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第2章 カルト教団
11.王子の願い <王子視点>
しおりを挟む城の離宮にある執務室で僕は机に向かい頭を抱えていた。
「殿下。こちらが先週目安箱に寄せられた投書です」
「ああ、ありがとう」
オリバーが投書の束を執務机の上に置いた。
僕は国民の声を聴くために王都の図書館に目安箱を設置している。広く民衆から意見や嘆願を拾い出すためのものだ。
勿論全ての意見を聞き入れられるわけではないが、民衆が何を不満に思い、何を願っているのか掴みやすくなる。投書には記名をしてもしなくてもいいことになっている。
この目安箱は僕の我儘で陛下の許可を得て設置させてもらったものだ。だから投書を見るのは今のところ僕と侍従のオリバーくらいしかいない。
「やはりあの問題に関する投書が後を絶たないね……」
「そうですね。私も拝見させてもらいましたが性質の悪い事案が多いですね」
オリバーも僕と同じように頭を抱える。本当に性質が悪いのだ。
最近王都へ本部を移したというハバネロ教という宗教団体がどうも怪しい。『今世で教団にたくさんお金を寄付した人は来世で必ず幸せになれる』という教義を主張しているらしいがそれがどうにも胡散臭いのだ。
こういったものを心の拠り所に願う者を止めはしないが、家族や友人、そして職場にまで被害が及ぶのはやはり見逃せない。
「殿下、こういった投書もあります。『姉が父に連れられて教団へ行ったまま帰ってきません』とか、『娘が父親と礼拝へ出かけたまま行方不明になりました』など本人の意思に関わらず行方不明になった案件もあるようですね」
オリバーが寄せられた投書を整理して読み上げてくれる。一番多いのがこういった行方不明の案件だ。これがどうにも頭の痛い話なのだ。
というのも我がメレンバッハ王国の法律には行政が宗教に干渉をしないという原則がある。だからあまり公的には宗教団体の監査ができない。
もしハバネロ教が本当に強制的に人身を拘束しているのならば明らかに犯罪だ。
だが本人の意志で姿を消したのかそうじゃないのか、その辺りが不明瞭だ。本人がいなければ確認のしようがないのだ。そしてまた案件が先送りになり対策が取れない。咎がないからまた同じようなことが起こるという悪循環。
これ以上二の足を踏んでいては事態が悪化すると予想されるのだが、何かいい方法はないものだろうか。
「いっそ私が変装して教団に潜入し内部事情を探ろうか……」
「殿下……」
僕の言葉を聞いたオリバーから何となく冷気が滲みだしている気がする。そしていつもよりも数段低いトーンの声で反対される。
「ぜぇーーったいに駄目です。王子がやることではありません。それでなくても殿下は王太子殿下に睨まれているんですよ。貴方は17才にしては優秀すぎるのです。少々控えめにされたほうがいいかと思います」
オリバーがしかめっ面で反対する。ちょっと冗談を言っただけなのに。
「うーん、そうは言ってもこれだけ投書の来ている問題を無視するわけにはいかないだろう。……確かに兄上にも困ったものだね。私が動こうとすると何らかの妨害が入る。あの方が動いてくれれば何の問題もないのだけれど。私は王位継承するつもりはないと陛下にも王太子殿下にも言っているのに」
僕がそう言うとオリバーが溜息を吐きながら答える。
「殿下がそうおっしゃっても殿下を後押ししようとする貴族が黙ってはいないのです。貴方のお母様であるアンナ妃殿下は国内で最有力のブリューゲル公爵家のご出身ですからね」
「そうなんだよなぁ。波風立てないでほしいんだけどね。はぁ……」
オリバーの言う通り僕を後見するブリューゲル公爵家は我が国では最大派閥の筆頭だ。それゆえに他の貴族に対する影響力はかなり大きいのだ。
だがもう王太子は第1王子であるダニエルと決まっているのだからこれ以上争いの種を蒔かないでほしい。僕は王位につくつもりはないのだから。
兄のダニエルとは幼い頃から折り合いが悪く何かと虐められていた。激情型の彼に対して僕が理詰めで言い返すものだから腹立たしくて仕方がなかったようだ。
一方ですぐ上の第2王子である兄のフェリクスとはとても馬が合い、よく一緒に本を読んだり剣の手合わせをしたりして遊んだものだ。ダニエルはそれを見ていて余計に腹立たしかったのかもしれない。
おっと、小さい頃のことを思い出してついぼーっとしてしまった。別にダニエルに対して敵愾心はないだけどなぁ。はぁ……。
「それと殿下、あの教団から信徒の女性が夜の商売に派遣されているらしいという噂を耳にしました」
「はぁ!? もしそれが本当ならもうハバネロ教は完全に犯罪組織じゃないか!」
淡々と話すオリバーの、あまりにも許し難い非人道的なその内容に驚愕する。
女性信徒を夜の商売で働かせるだと……!? もしそれが本当なら絶対に許せない。
「はい、ただ裏が取れませんことにはやはり動きようがありません」
一体情報源はどこなんだろう? 投書の中にそこまで具体的な内容はなかったような気がするが。
「オリバーはそれをどこで聞いたの?」
「はい、さる筋の関係者から聞きました」
「さる筋……」
「はい、殿下はお知りにならないほうがよいかと」
「ああ、うん。そうする」
淡々と返すオリバーの答えにこれ以上関わるなという含みが窺える。
オリバーは顔が広いがときどき得体が知れない。一体どんな人脈を持っているのだろう。長い付き合いになるが未だに謎が多い。
彼は元平民だ。先代の王にその実力を認められ10代のころから王家に仕えているが、彼の過去のことを誰も知らない。35才になった今はその実績もあり伯爵の爵位を授けられている。
「取りあえず先週の投書に目を通すよ」
「かしこまりました。何かご用がありましたらお呼びください」
オリバーはそう言って執務室を出ていった。そのあと彼が整理してくれた投書ひとつひとつに目を通す。
ハバネロ教だけじゃない。この国には本当にいろんな問題が山積している。王都だけでもこれだけの投書が寄せられるのだ。地方のも拾い上げれば一体どれだけの問題があるのか。
正直ダニエルよりもフェリクスに王太子になってもらいたいと思っていた。彼が王になればよい治世が行えると思う。そして彼を支えるという形で国を守りたかった。
「なかなか思うようにはいかないよなぁ……」
椅子から足を投げ出し背凭れに思いきり凭れかかり天井を仰ぎ見る。ふと思い出して執務机の一番上の鍵付きの引き出しを開けそれを取り出す。
古くて白い花の絵柄のついたハンカチ。それをじっと見ているとあの少女のことを思い出す。あの黒髪の黒曜石の瞳の彼女は僕より少し年下だったように思う。今はもう15、6くらいだろうか。
「ああ、また会いたいなぁ……」
僕はそのハンカチを胸にぎゅっと当てて再び彼女に会えるよう願ったのだった。
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