャラ文芸
自然豊かな辺境の村で妖怪退治を生業にする「先生」。そんな先生のもとへ、今日も妖怪絡みの厄介ごとが持ち込まれる。人に仇為すという山奥の鬼を退治するため先生は山へ赴くのだが、そこで待っていたのは少女と見紛うほど幼く美しい、金髪の鬼だった。 人は生きる為にどれほどの命を犠牲にしなくてはいけないのか。

スーサイドメーカーの節度ある晩餐

木村
キャラ文芸
久留木舞(くるきまい)は深夜のコンビニにタクシーがダイナミックに入店する現場に居合わせた。久留木はその事故よりも、自分の傷の手当てをしてくれた青年――松下白翔(まつしたあきと)に対して言い知れぬ恐怖を抱く。『関わってはいけない』そう思っているのに、松下の押しの強さに負けて、久留木は彼と行動を共にするようになる。

おっさん拾いました。

奈古七映
キャラ文芸
食品工場で働いている「私」にとって、帰宅途中でいきあう野良猫とのふれあいは唯一の癒し。ところがある日、顔見知りの野良猫は姿を消し、かわりに現れたのは自分は猫だと言い張る小太りのおっさんだった――まじめに一生懸命生きている孤独な女性の身に起きた不思議な物語。

【完結】神々の薬師

かのん
キャラ文芸
 神々の薬師は、人に顔を見せてはいけない。  何故ならば、薬師は人であって人ではない存在だから。  選ばれたものらは、自らの願いを叶えた対価として、薬師へと姿を変える。  家族や親しい人ら、そして愛しい人からも自分の記憶は消えるというのに、それでも叶えたい願いとは何だったのか。それすらも、もう遠い記憶。  これは一人の神々の薬師の少女が織りなす物語。

その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子
キャラ文芸
お天気雨。 別名、狐の嫁入りーー 珍しいな、なんて思いつつ家までの近道をしようと神社の鳥居をくぐった時、うっかり躓いて転んでしまった私の目の前に何故か突然狐耳の花嫁行列が現れる。 唖然として固まっている私を見た彼らは、結婚祝いの捧げだと言い出し、しかもそのまま生贄として捕まえようとしてきて……!? 「彼女、俺の恋人だから」 そんな時、私を助けてくれたのは狐耳の男の子ーーって、恋人って何ですか!? 次期領主のお狐様×あやかし世界に迷い込んだ女子大生の偽装恋人ラブコメです。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~

白井よもぎ
キャラ文芸
地元の企業に勤める会社員・安藤優也は、林の中で瀕死の未来人と遭遇した。 その未来人は絶滅の危機に瀕した未来を変える為、タイムマシンで現代にやってきたと言う。 しかし時間跳躍の事故により、彼は瀕死の重傷を負ってしまっていた。 自分の命が助からないと悟った未来人は、その場に居合わせた優也に、使命と未来の技術が全て詰まったロボットを託して息絶える。 奇しくも、人類の未来を委ねられた優也。 だが、優也は少女をこよなく愛する変態だった。 未来の技術を手に入れた優也は、その技術を用いて自らを少女へと生まれ変わらせ、不幸な環境で苦しんでいる少女達を勧誘しながら、女の子だけの楽園を作る。

東遊鬼(とうゆうき)

碧井永
キャラ文芸
 巫祝(ふしゅく)とは、摩訶不思議の方術(ほうじゅつ)を駆使する者のこと。  隠形法(おんぎょうほう)や召鬼法(しょうきほう)などの術の執行者であり、本草学(ほんぞうがく)をはじめとする膨大な知識を蓄えている巫祝・羽張(はばり)龍一郎(りゅういちろう)は、これまでに祓ってきた多くの「鬼(き)」を役鬼(やくき)として使役している。  過去に財をきずいた龍一郎は現在、巫蠱呪(ふこじゅ)で使役しているウサギと仲よく同居中。  人語を解してしゃべるウサギと好物のたい焼を取り合ってケンカをし、鬼を制御するための水盤をひっくり返してしまった龍一郎は、逃げてしまった鬼を捕まえて劾鬼術(がいきじゅつ)をかけなおす日々をおくっている。 【第一話】自称・ライターの各務理科(かがみりか)がもたらした大学生・久多羅木紲(くたらぎきずな)の情報をもとに、雨のごとく金が降る幻を見せる鬼を追う。 【第二話】理科からペア宿泊券を譲り受けた龍一郎。旅先で、高校生・田井村鈴鹿(たいむらすずか)から女性が誘拐されて妊娠させられている話を聞き、苦手とする鬼・袁洪(えんこう)の仕業と見抜く。 【第三話】話は一年ほど遡る。大好物のたい焼をウサギと取り合った龍一郎は、鬼を制御するための水盤をひっくり返してしまう。たい焼がきっかけで、まだ大学生の理科と知り合いとなり、理科の先輩が巻き込まれた牡丹を巡るトラブルは花妖(かよう)が原因と判断する。 【第四話】温泉の一件で損害を被った龍一郎は、その補填をさせるべく袁洪を使役中。またも理科がもち込んできた話から、紫の絹を織る鮫人(こうじん)のしでかしたことと気づく。 【第五話】時は、龍一郎が字(あざな)を羽張(うちょう)と名乗り、大陸で暮らしていた頃までさかのぼる。自然と向き合い独学で修練を積んだ羽張は渡海に憧れている。本草学の知識を活かし不老長生薬を研究するようになる羽張は、貴族の依頼を受け、民を苦しめている龍の飼育人と相対することに。呼び出した袁洪を連れ、鬼の弾劾に向かう。  龍一郎は鬼を捕まえるたびに多くの情報をウサギに与えながら、まったりと生きていく。

処理中です...