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第2章 カルト教団
16.建国祭だってサ
しおりを挟むハルはハンスとマメリルと一緒に王都へ入り、その人の多さに驚いた。
王都はリューベックとは比べ物にならないくらいのとても大きな町だった。だがそれよりも気になったのは、建国祭当日というのもあってか町の外を歩いていたときからかなりの人数が見受けられたことだ。
街の中の建物や支柱は小さなたくさんの国旗で装飾され、大通りには多くの露店が軒を並べている。
国旗、露店、人々の服に視界を埋め尽くされ、その色彩の多さに目がチカチカするほどだ。これを活気があるというのだろうが人が多過ぎて目が回りそうだった。
「びっくりするネェ。周り人間だらけだネェ。息が詰まりそうだヨ」
「そうだね。僕もこれだけたくさんの人を見たのは久しぶりかも」
ハンスもどうやらあまり人混みには慣れていないようで目を丸くして驚いている。当然ハルも慣れていない。人いきれでなんだか気持ちが悪くなりそうだ。
『これだから嫌なんだよぉ。人混みは……。たくさんの思念が渦巻いて、うっ、気持ちわるっ……』
マメリルがとてもしんどそうである。なんだか心配になってきた。とりあえず人の居ない所を探そう。
「ハンス。マメリルがきつそうだしわたしたちも大人の人間に埋まりそうだし、少し静かな所へ行こウ」
「うん、そうだね……。周り人だらけで僕もなんかちょっと気分が悪くなってきちゃった」
ハルの提案にハンスが賛成してくれた。ハンスも気分が悪かったようだ。大通りを歩くと背の低いハルたちにとっては視界が人だけで埋まってしまうのだ。
人の少なそうな所……お、あった。街の中を通る小さな川の側を見てみると、そこには人があまり居ないようだった。
「よし、川の側へ行こウ」
ハンスとマメリルと一緒に急いで人混みを離れた。
そうしてようやく一息つける所へ腰を落ち着けることができた。川縁の手摺りの傍のベンチが空いてたのでそこに座る。
ほっとして大きく深呼吸をする。
「はあぁ、ようやく落ち着いたネ」
「そうだね」
『しばらくここで休むぅ……』
マメリルは限界だったようだ。力なくそう言ってベンチに伏してぐったりとした。
「マメリル、大丈夫?」
『うん、しばらく休めば……』
なんだかマメリルが萎れてる。よっぽどきつかったんだね。それにしてもこんなに人が集まって建国祭って一体何をするんだろう?
「ねえ、ハンス。建国祭って何のお祭りなノ?」
「うんとね、この国の初代の王様が王座に就いた日の記念に毎年開催されてるんだ。今の年号が始まった年だね」
「年号……」
「うん、今はこの国の暦ではブッケル歴874年。そして今日7月16日が記念日なんだ」
なるほど、この国が始まった記念日をお祝いするためのお祭りなんだね。それにしてもハンスは物知りだなぁ。学校へ行ったらきっと人気者だね。
「ふうん。それでその記念日には皆で集まって何をするの?」
「多分広場に特設ステージができててそこに王族が来るはずだよ。楽団とか来てラッパを吹いたりするんだよ。それで街の人が皆で集まってお祝いするの」
「そうなんだ……。楽団……ラッパ……」
うっ、また知らない言葉がいっぱいだ。王族も来るんだね。それにお祝いと聞いてなんだかわくわくする。
「うんとね、楽団っていうのは音楽を奏でる人たちのことで、音楽を奏でるための道具を楽器っていうんだけどラッパはその一つだね」
「音楽……」
「うん、ハル姉ちゃん、歌って聞いたことない? ラ~ラ~ラ~♪ これを歌うっていうんだよ」
うおっ、ハンスが一定の間隔で綺麗な声を出しながら音程を高くしたり低くしたりしている。歌って何だか心地いいね。耳触りがよくて楽しい。彼の真似をしてみよう。
「ラ~ラ~ラ~♪」
「おぉ、ハル姉ちゃん上手だね! 僕が1回歌っただけなのに凄いね。それにお姉ちゃんの声綺麗だね」
「えへへ、ありがト」
褒められると嬉しい。そして歌っていうのは楽しいね。音が高くなったり低くなったりするのがとても綺麗だ。
「歌っていうのは人が口ずさむものだけど、ラッパなんかの楽器でも歌うようなことができるんだ。そういうのを纏めて音楽っていうんだよ」
音楽。なんだか楽しそうだね。ハンスの話を聞いていると段々とわくわくしてきた。
「そうなんダ! わたし音楽っていうのをもっと聴いてみたいナ」
「だったら多分広場へ行けば聴けるよ」
「ほんと二!? あとで行ってみよウ!」
音楽を聴くのが楽しみだ。人が多くて移動が大変だろうけどなんとか広場へ行ってみよう。
そのあとしばらくの間マメリルの回復を待って、川の傍から広場へと移動を開始した。
移動を始めたのはいいが、予想していたとはいえ広場に近づくほど人が多くなって歩くのもままならない。まだ始まっていないからか『音楽』は聴こえてこない。
そうして人混みに揉まれながらようやく広場に到着した。そのとき視界に入った建物の壁の貼り紙にふと目を奪われる。
『姉を探しています。名前はアリスです。髪と目が茶色で15才です。 ――バウム雑貨店』
拙い文字の下に恐らく居なくなった女の子の落書きのような似顔絵が描いてある。恐らく家族であろう描き手の必死さが伝わってくる。バウム雑貨店とはこの建物のお店だろうか。
15才と行ったらハルと同い年だ。そのことがなんとなく気になりその建物に入ってみるべくハンスとマメリルに声をかける。
