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第4章
55.各々の事情
しおりを挟むレオンがゆっくりと紅茶を口にする。サロンの窓からは午後の柔らかい光が差し込んでいる。
フローラはふと陛下のことを思い出し尋ねてみる。
「そういえば陛下には会ったの? この機会に城へ戻るってこと?」
「うん。俺としてはホテル暮らしも捨てがたいんだけど、さすがに仕事を任されたとなったら戻らないわけにはいかないからね。陛下にもあったよ。だけど俺は継承権は辞退してるし城には住んでも王族としての公務には参加しない。余計な争いは生みたくないからね。俺にとってはこの国の平和が大切なんだ。それは幼いときからずっと思っていたことだ。」
レオの話を聞いていると、彼こそ王の器にふさわしいのではないかと思ったが余計なことは言わないでおく。
「俺は第3王子で側妃の子だが、第1王子である兄上は正妃の子だ。兄上は王の器にふさわしい人格だと思っている。俺はそんな王の助けになりたい。もちろん君が望むなら爵位も王族としての地位も辞退するが。」
なぜそこで自分が出てくるのか。さり気にプレッシャーをかけられている気がするのは気のせいか。
「それで暗部の仕事のようなことをしていたの?」
「うん。帝国へ留学して、あの国の不穏な動きを察知して、監視と調査を続けていた。たまに他の国へ旅に出たりもしたけど、すぐに帝国へ戻った。国そのものを滅ぼすことはできないけど、あの国の企みを潰すくらいはできる。帝国の魔手が我が国に及んでるのが分かって間者を追って戻ってきたんだ。」
「そうだったのね……。ずっと不自然だと思っていたわ。王子である貴方がなぜあんなに活動的に動いているのか。」
「ふふ。俺は14で留学してそれまであまり公に顔を見せたことはなかったからね。帝国でもこの国でも自由に動くことができた。まあ一部の上位貴族には顔を覚えられているけどね。この国に戻ってからも陛下に会うと城へ戻れと言われるのが分かっているから、必要以外城にはあまり出入りしなかったんだ。」
フローラが今まで不思議に思っていたことがパズルのピースのように嵌っていく。レオンの存在はふわふわしていて掴みどころがなかったからだ。
この際気になっていたことを聞いてみようかしら。
「そういえばディアナ様はどうなったの?」
レオンは肩を竦めながら答える。
「ディアナには影を捕らえたことを伝えたよ。そのうちジークハルトにも忘れられるだろうってね。そしたら彼女は俺の言葉を聞いて絶望していたようだ。魂が抜けたように茫然としていたよ。彼に愛も憎しみも持ってもらえないことを悟ったんだろうね。彼女は裁判を待っている状態だが、反逆罪や殺人教唆、そして計画的な殺人未遂など罪状が確定されれば十中八九死刑だろう。君にしたことを思えば当然だと思う。……憐れだとは思うがね。」
「そうね……。彼女の気持ちが全く分からないというわけじゃない。同情はしないけど。」
フローラも憐れに思う。彼女の気持ちが愛でなくただの執着だという考えは今も変わらない。
だがジークハルトとの幼い頃の思い出が彼女にとって何よりも大切だったのだろうと思うと、同じ女性として全く気持ちが分からないわけでもない。
「それでアグネス様は……?」
「アグネス嬢は釈放されて今は王城に滞在してもらっている。クラッセン侯爵家は今空っぽだからね。使用人たちも一部逮捕されているし、残りの使用人も解雇されてそれぞれの実家に戻っているだろう。実家が取り潰されて既に貴族ではないが、行先が決まるまで彼女を放り出すつもりはない。君の恩人だからね。」
「そうだったのね、よかった……。気がかりだったの。彼女がいなかったらわたしはどうなっていたか分からなかった。」
彼の言葉を聞いてほっとする。よかった、アグネスは路頭に迷っていなかった。今度会いに行ってみよう。そしてちゃんとお礼を言うのだ。話したいこともあるし……。
「そういえばリタさんはどうしたの? まだ保護されているの?」
「リタに関しては魔術師の脅威は去ったとはいえ、帝国についての情報を持っているという点で絶対に安全だとは言えない。だが近々解放されるだろう。帝国としては王国の密輸ルートがなくなるなど今は新たな問題が発生していて彼女どころではないだろうからね。」
正直申し訳ないがリタのことを完全に忘れていた。あれからいろいろありすぎたんだもの。彼女の安全が保障された時点で安心したからというのもある。
それにしても例のリンデンベルク子爵家の長男とはどうなったのだろう。ちょっと気になる。
「危険がないならいいのだけれど。運命の恋の相手はどうなったのかしらね。例の子爵家の長男の方と。」
「どうやら彼のほうが懸命に説得を続けているらしい。家督は弟に譲ることになったのだし、結婚を許してもらえないならいっそ籍を抜けると。」
「……覚悟はあるのね。でもずっと貴族として育ってきて市井の仕事なんてできるのかしら。リタさんはまあ大丈夫だろうけど。」
「どうなんだろうね。彼のことはあまり知らないから分からないが。」
「そう……。彼女には幸せになってほしいわ。ずっと天涯孤独だったみたいだし、誰かと支え合えるならそれが一番いいわよね。」
孤児で修道女になって帝国に拉致されて不本意な仕事までさせられてずっと不運続きだったみたいだけど、これからはそれが帳消しになるくらいには幸せになってほしいな。
「そういえば今朝ジークハルトに言われたんだけど、君に危険なことをさせないでほしいと。絶対に約束しろってすごまれたよ。すごい威圧だったよ。不敬な奴だ。」
「ああ、そうなんだ? わたしも自分からは首を突っ込まないって彼に約束したの。彼の気がかりを少しでもなくしてあげないと、安心してマインツへ行けないだろうし。」
「ふむ……。君にはこれからもいろいろと手伝ってほしいと思ってたんだけどなぁ。そもそも危険なことなんて頼んだつもりなかったし。なんかあっても俺が守るし。」
駄目だ、聞いちゃ駄目。いろいろって何?とか聞いちゃ駄目。気にはなるけど。小さい頃から好奇心が強すぎて兄のニクラスにもよく怒られた。自制心仕事して。
「……。」
「気にならない?」
「……いえ、気にならないわ。約束したもの。」
「ふぅん、まあいいや。そのうち楽しい話を聞かせてあげるよ。それじゃ、そろそろお暇するよ。また城に戻って会議だ。」
仕事の合間に抜けてきたのか。引き留めて申し訳ないことをしてしまった。
「そうなの。ジーク様のことよろしくね。あまり無茶させないでね。」
「ふふ。じゃあ、また後日。」
「ええ、いろいろ教えてくれてありがとう。」
レオはにっこり笑って挨拶をして城へ帰っていった。
これからは好奇心との戦いになるなと若干不安になりながら、明日からのお芝居の練習に再び思いを馳せた。
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