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第2章 カルト教団

19.入信してみるヨ

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「これはこれは我がハバネロ教へようこそいらっしゃいました」

 教団本部の礼拝堂の祭壇の前で突然声をかけられる。
 声のほうへ振り向くと、そこには30才くらいで痩せた吊り目の神官風の男が立っていた。そして彼はその神経質そうな眼差しをこちらへ向けて笑みを浮かべていた。
 この男は神官だろうか。もしかして彼がイェレミアス?

「こんにちハ。ハンスのお父さんノ……えート」
「父は、ヨーゼフはいますか?」

 言葉を詰まらせたハルに代わってハンスが彼に尋ねる。名前を聞いていなかったけど、ハンスのお父さんヨーゼフっていうんだね。
 ハンスの表情が硬い。かなり緊張しているようだ。

「ああ、ヨーゼフさんですか。彼は熱心な信者なので特別な任務に就かせているんですよ。ですからここには居ません」

 神官が口端を片方だけ上げて笑みを浮かべながら答える。
 特別な任務? 信者を働かせているということ?
 彼の答えを聞いてさらにハンスが問いかける。

「そうですか……。どこにいるか教えてもらえませんか?」
「それは守秘義務がありますのでお答えできないのですよ」

 その神官らしき男が平然と答える。それを聞いてハンスがすごくがっかりしてる。父親だと告げているのに守秘義務だなんて、家族にも教えないところが怪しい。言っていること全てが胡散臭い。
 うーん、これは一筋縄ではいかなそうだ。一度出直したほうがいいね。

「ハンス、帰るヨ」
「ハル姉ちゃん……。うん、分かった」

 ハンスに退出を促す。ここでこの神官に怪しまれる訳にはいかない。ここは一度退いてサラの所へ戻って作戦を立てよう。
 ハルは教団を出てハンスとマメリルと一緒にサラの居るバウム雑貨店へ戻ることにした。




 バウム雑貨店へ戻ったあと奥の部屋を借りて3人で作戦会議をする。

「取りあえずハンスのお父さんはすぐに殺されるようなことはないと思ウ。でも居場所を知るためにも中へ入り込まないといけないよネ?」
「うん、そうだね」

 ハンスが神妙な顔で頷く。これから話すことはぜひ納得してもらわないといけない。ここから先は彼を巻き込む訳にはいかない。

「それにどっちかというと急いで助けないといけないのはアリスのほうかもしれなイ。女の子は男よりも弱いってロウが言ってたからネ」
『まあそうだな。女の子は傷物にされたら大変だからな』

 傷物……女の子は男よりも弱いから怪我しやすいってことか。

「傷物……。うん、女の子は怪我しやすいってことだヨ。それでネ、わたし考えたんだけどハバネロ教に入信しようかと思うんダ」
「えっ、入信!?」

 ハンスが酷く驚いて蒼褪めている。あれ、言い方間違えちゃったかな。

「えと、ごめんネ。違うノ。入信する振りをして教団内部に入ろうかと思うノ」
『なるほどな。それはいい考えかもしれないな』

 マメリルが神妙な顔で頷く。どうやら賛成してくれたようだ。
 だがハンスがハルの提案に驚いて目を丸くする。

「えっ!? 駄目だよ、危ないよ。ハル姉ちゃんまでいなくなったら僕……」

 ハンスが悲しそうに項垂れてしまった。とても心配してくれているようだ。悲しませるつもりはなかったのにどうしよう。安心させなくちゃ。

「大丈夫だヨ、ハンス。わたしは平気。知ってるでしょ? わたしは誰が相手でも何かを無理強いされることはないヨ。信者の振りをしてヨーゼフさんとアリスがどこにいるのか探ってくル」

