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第2章 カルト教団
6.生きていけないのダメ
しおりを挟むハルは森を出て道なりにのんびりと歩いていた。お腹も空いていないし気分もいい。田園地帯の間を抜けるその道を歩きながら、目の前に広がる牧歌的な風景になぜかは分からないが懐かしさを感じる。
ロウと別れてしばらくは寂しくて涙が止まりそうになかったが、目新しい風景が目に飛び込んでくるとなんだか胸がわくわくし始めたのだ。
歩きながらなんとなく人間たちの匂いが強いほうへ歩いていく。ハルはフェンリルの加護により目や鼻が利くのだ。
空は青く澄み渡り、今日は雲もほとんどない。頬をすり抜けていく風が気持ちいい。のんびりとした雰囲気に寂しかった心が癒されていく。
「ああぁ、気持ちいいなァ。ふわあぁ」
あまりにのんびりしているものだから昼寝をしたくなってくる。でも昼寝なんていしていたら明るいうちに人間の町へ辿り着けないかもしれない。町へ行ってからのことなど何も考えていなかったが。
大きく背伸びと欠伸をしながら気ままに道なりに歩き続ける。
腰のベルトには狩りで仕留めたモリギツネとウサギとキジをぶらさげていた。その他にウエストバッグと短剣を携えている。
ロウが教えてくれたのだが、人間の町ではお金というものが必要らしい。だから持てるだけ獲物を狩って町で買い取ってもらうようにと言われた。
彼の言葉を思い出し、森を出る前に腰に提げられるだけの獲物を狩ってきた。
ロウとエルに育てられているとき、ハルの分の肉だけはちゃんと焼いて食べるようにと言われた。そして塩分も必要だからと岩塩も採ってきてくれた。
だからロウがどこからか咥えて持ってきてくれた短剣で、狩ってきた獲物を自分の食べる分だけ切り分けて、削った岩塩をまぶして着火石で火を起こして焼いて食べた。
ハルのお腹はロウやエルよりも弱いのだそうだ。人間は意外な所が弱いものだと思った。
この樺色のワンピースの作り方を教えてくれたのはエルだ。襟が開いてて袖がなくて太腿丈ですごく可愛い。そして薄手で艶々して体にぴたりとフィットして動きやすい。
10才くらいまでは上下が別れている物を着ていたけど、お腹が冷えるのでワンピースに変えた。エルもそのほうがいいと言ってくれたしね。
この服はモリギツネの毛皮を革紐で繋いだものだ。モリギツネの毛皮は樺色で艶がありその毛はかなり短く薄手でとても加工がしやすい。そのうえ保温性もある。
薄手で丈夫で動きやすく艶々して綺麗でお腹も冷えない。何よりハルの体にぴったりして可愛いこの服はお気に入りだ。それから膝上の長さまであるブーツもモリギツネ製でとても気に入っている。
ロウたちは皆裸だけどハルは毛が生えてないから服を着ないと体が冷えてしまうのだそうだ。ときどきロウたちのふわふわした毛が羨ましかった。
ロウとエルはモリギツネをよく狩ってきた。肉が美味しくて毛皮も利用できる。
モリギツネは肉食動物なのに普通のキツネと違って繁殖力が強く、ときどき狩らないと森の草食動物が減りすぎてしまうのだそうだ。これを食物連鎖というらしい。本当にロウは物知りだ。
しばらく歩いているうちになんだか喉が渇いてきた。バッグから水袋を取り出して、森の泉で汲んできた水が入っているそれに口をつける。
ロウが教えてくれたのだが森を出たら川の水は飲んではいけないのだ。お腹が痛くなるかもしれないからだ。それは困る。
ときどき畑で作業をしている人たちを見かける。彼らの側を通るとじろじろ見られる。ハルは人間だから別に珍しくないと思うんだけどな。
そういえば随分髪も伸びてしまった。青銀色の髪は既に腰まで伸びている。前髪はときどき自分で短剣を使って適当に切っていたのだが、今はすっかり目に被さって勝手が悪い。
もしかして目が隠れているからじろじろ見られるのかな? 確かに他の人は目が隠れていないし。
「むうぅ……切っちゃおうかナ。……町についてからでいいカ」
そんなことを考えながらしばらく歩いていると、遥か遠くに村よりもっと高い建物がいっぱい建っているところが見えた。あそこが町だろうか。人がいっぱいいそうだ。人間の匂いが強くなってきた。
