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口上
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とある萎びた下町の演芸場。
半纏を着た男が入口で欠伸をかみ殺している。足元には小さな電気ストーブがあって、彼は空を見上げながら手を吐息で温める。
「降ってきたね」
突然背後から声がかかる。振り向くと同じ柄の半纏をきた中年の女が小さなペットボトルのお茶を差し出した。
「参ったね。予報通りだよ。これから強くなんだろ?」
見ると、薄暗い空からはらはらと雪が降ってきている。
「そうみたい。でも何もこんな真冬に怪談会なんてやらないでもね。あの師匠変わってるよ」
「そうだな。まあ、今日集まってるお客もたいがい変わり者だけどね」
男女はくすくすと控えめに笑った。演芸場なのにも関わらず、まるで笑うことを憚っているかの様に。
入り口は大きな文字で「落語怪談」と書いてある。
ほぼ満席の会場の照明が暗くなり、陽気な出囃子が流れ出す。
口上
本日はお足元の悪いなかお越しいただき誠にありがとうございます。
当「落語怪談」の会も今年で十五年目を迎えました。そもそもこの様な冬場になぜ、怪談の会なぞと思われる方が多いと思いますが、始まりはあたくしの師匠であります七代目好事家志ん了の発案でございます。後ほど最後の席にて師匠にまつわる噺をかけさせていただきますのでこの場での説明はひとまずのご勘弁を願っておきます。
落語と怪談という組み合わせは意外にも古いものでございまして、数多ある噺の中には時々ゾッとするようなものもございます。そちらをエアコンなんぞが無かった時分に、納涼がてら高座にかける。なんてことはよくあったんでございますな。
有名なところで言いますと「牡丹灯籠」や「真景累ヶ淵」。「もう半分」や「ろくろっ首」なんていう古典ですが立派な怪談もございますし、ごく軽いので「お化け長屋」「死に神」なんてのもご存じの方が多いかなと。
まああたくしなんぞ思いますのは怪談が冷んやりするなら落とし話は暑くなるのかよ、ということでございます。大概は気持ちの問題だとは思いますが、そこは粋なんでございましょう。江戸っ子の痩せ我慢。汗をかきかき「でえぶ涼しくなったじゃねえか。なあおい」「ちげえねえ。やっぱり夏は怪談だ」なんて真っ赤になりながら言ってる。まあもっとも、最近じゃ怪談なんかより奥様にクレジットカードの明細を見られた時の方が冷やっとするんじゃないですかね。「アンタ。このクラブデュオに十八万五千円ってなんのお金?」「ああそれかい?ええっとそれはなんだよ。ナニがナニでね。おお今日はずいぶん涼しいなあ」なんて言っちゃったりして。
さて、前置きはここら辺しないと弟子が怒りますんで。師匠のくせに弟子の持ち時間を削るんじゃねえなんて。パワハラだ、とか言ってね。最近はずる賢い弟子が増えて困ります。
口開けと大トリはあたくし好事家志ん佳が勤めさせていただき、志ん定に志ん幸、そして亡くなった先代の息子であります八代目志ん了といった面々お送りいたします。どうぞ最後までお楽しみください。
それでは落語怪談、始めさせていただきます。
半纏を着た男が入口で欠伸をかみ殺している。足元には小さな電気ストーブがあって、彼は空を見上げながら手を吐息で温める。
「降ってきたね」
突然背後から声がかかる。振り向くと同じ柄の半纏をきた中年の女が小さなペットボトルのお茶を差し出した。
「参ったね。予報通りだよ。これから強くなんだろ?」
見ると、薄暗い空からはらはらと雪が降ってきている。
「そうみたい。でも何もこんな真冬に怪談会なんてやらないでもね。あの師匠変わってるよ」
「そうだな。まあ、今日集まってるお客もたいがい変わり者だけどね」
男女はくすくすと控えめに笑った。演芸場なのにも関わらず、まるで笑うことを憚っているかの様に。
入り口は大きな文字で「落語怪談」と書いてある。
ほぼ満席の会場の照明が暗くなり、陽気な出囃子が流れ出す。
口上
本日はお足元の悪いなかお越しいただき誠にありがとうございます。
当「落語怪談」の会も今年で十五年目を迎えました。そもそもこの様な冬場になぜ、怪談の会なぞと思われる方が多いと思いますが、始まりはあたくしの師匠であります七代目好事家志ん了の発案でございます。後ほど最後の席にて師匠にまつわる噺をかけさせていただきますのでこの場での説明はひとまずのご勘弁を願っておきます。
落語と怪談という組み合わせは意外にも古いものでございまして、数多ある噺の中には時々ゾッとするようなものもございます。そちらをエアコンなんぞが無かった時分に、納涼がてら高座にかける。なんてことはよくあったんでございますな。
有名なところで言いますと「牡丹灯籠」や「真景累ヶ淵」。「もう半分」や「ろくろっ首」なんていう古典ですが立派な怪談もございますし、ごく軽いので「お化け長屋」「死に神」なんてのもご存じの方が多いかなと。
まああたくしなんぞ思いますのは怪談が冷んやりするなら落とし話は暑くなるのかよ、ということでございます。大概は気持ちの問題だとは思いますが、そこは粋なんでございましょう。江戸っ子の痩せ我慢。汗をかきかき「でえぶ涼しくなったじゃねえか。なあおい」「ちげえねえ。やっぱり夏は怪談だ」なんて真っ赤になりながら言ってる。まあもっとも、最近じゃ怪談なんかより奥様にクレジットカードの明細を見られた時の方が冷やっとするんじゃないですかね。「アンタ。このクラブデュオに十八万五千円ってなんのお金?」「ああそれかい?ええっとそれはなんだよ。ナニがナニでね。おお今日はずいぶん涼しいなあ」なんて言っちゃったりして。
さて、前置きはここら辺しないと弟子が怒りますんで。師匠のくせに弟子の持ち時間を削るんじゃねえなんて。パワハラだ、とか言ってね。最近はずる賢い弟子が増えて困ります。
口開けと大トリはあたくし好事家志ん佳が勤めさせていただき、志ん定に志ん幸、そして亡くなった先代の息子であります八代目志ん了といった面々お送りいたします。どうぞ最後までお楽しみください。
それでは落語怪談、始めさせていただきます。
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