 そう言うとマメリルがじぃっとハルの姿を見て口を開く。

『その格好はないぞ、ハル』
「えっ、この格好の何が悪いノ?」

 マメリルの指摘の理由が分からずに思わず聞き返してしまう。そして悩む。
 うーん、確かに街の人の格好とは違う気がするけど……。

『その毛皮の服じゃ目立ちすぎるから駄目だね。平凡な町娘にならないとな』
「えっ、平凡な町娘……。平凡な町娘の格好ってどんなノ、ハンス?」
「えぇー!? ぼ、僕にそれを聞くの? あ、そうだ。サラちゃんなら分かるかもよ」
「おお、それダ!」

 会議の結果サラに協力を依頼することにした。そして彼女に頼むために一度店先へ行った。




 サラの代わりとしてハンスに店番に立ってもらって、彼女を連れて再び奥の部屋へと戻ってきた。そして彼女に町娘の格好のことを聞いた。
 それに加えて作戦のことを彼女に話すととても驚かれてしまった。

「えっ、ハルさん、そんな危ないことするんですか!?」
「うん、わたしなら大丈夫だから。それでサラはどうしたら町娘になれるのか分かル?」
「はい、そんなの簡単です。アリス姉ちゃんの服を着ればいいんですよ」

 サラがちょっと得意げににっこり笑って答える。
 アリスの服って街の女の子が来てるような服かな? それはぜひ着てみたい!

『お、それいいなっ! 貸してもらっちゃえ、ハル』
「うん、じゃあお借りしまス!」

 マメリルも賛成してくれた。それじゃ早速町娘に変身だ!




 奥の部屋からお店の2階のアリスの部屋へ移動した。とても女の子らしい部屋だ。ハルには似合わないけど。
 部屋へ入って彼女の服を貸してもらって着替えてみた。

「うわぁ、ハルさん見違えちゃいました。元の服も可愛いけどワンピースを着るとお嬢様みたいです。なんでアリス姉ちゃんの服なのにハルさんが着るとお嬢様になるんだろう?」

 サラがハルを見て褒めてくれた。そして首を傾げている。
 ハルもよく分からない。お嬢様みたいっていうのがどういうのかも分からない。

『まあ、ハルは素材だけは・・・いいからなっ! むぎゅっ!』
「あ、ごめン、よく見えなくて尻尾ふんじゃっタ。サラ、ありがとウ!」

 なんだか腹が立ったのでマメリルの尻尾を踏んだ。
 そしてサラにお礼を言うと新たな提案をしてくれた。

「ハルさん、もしよかったら髪も綺麗に編み込んであげますよ。折角だしもっとお嬢様になりましょう!」

 サラがすっごく楽しそうに提案してきた。おお、なんだかノってきたね。

「いいネ、なるなル! やってやっテ!」

 サラが器用にハルの髪を編み込んでくれる。うわぁ、凄いな。こんなの絶対自分じゃできないや。

「うわぁ、すっごくお嬢様っぽくなりましたよぉ。ハルさんって美人ですね!」

 サラが鏡に映ったハルを見てきゃっきゃっとはしゃぐ。そして褒めてくれた。嬉しい。

『おお、そうしてるとハルもちゃんと女の子に見えるなっ。さすが獣神様のいとし子だ』
「おお、なんか自分じゃないみたいでちょっと気持ち悪いネ」

 鏡に映った姿を見てちょっとびっくりする。だって全くの別人なんだもん。それにしてもマメリルがちょこちょこイラッとすること言うなぁ。
 今ハルは薄い桃色の半袖に膝下丈のワンピースを着ている。青銀の髪は横の髪だけ編まれてハーフアップとかいうのらしい。靴は薄紫の踵の高い靴を履いている。うん、まあこれならいざというときでも暴れられるか。
 ハンスにも見せようとアリスの部屋を出た。




 店先へ戻ると今度は店番に立っていたハンスにびっくりされた。なんだかまた赤くなってる?