走るとお腹が空くので町へ向かってのんびりと歩く。田園地帯を抜け町の入口に近づいてきた。段々とその様子を見るのが楽しみになってきた。
「ふわぁ、大きいナ」
ようやく町に辿り着き周囲の様子を見渡す。その町は村よりは明らかに大きかった。建物も3階以上の高い建物が目立つ。村ではあまり見たことがない。レンガの建物やその壁際に規則正しく作られている花壇が綺麗だ。
遠くから見るのと近くで見るのとは大違いだ。人間もいっぱい歩いている。
皆が着ている服はハルの服とは全然違う。あれは村の人も着ていたけれど布っていうのでできてるんだ。そのくらいは知ってるんだから。
それにしても色とりどりで綺麗だなぁ。ハルもちょっと着てみたいかも。
クンクン。食べ物のいい匂いがする。肉じゃなくて果実の匂いだ。森と違って食べ物はないと思っていたけどこれは期待できるかも。
その甘酸っぱい匂いに釣られてふらふらと歩いていくと、今までよりも人がいっぱい歩いている場所へ出た。道の両脇にある色とりどりの小さな屋根の下に食べ物やなんかがいっぱい積まれている。
わあぁ、美味しそうだ。森にない食べ物もいっぱいあるみたい。ここは天国?
「おい、小僧。その持ってるものを渡しな」
ん? どこからか『恐怖』の匂いがしてくる。一体なんだろう。
それを辿ってみると、その匂いがしていたのはさっきの大きな通りから脇に入った狭くて薄暗い路地だった。
「だめだよっ! これがないと僕たちは生きていけないんだっ!」
目の前ではハルより少し小さな男の子が大事そうに袋を抱えながら懸命にそれを守っている。どうやら大人の男2人が少年からそれを奪おうとしているようだ。男たちの手にはナイフが光っている。
生きていけない? そんな大事なものを奪っちゃいけない。
奪うのを止めさせるべく男たちに声をかける。
「おにーさんたち、生きていけないのに奪っちゃ駄目。その子怖がってるでショ。見逃してあげてヨ」
男たち2人はハルに話しかけられて振り返り一瞬睨みつける。だけどこちらを見た途端上から下まで舐めるように観察したあと、ニヤニヤと笑いながら答えた。
「ああ? お嬢ちゃんが相手してくれるならこのガキを見逃してもいいぜ?」
相手? 遊び相手のこと? 男の言葉を聞いて何となく兄弟たちのことを思い出す。遊んでほしいのかな? もしかして退屈しているのか。
脅されていた少年が怯えて震えながらもこちらを心配そうな眼差しで見ている。なんとなく彼を見て森の小動物を思い出した。その潤んだ目を見ていると守らなくちゃっていう気持ちになる。
「本気で遊んでいいならいいヨ。わたし手加減できないからネ」
「そうこなくっちゃ。へへ」
男の1人がニヤニヤしながらハルの肩を掴む。彼ににっこりと微笑んで即座にその足を蹴り払ってそのまま傾いで倒れた彼の脇腹に肘を落とす。
「がはッ!」
そしてバランスを崩して倒れる途中で、彼の手に握られたナイフを高く蹴り上げて弾いた。上空に蹴り飛ばされたあときらきらと回転しながら落ちてくるそれを左手でキャッチする。
男は脇腹を抱え痛みのあまり悶絶している。
「危ないナァ。これは人に向かって使うものじゃないヨ。人間のくせに知らないノ?」
腰に手を当てて左手のナイフを立っているもう1人の男にひらひらと見せつけながら説明する。
刃物は皮を切ったり毛を削いだり肉を捌いたりするものだ。生きた人間相手に使う物じゃない。人間なのにそんなことも知らないのか。
そしてその男から目を逸らさぬまま路地に面した建物の壁の高さ5メートルくらいのところへシュンッと投げて突き刺した。こんな物が傍にあると危ないからね。
「ひッ!? ……なんなんだ、お前はッ!? くそォーッ!」
それを見たもう1人の男は瞬間怯えたような眼差しをハルへ向けた。だがすぐに敵愾心を顕わに睨みつけ、ナイフの切っ先をこちらへ向けて突進してきた。
彼の突き出したナイフを咄嗟に身を屈めて躱し、低い姿勢から脇を締め思いっきり伸び上がって彼の顎に頭突きをする。
――ゴツンッ!
