祭り心情

三文士

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屯所

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礼次郎れいじろうさんはどこ行った?」

和也かずやくんが呼ばれたあと、しばらくして黙って出て行っちゃいました」

 双子の片割れが全て言い終わらないうちに和也は屯所を飛び出した。

 和也が椎木打しぎうちにならなければいけない理由。

 それは和也の家の事であった。和也の兄は現在、県議としての次の選挙へ出馬を控えている。地元の代表として町内会から期待される兄。そしてその援護として弟の和也を現役の椎木打ちに据たいというのが、親会連中の思惑だった。

 椎木打ちは祭りでの露出が多い。目立つ花形として活躍する和也が翌年に兄の選挙カーに乗れば地元周辺の票は確固たるものになる。

 そう考える年寄り連中が和也を椎木打ちに押し上げようとしている。

 もう一つの理由は礼次郎にあった。


「礼次郎さーん!礼次郎さーん!」

 近所で声を張り上げながら和也は礼次郎を探し回った。電話もかけ続けた。だが、礼次郎は出ない。

 礼次郎が椎木木打ちになれない理由。それは三年前の祭りで起こした喧嘩だった。



 元々、和也たちの青年会は血の気が多いことで有名でそれをどこで知ってか腕に自身のあるよそ者が来て祭りの最中に暴れるという事態が頻発していた。

 ただ、そういったことは昔からあるようで親会も警察も暗黙の上で概ねのことは目をつぶっていた。

 しかし、三年前はそれでは済まなかった。

 ヤクザの組員だという一人の男が酒に酔って神輿の周りで大暴れし、青年会だけでなく町内の人間にも手を出した。男は酒だけでなく、なにかタチの悪いクスリをやっているようにも見えた。

 その時、近くにいて運悪く標的にされてしまったのが当時和也と付き合っていた香織かおりであった。

 香織は悲鳴をあげて和也に助けを求めたが、混乱の中で人が多すぎて、香織に辿り着くのが困難になってしまった。

 今にも男が香織に飛びかかろうとした瞬間、その窮地を救ったのが礼次郎だった。青年会で誰よりも立派な体躯をしており、しかも喧嘩慣れしていた礼次郎は一撃のもとに男を香織から引き離した。

 事態は終息したかに見えたが、油断した隙に再度立ち上がった男が香織の顔を殴りつけた。

 一瞬の出来事だった。

 周りが気が付いた時にはもう遅かった。

 激昂した礼次郎が男を血まみれになるまで酷く殴り続けてしまい、警察や救急車が来る大騒ぎになってしまった。

 男は重傷を負い、礼次郎は過剰防衛ということで警察に連行されてしまった。

 男がヤクザの組員だったこと、違法な薬物を所持していたこともあり礼次郎はごく軽い処罰で済んだものの、新聞などで妙な取り上げて方をされてしまい、世間からは礼次郎が酒に酔った喧嘩で相手を病院送りにした、などとあらぬ噂を立てられしまった。

 それが、礼次郎が椎木打ちになれないもうひとつの理由である。



 礼次郎が椎木打ちになれば和也の兄の選挙カーに乗るのは礼次郎だ。それでは票は集まらない。世間はまだ礼次郎の事件を忘れてはいない。地元とはいえ、真実を知るものばかりではないのだ。

 和也はその理由に憤りを感じていた。礼次郎は香織を助けたのだ。もしもあそこで礼次郎が男を組み敷かなければ、男は香織にもっと危害を加えていたかもしれない。下手をすれば命の危険があったかもしれない。

 二人より六つ歳上の礼次郎は和也と香織を実の弟妹のように可愛がっていた。ゆくゆく二人が結婚することも知っていた。そんな香織の顔に傷を付けた男を、礼次郎は許せなかったのだろう。きっと和也も現場にいたら同じことをしていたかもしれない。新聞に載ったのは和也かもしれなかったのだ。

 幸い、香織の怪我は軽症で済んだ。傷の残りもほとんどない。現在、香織と和也は結婚し、この秋には子供も産まれる。

 礼次郎にどれほど自分が世話になったかを忘れている和也ではない。いつか、この恩義を返したいと思っている。
 
 そして、礼次郎の椎木打ちに対する思いもいやというほど分かっている。この町で今、礼次郎以上に椎木打ちに相応しい男はいないのだ。


 和也が青年会に入って間もない頃、礼次郎は祭りの度にこう言って聞かせていた。

「カズよお。俺はいつか、オメエのオヤジさんみたいな椎木打ちになるぜ」

 礼次郎の父も椎木打ちだったが、何故か彼は和也の父親を敬愛していた。礼次郎が和也を可愛がるのは、和也の父親が礼次郎に可愛がっていたこともある。そうやって和也と礼次郎は代々絆を深めてきたのだ。

 そんな礼次郎が、椎木打ちになれない。しかも自分のせいで。

 
「礼兄ちゃん。どこ行ったんだよぉ!」

 いつの間にか子供の頃の呼び名を叫んでいた。ビシっときめていたはずの祭り衣装はだらしばくはだけ、礼次郎から貰った兵児帯が解けかかっている。「青年会」とかかれた藍色の半纏は、水をかぶったかのように汗でびっしょりと濡れている。

 町中を探し回ったが礼次郎は見つからず、もう夜半をだいぶ過ぎてしまったのでひとまず下の者たちだけ先に家に帰した。

「クソっ」

 なんとなく屯所の前でボヤいていた和也は、その瞬間にハッと閃くものがあった。

 まだ行っていないところがひとつだけあったのだ。

 続く
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