すきま家 ~甘いもの、はじめました~

春野こもも

文字の大きさ
上 下
13 / 26
第一章 異世界に来ました(一年前)

十三、看板づくり

しおりを挟む
 看板の板、どうしよう。お金は三百リムしか余ってないし。お店を開く前に準備しないといけないことが山ほどあることに気付いて、私はパンクしそうな頭を抱え込む羽目になった。

「木の板、木の板……。うーん、どうしたら手に入る?」

 今考えつく方法を順番に整理していく。まずは商店街で買ってくる。これは費用がいくらかかるか分からない。
 次に廃材を拾ってくる。そんなに都合よく木の板が落ちているか分からない。
 最後に森で拾ってくる。森には獣がいる。獣対策がない以上踏み込むのは危険だ。ただ対策は近いうちに何とかしないといけないとは思っていた。
 ――なぜって?

「果樹園にすっごく行ってみたいから!」

 森の獣対策なんて全然思いつかないけど。これは追々考えないといけないけど今すぐどうこうできることじゃないと思う。
 街のゴミ捨て場……ちょっと行ってみるか。もし手頃なゴミがなかったらそのときは材料代が貯まるまで、大人しく野菜を売りに行くしかない。

「ムーさん、ノコギリとか釘ってある?」
「あるよ~」
「そっか、よかった。ありがとう」

 どうやら前の住人である『彼女』はDIY好きの女性だったようだ。ラッキーだ。この家には変な家具がいっぱいあるから、考えてみれば別に不思議ではない。とりあえずまだ明るいし、街のゴミ捨て場へ行ってることにした。

  §

 野菜屋のおばさんに聞いて街のゴミ捨て場へとやってきた。思ったよりもいろんなゴミが捨ててある。だけど流石エコロジーな世界だけあって、日本に比べるとゴミが格段に少ない。
 いろんなものが捨ててある中で、私は早速目的のものを探すことにした。

「足の折れた椅子、壊れた木馬、なんだかよく分からない折れた棒……。うわ、着古しの衣服まである。……お、これなんかいいかも」

 私が見つけたのは側面に大きな穴の開いた木製の棚だった。赤茶色で、ニスが塗ってあるのか表面に艶がある。
 それにしてもどんな経緯でこんな穴が開いたんだろう。想像するだに恐ろしい。棚本体ごと持って帰れればいいんだろうけど、とても重そうだ。

「この中板、外れないかな……」

 少し躊躇はしたけど、ゴミ捨て場の中へ足を踏み入れた。棚に近付いたあと、左手で棚の本体を押さえながら右手で中板を動かしてみる。少しグラグラするようだ。いい感じかもしれない。
 私はいけると思ってニッと笑った。上下に動かしてみたり、掌底を当ててみたり、色々試してみる。結構苦戦して、ようやく棚の中板を外すことができた。
 そして最後までゴミ漁りを誰かに見られることはなかった。誰かに見られたらちょっと恥ずかしい思いをするところだった。ラッキーだった。

「あとはこの板に金具を付けて……。はっ。ペンキは多分ないよね」

 この板だと明るい黄色で文字を書いたらいいかも。黄色のペンキと吊り下げるための金具を買えばいいか。どっちにしても今持っている三百リムでは買える気がしないから、明日の朝になったらまた野菜を売りに行こう。
 私は中板を両手に持って鼻歌交じりに家へと戻った。

  §

 私はムーさんと看板作りに取りかかることにした。ムーさんは応援と相談役だ。少し眠そうだけど。
 私は居間の床に座り込んで拾ってきた板を目の前に置いた。そして腕組みをしながら出来上がりの看板を想像してみた。

「パンとお菓子の店だから、パンの形ってどうかな」
「うん、い~んじゃない?」
「隙間の先にある店だから、店の名前は『すきま家』ってどうかな」
「うん、いいと思うよ~」
「……今日の晩ご飯はお休みしようかな」
「うん、い~と思う~。…………ええ~っ!?」

 ムーさんは半分夢の世界にいたみたい。晩ご飯なしは嘘だ。心ここにあらずって感じだったからちょっと揶揄ってみただけだ。

「嘘だよ。眠かったら寝ててもいいよ。今から工作を始めるから」
「じゃあ、ボク、ちょっとお昼寝する~。分からないことがあったら声をかけてね~」

 ムーさんはそう言ってフワリと消えた。寂しくなんてない。別に一人でも平気だし……。
 私はノコギリを右手に持って中板をダイニングの椅子の上に載せた。そして左足で押さえながら板の縁にノコギリを当てる。

 ――ギーコギーコ

「ん、結構硬いな。……まあ、頑丈なのはいいことだよね」

 ――ギーコギーコ

「角取れてきたかな……」

 ――ギーコギーコ

「これ、今日中に終わるのかな……」

 ――ギーコギーコ……

「ギブアップ……。もう無理……」

 結論から言うとを上げた。棚の中板は思ったよりも硬くて、想像したようには切れない。私の頭の中では、中学校の技術工作室にあったような電動糸鋸でスル~っと綺麗に切れるイメージだった。だけど家にあったのは普通のノコギリだし手作業だしで、実際には全く想像通りに切れない。
 悪戦苦闘しているうちにすっかり陽が落ちてしまった。夢中になってお昼抜いちゃったし、お腹が空いたなぁ。

「下手に手を加えなければよかったのかもしれない。四角いままのほうが綺麗だったかも……」

 作業を振り返って肩を落としていたら、ムーさんがまだ眠そうな目を擦りながらフワリと現れた。

「フワァ~~。ウメ~、お腹空いた~。あれ、これダンゴムシの形?」
「……カ、カレーパン」
「かれ~ぱん? 何それ美味しいの~?」
「う、うん。すっごく美味しい」
「ふぅ~ん。今度作ってぇ」
「ま、任せてっ」

 ムーさんが涎を垂らしながらじぃっと看板を見つめている。私はなんとなく目を逸らしてしまった。
 あんまり丸くならなかったからカレーパンと言うのも苦しいけど、そういうことにしておこう。
 明日の朝は黄色のペンキとニスと刷毛、そして金具を買ってこよう。明日中には看板を仕上げて明後日開店だ。

「さて、晩ご飯何食べたい?」

 私は未だ欠伸が止まらないムーさんに晩ご飯のリクエストを聞いてみた。
しおりを挟む
ツギクルバナー よろしければクリックを(*´д`*)

本作をお読みいただき、ありがとうございます!
お知らせです!
過去編のエピソードを追記させていただきました。
そのため、現代編の『パンとお菓子の店すきま家』と『魔法の手』を一旦非公開とさせていただきました。過去編のエピソードの投稿が全て終わりましたらすぐに公開させていただきます。
5話までお読みの読者様には大変紛らわしい思いをさせてしまって申し訳ありません。
大幅な構成の変更となりますが、どうかご容赦くださいませ。
なお、本編のあらすじには変更はありませんのでご安心ください。

時間のあるときに書き溜めていた小説を、一話ずつ公開していきます。
ストックが切れるまでは毎日投稿させていただきます。

ご感想、ご意見、このキャラクターが好き! などのメッセージをいただけますと、筆者は大変励みます。
時間の許す限りは返信もさせていただきます。
これからも読者様に喜んでいただけるお話を書いていきたいと思います。応援、よろしくお願いします。

■こちらも連載中■
異世界で恋愛とお菓子作り 『嫌われたいの ~好色王の妃を全力で回避します~』

春野こもものアルファポリス掲載中の小説はこちら
感想 6

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...