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第4章
54.レオンの来訪
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翌日フローラはジークハルトの言いつけで渋々演劇の練習を休んだ。あんなことがあったばかりなんだからゆっくり休むようにと言われた。
昨日はとても怖くてしばらく震えが止まらなかったが、もうだいぶ落ち着いた。それにあの後のジークハルトととの会話で、あんなに怖かったこともどこかへいってしまった。
そして今日はもうすっかり元気だ。自分でも呆れるほどの図太さだと思う。
ジークハルトが出勤したあと、お芝居のことに思いを馳せる。
そういえば昨日の練習はつい上の空になってしまっていた。ユリアンはきっとそんなフローラに呆れただろう。そろそろ次回の公演の題目が決まるところだし気を引き締めないと夢から遠ざかってしまう。
そんなことを考えてそわそわしていたら、オスカーからレオの来訪が告げられた。
「フローラ、体調はどう? 少しは落ち着いた?」
サロンでレオに挨拶をしてテーブルを挟んで向かい合わせに座ると、彼はすぐにそう尋ねてきた。
どうやら彼にもかなり心配をかけていたようだ。その瞳の深い紫がフローラの顔を覗き込みながら不安げに揺れる。
それを見て彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼にも随分と心配をかけてしまった。それに彼が助けてくれなかったら、今こうして暢気にお芝居のことを考えることなどできなかったかもしれない。
「うん、だいぶ落ち着いたわ。改めてお礼を言わせて。助けてくれて本当にありがとう。そして心配かけてごめんなさい。」
フローラがそういうとレオの不安げだった瞳はようやく安心したように細められ、優しく笑いかけてくれた。
「いや、いいんだよ。俺は君のことが好きなんだから心配もするさ。」
ん? 今なんと?
久しぶりに彼の気持ちを表されて少々焦る。一体どうしたのだろう。今まで適度に保たれていた距離感が一気に詰められた気がするのだが。
「どうしたの? 急に。」
「急にじゃないさ。俺諦めないって言ったよね? 君が弱ってるときにつけ込むことはしたくなかったけど、今はジークハルトとの誤解も解けたようだし、もういいよね。」
レオが嬉々として話す。先ほどまでのフローラを心配するような不安げな表情から一変して、今は何か企んでいるかのように彼の瞳は悪戯っぽくきらきら輝いている。
「え? いいって何が?」
「彼の志願の話聞いたんでしょ? フローラには話したって言ってたからさ。」
「ええ、聞いたわ。」
「ジークハルトは暗部の精鋭数人と騎士団から20人ほどの騎士を連れてマインツへ行く。そこで彼の指揮のもと特別捜査団が組織される。そこで最低でも1年は頑張ってもらうことになっている。」
「ええ……。」
1年というレオの言葉を聞いて再び心が沈む。1年って結構長いよね……。
「彼はこの国に置いてとても重要な職務にある。今まで騎士団副団長と暗部の統括という二足の草鞋を履いていたわけだが……。」
レオは運ばれた紅茶をゆっくりと口にし、カップを皿に戻して話を続ける。
「彼がマインツへ行ったあと、俺が正式に暗部の残りのメンバーの統括を任されることになった。副団長の席はそのままだ。そして彼が戻ってきても暗部の統括はそのまま俺が担うことになる。彼にも補佐はしてもらうけどね。」
騎士団副団長は今まで通りジークハルトのままだ。それを聞いて安心した。彼がマインツから戻ってきても彼の場所はちゃんとある。
フローラがほっとしているとレオが肩を竦めて話を続ける。
「これがどういうことか分かる? ジークハルトはもう情報収集のために貴族女性に近づくような真似をしなくて済むってこと。」
「えっ!?」
レオの言葉に驚きとともに思わず笑みを浮かべてしまう。それは願ってもないことで、とても嬉しい。もちろん嫉妬をしなくて済むからいうのもあるが、彼がいくら仕事のためとはいえ、好きでもない女性の気持ちを弄ぶようなことをしなくてもよくなるからだ。……まさか今まで楽しんでしていたわけではないよね?
