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第4章 真紅の宝玉
51.救出するヨ
しおりを挟むハルは尾行した男が入っていった建物の屋根から、アリスの匂いがする入り口と反対側の裏の方へと、姿勢を低くして音を立てないように細心の注意を払いながら移動する。
足場のない窓の中を見るために上半身を逆さまにして屋根からぶら下がる。そしてその窓の向こうにアリスを見つけた。
「アリスがいル。拘束されてル」
『だろうね』
逆さまになったままマメリルに中の状況を伝えると、マメリルは予想通りといったふうに答えた。
アリスが捕らえられている部屋はそんなに広くはなく、中は蝋燭一本分の灯りしかないほどに薄暗い。
そして中にいるアリスは猿ぐつわを嵌められた上に両手首を後ろで縛られているようだ。もしかしたら両足も拘束されているかもしれない。縄か何かだろうか。本人の体に隠れてよく見えない。
そして部屋の中にいたのはアリスだけではなかった。他にも数人の女の子がいるようだ。皆同じように猿ぐつわを嵌められた上に後ろ手に縛られているようだ。
部屋の中に牢のような物はないが、恐らく扉には外鍵がかけられているのだろう。
この状況を見てこれからの手筈についてしばし考える。
見張りにばれないように静かに部屋へ突入し、女の子たちの拘束を解く。そのあと彼女たちに部屋で待機するよう指示して、ハルが1人でアジトの人間を潰す。
ただ、彼女たちが人質に取られるとまずい。部屋にマメリルを残して万が一のときのために彼に守ってもらったほうがいいだろう。
そこまで考えてから行動に移す。まずは屋根から窓の方へゆっくりと足を下ろし、ほんの少しの窓枠のとっかかりに載せる。
次に窓の外へゆっくりと下りて窓の枠を何とか握り窓を開ける。……が、開かない。予想はしていたが内側から鍵がかかっているようだ。
もうガラスを破って無理矢理突入するか。――そう考えたところで、マメリルが念話してくる。
『ちょっと待ってて』
肩に乗っていたマメリルが一瞬姿を現し、前足の爪から細く霊力のみを伸ばして窓の内側へ忍ばせたあと、内側から窓の鍵を開けた。器用すぎる。
(っ……! なに、マメリル凄イ! 尊敬すル!)
『えっへん』
ハルが褒めると、マメリルは得意げにハルの肩の上でいつものように踏ん反り返る。頼むから落ちないでほしいんだけど大丈夫かな?
ここまで迅速に行動していたためか、窓を開けたときに中にいた女の子たちがハルの存在に初めて気付いたようだ。彼女たちがこちらを見て目を丸くする。だが助けが来たのだと咄嗟に理解したのだろう。声を出すものはいなかった。
この部屋にいるのはアリスを含めて全部で5人。着衣に乱れがないのを見て安心する。
まずはアリスに近づいてその傍に膝をつき、彼女に嵌められている猿ぐつわを外す。だがそれを外しても、こちらを見る彼女の警戒の眼差しは変わらない。
「あ、そっカ」
そこではっと気づく。ハルは男装していることを今思い出したのだ。アリスが分からないのも当たり前だ。猿ぐつわを外した途端にアリスが小さな声で尋ねてくる。
「だっ、誰?」
怯えるような眼差しでこちらを見るアリスに、ハルは人差し指を口に当てて小さな声で答える。
「アリス、怖がらせてごめんネ。ハルだヨ」
「えっ……? ハルさん?」
信じられないといった目でこちらを見るアリス。そんな彼女に一瞬周囲を見渡してから再び告げる。
「助けに来たノ。詳しい話はあとで聞ク。他の子も皆捕まった子かナ?」
「ええ、ええ! そうなの……! 怖かった……」
今にも涙ぐんで泣いてしまいそうなアリスを宥める。彼女は懸命に涙を堪えているようだ。よほど怖かったのだろう。
そして手首と足の細い縄を短剣で切って彼女を自由にする。その手首は縄の後で赤くなっていた。
本当に酷いことをするな。――彼女の手首の赤く擦れた痕を見て怒りが湧いてくる。
アリスは自由になった手首を摩りながら泣きそうな、でも嬉しそうな表情を浮かべて再び口を開く。
「ハルさん、ありがとう……!」
「ううん、いいヨ。アリス、縄は私が解くから皆の猿ぐつわを外してくれル? 声を出さないように彼女たちに注意を促してネ」