「ハル姉ちゃん、可愛い……。でも目立たないってのは無理かもね。綺麗だし……」
『まあ目立つかもしれないけど毛皮よりはましだな』

 ハンスがまた最後のほうでごにょごにょ言ってもじもじしてる。目立っちゃうと困るんだけどやりすぎちゃったのかな? まあいいか、楽しかったし。

「ハンス、ありがとウ。あのね、ハンスとサラ、2人に約束してほしいことがあるんだけド」
「うん、何?」
「なんですか?」

 ハンスとサラがきょとんとしてハルの言葉を待っている。
 大事なことだから必ず守ってもらわないといけない。2人の安全のためにも。

「うんとね、2人にはここに残ってほしいんだけど、サラのお父さんに誘われても絶対教団へは行かないデ」
「うん、分かった」
「分かりました」

 2人とも大きく頷く。今のところサラの父親は信用できない。アリスは父親に連れて行かれちゃったからね。教団の言いなりになっている可能性が高い。

「わたしはマメリルと教団へ行ってくるから留守番よろしくネ」
「うん、本当に気をつけてね」
「ハルさん、よろしくお願いします」

 ハンスとサラがすごく心配そうな顔をしながらもハルを見送ってくれた。




 ハバネロ教団本部へ向かいながらマメリルと話す。

「教団の内部にはわたしだけ入るからマメリルは姿を消せるなら消して様子を見ててほしイ。滅多なことはないと思うけど、もし助けが欲しい時は呼ぶからよろしくネ」
『うん、分かった。気をつけろよ。ボクは姿を消しておく』

 あ、やっぱり消せるんだね。割と何でもありだね、マメリル。

 ハバネロ教団本部に到着すると、手筈通りマメリルは姿を消した。

『それじゃ、また後でなっ』
「うん、いってきまス」

 深呼吸をして再び教団の扉を開ける。
 中へ入ると祭壇の傍に先程の神官がいた。なんだかこの人苦手だ。祭壇に近づくとニヤニヤしながら声をかけてくる。さっき来た時と随分表情が違う。

「これはお嬢さん、どういったご用件でしょう?」

 ああ、身なりが違うからか。平凡な町娘ふうだからね。だけど服だけでこんなに態度が違うなんて。なんだか背筋がゾゾッとする。
 そして今のハルがさっきハンスと来たときのハルと同じ人物だとはばれていないようだ。

「ハバネロ教に入信したいのですガ」

 彼はニヤリと笑ってハルを上から下まで舐めるように見たあと、大きく頷いて答えた。

「私はこの教団の神官のイェレミアスです。お嬢さんのお名前を聞かせていただけますか?」

 この神官がやっぱりイェレミアスだったのか。
 名前、名前かぁ。うーん、なんにも考えてなかったなー。あ、サラでいいか。

「サラといいまス。よろしくお願いしまス」
「ええ、よろしくお願いします。それでは早速ですが貴女にやっていただきたいことがあるのです。こちらへどうぞ」

 え、まずはお祈りとかじゃないんだ? イェレミアスが肩に手を回してきた。なんだかまた背筋がゾゾッと寒くなる。




「この部屋でしばらくお待ちくださいね。クフフ」

 イェレミアスに案内された部屋は教団本部3階の一番奥の部屋だった。部屋の中には何人かの女の子たちがいた。皆怯えた表情を浮かべている。

「それではまた後で……」

 イェレミアスは再びニヤリと笑って扉を閉めた。

――ガチャリ。

 ん、扉に鍵をかけた? なんでだろ。そのまま彼の足音が遠のいていく。
 それにしてもこの部屋には恐怖の匂いが満ちている。そこにいたのはハルの他に5人の女の子たちだった。皆部屋に入ってきたばかりのハルを怯えた表情で見ている。この中にアリスもいるのかな?

 うん? んんん? ……クンクン、クンクン。
 匂いを辿って1人の少女の顔にぐっと近寄る。そして至近距離でじぃっと彼女の顔を見る。そんなハルに戸惑いながら彼女が口を開く。

「な、なに……?」

 ハルの目の前にいたのは眩い金髪に空色の瞳の美しい少女……じゃなくてつがいだった。



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