「ハンス、マメリル、ちょっとこの貼り紙の話を聞いてみたいからここへ入るネ」
「うん、分かった」
『別に構わないぞ』
2人とも賛成してくれたのでその建物にあるお店、バウム雑貨店へ入ることにした。
その店は貼り紙をしてあった建物の1階部分だった。店の入口は広場に面している。貼り紙はその店の横の外壁に貼ってあったようだ。
店に入ると、ハンスと同じくらいの年齢で焦げ茶のおさげ髪の女の子が奥のカウンターで店番をしていた。
ハルはその少女に外の貼り紙のことを尋ねてみる。
「こんにちは、外の貼り紙を見たのだけド。あれを描いたのは君?」
「っ……! はい……お姉ちゃんが居なくなったんです。もしかしてお姉ちゃんを見かけたんですか!?」
少女は縋るような目つきでハルを見る。どうか頷いてほしいという願いがひしひしと伝わってくる。どうやら勘違いをさせてしまったようだ。
あれだけの情報で少女の姉が見つかるとは思えない。でも必死で姉を探そうとする彼女を見ていると、放っておけないという気持ちが膨らんでいく。
「ううン、そういう訳じゃないんだけど気になったから来てみたノ。わたしはハル。話を聞かせてくれル?」
「はい、私の名前はサラです。姉が父に連れられて礼拝に行ったきり帰ってこないのです。父に聞いてもアリス姉ちゃんはハバネロ教に入信したから帰ってこないのだと言っていました」
「「ハバネロ教!?」」
ハンスも驚いている。まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。
父親がアリスを連れて行ったのか。そしてそのまま置いてくるなんて酷過ぎる。教団に彼女を差し出したようなものだ。実際そのつもりだったのかもしれない。
「はい、でも入信したらなぜ帰ってこないのでしょう? 私がおかしいと思って教団へ行こうとしたら両親に止められたのです。何が何だか分からないしあれきりアリス姉ちゃんは帰ってこないしどうしたらいいのか……」
サラは嗚咽を漏らし涙を流し始めた。この王都でもハバネロ教が問題を起こしているようだ。ハンスも眉を顰めながら彼女の話を聞いている。きっと彼女の気持ちが分かるのだろう。
この町へは教団へ乗り込むつもりで来たのだから、ついでに彼女の姉を探してあげようと思った。
「わたしが探してあげるヨ。だから泣かないデ。ネ?」
「うぇぇ……はいぃ……ありがどうございまずぅ。ずずっ」
泣き止もうと涙を拭うサラの頭を優しく撫でる。サラは泣きじゃっくりをしながらも懸命に泣くのを堪えている。
そういえばこんなに人が多いのに、どうしてお店番がこんなに幼い女の子1人なのかな?
「店番はサラ1人なノ? お父さんとお母さんハ?」
「今日は2人ともお祭りを見にそこの広場に行ってるんですよ。このお店は広場に面しているので……」
「へえ、そうなんだ?」
やっぱりお祭りって街の人皆が楽しみにしてるんだね。でもこんな幼い子1人に留守番させるのは感心できないな。
「ハルさんたちは見にいかないんですか?」
「わたしはともかく、ハンスとマメリルは背が低くて行っても多分前が見えないだろうからどうしようかと思ってたんだよネ」
ハルはぎりぎり人の頭の間からステージを見ることができそうだけど、子供にはあの人垣はきついと思った。
「それならうちの屋上に上って見たらいいですよ! 広場が一望できますから!」
ハルの言葉を聞いてサラがぱっと表情を明るくして提案してくれた。屋上か……。それなら音楽も聴けるかな?
「じゃあお言葉に甘えようかナ。ハンスとマメリルも一緒に行こうヨ」
「うん、ありがとう! サラちゃん!」
ハンスも嬉しそうだ。よかった。いい笑顔だ。
「アォン!」
(おう、高い所は好きだから行ってもいいぞ!)
「うふっ、可愛い仔犬」
サラがハンスに抱かれているマメリルを見て嬉しそうに笑って頭を撫でる。仔犬の可愛さが彼女のツボに入ったようだ。
「アォン! アォン! アォン!」
(仔犬じゃないっ! ボクは強いんだぞっ! 平伏せっ!)
マメリル、それ通じてないからね。
それからサラに案内されて店のある建物の屋上へ上った。3階ほどの高さの屋上からは広場が一望できる。
広場にはたくさんの着飾った人たちが集まっており、彼らの前には特設ステージが設置されていた。そしてその横には楽団であろう赤い服を着た人たちが楽器を持って規則正しく並んでいる。
その光景を目にしてわくわくした。屋上からしばらく広場の様子を見ていると、楽団が音を鳴らし始めた。
「ハル姉ちゃん、あれがラッパだよ」
「おお、あれガ……。大きくて綺麗な音だネ!」
短い演奏の後にきらきらしい一団がステージに上がる。一体彼らは何だろう? さっきハンスが言っていた王族っていう人たちなのかな?
「ハンス、あれハ……?」
「あれが王族だよ。王様、正妃様、王太子様、それと他の王子様たちがいらっしゃるみたいだね」
「王族……」
ハンスの言葉を聞きながらその王族たちの輝かしさに目を奪われる。装飾の多い豪華な服、そして彼らの髪は明らかに町の人のそれとは違っていた。なんとなく眩い。
王様の言葉が始まったときハルの目は1人の少年に釘付けになる。肩までの眩いさらさらの金髪に空の色の瞳。凛としたその立ち姿に目を奪われる。そして何よりもハルの本能が教えてくれた。彼がそうだと。
「……ツガイ、見つけタ」
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