「分かった」
ハルが小さな声でアリスに指示を出すと、彼女は真剣な顔で小さく頷いた。
アリスと2人で次々に他の女の子たちの拘束を解く。彼女たちは一様に安堵したような泣きそうな表情を浮かべるが、声を出さないように気を付けてくれている。
彼女たちがお礼の代わりに小さく頭を下げる。泣かないでいてくれるのはありがたい。
全員の拘束を解き終わり、マメリルに指示を出す。
「マメリル。この子たちをここで守っテ。人質に取られないよう、敵が来たら倒しちゃっていいからネ」
『分かった』
ハルの指示にマメリルが若干ワクワクしたように頷いて答える。
さっき襲われたときも暴れたそうだったし、欲求不満なのかな。今度遊んであげよう。
扉を見るとやはり内鍵はついていない。扉の外に人の気配はしなかったので、多少音を立てても大丈夫だろうとノブを回すがやはり開かない。予想通り外鍵がかかっているようだ。
「仕方なイ……」
まさにハルが扉を蹴破ろうとして片足を上げて扉に狙いを定めたところだった。
――ガタンッガタンッ
「なんだ、お前はッ!」
「うぎャァッ、やめろッ、やめてくれッ!」
大きな破壊音と男たちの悲鳴とも取れるような叫び声が聞こえてくる。どう考えても異常事態だ。音源は遠い。下の階のようだ。
なんとなく急いだほうがいいと感じ、慌てて扉を蹴破る。すると扉は廊下のほうへ蝶番ごと外れて吹っ飛んでいった。
やはり先程の音は階下から聞こえてくるようだ。下で何かがあったとしか思えない。
部屋の外の廊下を音のする方へ足早に歩くと、下のフロアへ向かう階段を見つけた。
その階段を下りて一階へ向かう。すると階段下の広い部屋で大勢の意識を失った男たちが積み重なり、まさに死屍累々といった光景が広がっていた。
ある者は手足があらぬ方向へ曲がり、ある者は口から血反吐を吐いている。
そしてその傍にはここの組織員の1人であろう男の顎を片手だけで頭上高く持ち上げている白髪の男の姿があった。男の背はハルよりも頭一つ分くらいは高い。
「うッ……うゥッ……」
持ち上げられた男は苦しそうに呻き、その足は完全に床から離れている。何という力なのだろう。持ち上げている白髪男の腕は微動だにせず、顎を掴まれている男の体重など大したことはないといった感じだ。
白髪男は階段の上から降りてきたハルに気付くと、顔だけをこちらへ向けて尋ねてきた。
「誰だぁ? お前」
こちらを見た男の目は射抜かんばかりに鋭く、薄闇の中で妖しく真っ赤に輝いていた。
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感想ありがとうございます!
王子の初恋の相手は……どうでしょうね(*´д`*)
ちなみにハルの髪の色が変わってきたのは10才からなのです。
フェンリルの加護の影響ですね。
王子が初恋の相手に会ったのは夜ではありませんでしたが、当時ハルは8才ですね。
ハルの想いもまだ本物とは言えませんね。
番だから追いかけているという本能的なものでしょう。
二人が恋愛感情を自覚するのはいつのことやら。
そして更新止まっててごめんなさいm(__)m
感想ありがとうございます!
そうですね。
ご質問の通り、王子の記憶の中の少女は黒髪に黒い瞳。
そして幼い頃に一度会っただけなので顔立ちもぼんやりしています。
ただ、ハルのような恰好をしている少女は多くないと思い、知り合いだったら会えないかな、くらいの軽い気持ちで聞いたのしょう。
会いたいとは思うけど、積極的に探し出そうとまでは考えていないのだと思います。
黒い髪と瞳の少女に会えれば、きっと分かると思っているのでしょう。
そしてきっと分かると思います^^
強くて心底優しいハルちゃんが素敵。番と幸せになってほしいです。
一気に読みました。黒幕は誰なのかとか、色々気になりすぎます。更新楽しみに待っています。
感想ありがとうございます!
この作品では初めて感想をいただいたのでとても嬉しいです!
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