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第2章 カルト教団
8.ハバネロ教 <イェレミアス視点>
しおりを挟む「すみません、イェレミアス様。今月はこれくらいしか寄付できません……」
目の前の男が力なく項垂れる。
「いいえ、いいのですよ。そのお金が貴方の信仰心の証なのです。貴方が来世で幸せになれるかどうかはハバネロ神が判断なさることです」
「ああ……そんな。どうかハバネロ神様にお口添えをお願いします!」
フン、貧乏人が! この程度の金で幸せを得ようなど烏滸がましいわ!
目の前で身なりの粗末な男が平伏す。この男も半年くらい前までは寄付金の金額も多く身なりもそれなりによかったのに。全く憐れなものだ。
そろそろこの男から搾り取るのも限界だな。
それにしても今月は寄付金の集まりがいまいちだな……。これじゃ、コンラーディンの奴に負けてしまうじゃないか。ああ、あいつの勝ち誇った顔を思い浮かべると腹立たしいことこの上ない!
ああ、そうだ。
「マルセル、貴方のところには娘がいましたよね。お金が無理なら娘を入信させてもいいのですよ? 教祖様は信仰の厚い信徒を大変歓迎されますからね」
「な、何を……! あの子はまだ14です。どうかお見逃しを……!」
マルセルが顔色を青くして狼狽える。フフ、いい気味だ。
だが幸せになりたいのなら使えるモノは全て使うべきだと思わないか?
「ふむ、やはり貴方の信仰心などその程度なのですね。貴方はハバネロ神のお声を伝える教祖様のことが信じられないのですか? 入信させれば貴方の娘も幸せになれるというのに」
「は、はぁ、しかし……」
煮え切らない奴だな。教祖様は若い娘を差し出せば大変お喜びになる。
それに若い女は夜の商売をさせればそれなりに金も稼げるし一石二鳥だ。これでコンラーディンにも差をつけられるというもの。
「それが嫌ならハバネロ神にご満足いただけるように寄付金を追加されるのがいいでしょう」
「は、はい……」
肩を落としてマルセルが立ち去っていく。精々私のために頑張ってくれ。
リューベックの町にいたときよりはこの王都へ移ってからのほうが寄付は集まるようになったがまだまだ足りないな。
礼拝堂へ行くと思いがけず見るに堪えない光景を目にすることになった。
「デボラ。友だちを紹介してくれないかな? お友だちに君のことをもっと聞きたいんだ。今よりもっと君の苦しみや悲しみを分かってあげられるようなりたい」
コンラーディンが甘ったるい声を出して目の前の女に言葉を掛ける。女は蕩けそうな目でコンラーディンを見上げている。まったく愚かなことだ。
「コンラーディン様。なんてお優しい……」
「それと、君や友達の寄付があれば僕は今よりもっと君を幸せな気持ちにしてあげられるよ」
「まあ……」
コンラーディンがデボラとかいう女の髪を撫でると、彼女はうっとりと奴に見惚れる。何なんだ、この茶番は! 浅はかで馬鹿な女め。
それにしてもコンラーディンめ。顔だけで頭スカスカのくせに女の扱いだけはうまいのだから、本当にうらや……小賢しい奴だ。
奴はこの調子でこの王都に教団本部を構えてから数え切れないほどの女性信者を獲得している。
私はこの男が嫌いだ。要領がよく世渡り上手で教祖にも気に入られている。だが一番腹が立つのはなぜか女にもてることだ。この男にだけは負けたくない。
休憩時間に教団の執務室へ入ると見たくもない奴の顔を見ることになった。奴はによによしながらこちらを見ている。
「やあ、イェレミアス。今月の成績はどうだい?」
本当にコンラーディンは性格が悪い。こっちの寄付が思わしくないのを分かっていながら聞いてくるのだから。
私はうんざりしながら答えてやる。
「まずまずといったところです。貴方のほうこそどうなんですか? 教祖様好みの女はちゃんと献上してるんでしょうね?」
「当り前じゃないか。まあ僕の好みの娘だけは手元に残すけどね。しかしこんなぼろい商売、いや失礼、教団の仕事は実に有意義だね。何も言わずとも彼女たちは金も体も差し出すんだから女なんてまったくもってチョロい」
コンラーディンはいやらしい笑みを浮かべて答える。全くこいつに引っかかる女など頭が軽いにもほどがあるというものだ。こいつの腹の中は真っ黒だと言うのにそれも分からずに貢ぐ愚かな女どもめ。頭蓋骨の中に花が咲き乱れてるんじゃないのか? だが……。
「わ、私も秘書が欲しいと思っていたんだが誰か手頃な女性はいないですか?」
それを聞いて彼がニヤリと口元を歪める。奴の顔を見て一瞬で後悔した。
チッ、失言だったか。
「そっちの寄付金をちょっと融通してくれれば女の子を紹介してあげてもいいよ? イェレミアス」
奴がニタニタと笑いながら揶揄うように答える。
くそっ、コンラーディンめ! 自分がちょっとモテるからといい気になりおって! 今に見ていろ。教祖に認められて階級が上がったらお前のことを顎でこき使ってやるからな!
執務室を出て礼拝堂へ向かう。ああ、むしゃくしゃする!
おお、そうだ! あいつに金を都合させるか。リューベックの町で勧誘したヨーゼフという男。妄信的なあいつなら大概の無理は聞くぞ。多分今頃祭壇の掃除でもしているはずだ。
礼拝堂に着くとやはり祭壇の掃除をしていたヨーゼフが私の姿を見るなりこちらへ来て平伏した。彼の態度を見て苛つきが少しだけ収まる。
「ねえ、ヨーゼフ。貴方を私の右腕と見込んでぜひ頼みたいのですが、今月の寄付金がとてもじゃないが足らないのです。これではハバネロ神様に申し訳が立ちません。このままでは貴方の来世の幸福も約束できなくなります」
「えっ、そんなっ……!」
彼の顔色が一瞬で蒼褪める。やはりこの言葉の効果は絶大だな。クフフ。
「寄付金を都合してくるか、もしくは……。貴方には奥さんがいたでしょう? 彼女に夜の商売でもさせれば実入りもよくなるんじゃないでしょうかね?」
確か奴の女房はまだ30代前半くらいのはずだ。ちらっと見たことがあるがなかなかの美人だった。うん、こいつには勿体無いな。
「イェレミアス様、どうかそれだけは! 寄付金は工面いたしますので、どうかハバネロ神様にお口添えをお願いいたします……!」
ヨーゼフが必死な形相で懇願する。憐れなものだ。来世の幸福なんて形の無いものを信じ切っているのだから。
「ふむ。もし都合できなかったら貴方の妻を入信させなさい。こちらで寄付金を稼げるように手配してあげますから」
「あ、あの、寄付金を必ず都合しますので……」
蒼褪めたままヨーゼフが弱々しく寄付を約束した。
ふん、最後まで妻を差し出すと言わなかったか。どうも覚悟が足りんようだな。まあこいつも搾り取れるだけ搾り取ったから、後は妻を差し出すくらいしかないだろう。
ああ、そういえば12になる息子もいたな。教祖の趣味かもしれないから一度連れてこさせるか。
人というのはこんなふうに使うものなのだ。使えるものは全て使うべきだ。どいつもこいつも使えない奴らばかりだ。能無しどもめ!
さあ、今から教祖のご機嫌を窺いに行くとするか。
礼拝堂を出たあと、私は寄付金の算段を考えながらいそいそと教祖の部屋へ向かった。
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