「いったあァー……。おにーさん、石アゴ……」
今度はハルが悶絶した。頭を両手で押さえてしゃがみこむ。だが男はそれ以上のタメージを負ったらしい。脳震盪でも起こしたのか足元がふらついている。
涙目のままそのままの屈んだ姿勢から蹴りで彼の足を払う。そしてバランスを崩し後ろ向きに倒れた彼の鳩尾に勢いよく拳を突き入れる。
「ふぐゥッ!?」
倒れた男の腕を踏みつけてその手からナイフを取り上げ、彼に視線を向けたまま最初のナイフが刺さっている壁のすぐ傍にそれをシュンッと突き刺した。
そのあと最初の男が脇腹を抱えながらようやく立ち上がるが、倒れた仲間の様子を見て蒼褪めた。どうやら戦意喪失したようだ。
仲間から目線をこちらに向けハルを見るその顔は恐怖で引きつっている。彼はハルから目を逸らすことができないまま慌てて倒れている男に声をかける。
「お、おい、行くぞ……」
「きゅゥ……」
男は何とか倒れている男を引きずるように連れて去っていった。
彼らの背中を見送りながらハルは思う。遊び相手にはならなかったなと。
それにしてもさっきぶつけた所が痛い……。
痛みのする頭頂部を涙目で摩っていると、脅されていた少年が心配そうにハルの顔を覗き込む。薄茶色の癖のある髪がふわふわしていてなかなかに可愛らしい。彼の恐怖の匂いはもうだいぶ薄れたようだ。よかった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
少年がハルの様子を心配して恐る恐る尋ねてきた。
「うン? 大丈夫だヨ。ちょっとタンコブができただけだヨ。君こそ大丈夫?」
「僕は大丈夫……。お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
ハルが答えると少年はにこりと笑ってお礼を言ってくれた。
「ううン。これで生きていけル?」
「へっ? あ、そっか……。うん、お陰で生活できるよ。僕のせいで痛い思いさせてごめんね?」
少年は首を傾げながら再び心配そうにハルの顔を覗き込む。
助けてよかった。これで生きていけるみたい。大切なものを奪われなくてよかったね。
そして彼はさっき必死で守っていた袋を腕に抱え込んでそれを大事そうに撫でる。喜んでいるみたい。
「僕の名前はハンスっていうんだ。お姉ちゃんの名前はなんていうの?」
「わたしはハルだヨ」
「へえ、ハル姉ちゃんか! よろしくね!」
ハルが名前を言うと、ハンスが明るい笑顔を浮かべて右手を差し出す。それを見て何のことか分からず大きく首を傾げる。
んー? なんだろう?
「お姉ちゃん、僕と同じように右手出して」
言われた通りに右手を出すと、ハンスがハルの手を自分の右手でぎゅっと握る。うわ、なになに!?
「はうっ!?」
「これ握手っていうんだよ。こうやって手と手を握って挨拶するの」
――ハルは握手を覚えた。
おー、握手! 言葉だけじゃなくて手と手でも挨拶できるんだね。少年と繋いだ手をじぃっと見てみる。
「お姉ちゃんなんか変わってるね。僕より小さい子みたいだ」
ハンスの言うことはあながち間違ってはいない。自分は人間としての知識が壊滅的に足りないのだから。
彼の言葉に思わずしょんぼりしてしまう。まだまだ覚えなくちゃいけないことがたくさんあるみたいだ。
「わたしは人間と会うのも話すのも初めてなんダ。そんなに変……?」
「えっ、そうなんだ? それならしょうがないよ。初めてなんでしょ?」
「うンッ!」
にっこり笑って返事をする。ハンスはハルの顔を見てちょっと顔が赤くなる。
彼はにこっと笑ってハルの手を取って引っ張る。
「じゃあ僕が町を案内してあげるよ。ついてきて」
「おぉ、ありがトー! ハンス」
ハンスと手を繋いで薄暗い路地から明るく活気のある大通りに戻ってきた。再び果実のいい匂いがする。
それからハルはハンス少年にこの町を案内してもらうことにした。
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