「そんなに嬉しいんだ? 俺も君に喜んでもらえて嬉しいよ。ちょっと複雑な気分だけど。」
レオが少しむくれたように話す。そんなレオにふと思いついたことを尋ねてみる。
「あの、もしかしてこれからは貴方がそういうことをするの? その、標的の女性に近づいて……。」
「ああ、標的の女性には近づくかもしれないけど俺は彼のように優しくないからね。どちらかというと恐怖で……あ、いや、まあ違うやり方で情報を集めるから。」
今すごく不穏な単語を聞いた気がするけれどあまり突っ込みたくはない。知らないほうがいいこともある。そしてレオンの鬼畜性質は相変わらず今も健在のようだ。
「君たちの婚姻の日まであと1年。だけどそれはあくまで予定だよね。その間に何があるか分からないし。ね?」
レオがこれでもかってほどの蠱惑的な笑みを浮かべ、身を乗り出してフローラの手を握り、妙に艶っぽく囁いてくる。彼の低音が耳に響く。
うっ。抜群の破壊力だ。王子のカリスマパワーに加えてこんな武器を隠し持っていたとは。……本格的に劇団に誘ってみようかしら。彼が舞台で微笑めば観客の半分は支配できるに違いない。そのうち王都、いや王国も支配できるかもしれない。
気を取り直して背筋を伸ばしはっきりとレオに伝える。これ以上彼に無駄な時間を費やさせては申し訳ない。
「何もありません。わたくしは1年後に予定通り確実に何の疑いもなく絶対にジーク様と結婚いたします。」
フローラの言葉を聞いてレオがぶふっと吹き出し堪えきれないというように笑い出す。口に紅茶が入っていなくて何よりだ。
「あははっ! そんなむきにならなくても……。はぁ、可笑しい。フローラ、あのね、物事に絶対なんてことはないんだよ。君が絶対何かに巻き込まれないって断言してもそれができないのと一緒で。だから君を奪えないなんて絶対に言いきれないんだよ?」
まあ確かにそうかもしれないけど自分の心はジークハルトのものだ。それだけは断言できる。笑いの止まらないレオに少々むっとする。
「笑い過ぎ……。レオは時間をもっと有意義に使ったほうがいいと思うわ。」
「やっぱり可愛いなぁ、フローラは。諦めるわけないでしょ。俺にとっては多分初恋だし。俺が君をどう思おうと自分の時間をどう使おうとそれは自由だよね?」
は、初恋ですって!? まさかの重い言葉に動揺してしまう。確かに彼の心をどうこうしようなどとは思っていないが……。
「は、初恋……ええ、まあ……。」
レオの直接的な言葉の数々に翻弄され、自分の心にジークハルトがいるのにも関わらず、甘い言葉にあまり慣れていないフローラは思わず顔が赤くなってしまったのだった。
昨日はとても怖くてしばらく震えが止まらなかったが、もうだいぶ落ち着いた。それにあの後のジークハルトととの会話で、あんなに怖かったこともどこかへいってしまった。
そして今日はもうすっかり元気だ。自分でも呆れるほどの図太さだと思う。
ジークハルトが出勤したあと、お芝居のことに思いを馳せる。
そういえば昨日の練習はつい上の空になってしまっていた。ユリアンはきっとそんなフローラに呆れただろう。そろそろ次回の公演の題目が決まるところだし気を引き締めないと夢から遠ざかってしまう。
そんなことを考えてそわそわしていたら、オスカーからレオの来訪が告げられた。
「フローラ、体調はどう? 少しは落ち着いた?」
サロンでレオに挨拶をしてテーブルを挟んで向かい合わせに座ると、彼はすぐにそう尋ねてきた。
どうやら彼にもかなり心配をかけていたようだ。その瞳の深い紫がフローラの顔を覗き込みながら不安げに揺れる。
それを見て彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼にも随分と心配をかけてしまった。それに彼が助けてくれなかったら、今こうして暢気にお芝居のことを考えることなどできなかったかもしれない。
「うん、だいぶ落ち着いたわ。改めてお礼を言わせて。助けてくれて本当にありがとう。そして心配かけてごめんなさい。」
フローラがそういうとレオの不安げだった瞳はようやく安心したように細められ、優しく笑いかけてくれた。
「いや、いいんだよ。俺は君のことが好きなんだから心配もするさ。」
ん? 今なんと?
久しぶりに彼の気持ちを表されて少々焦る。一体どうしたのだろう。今まで適度に保たれていた距離感が一気に詰められた気がするのだが。
「どうしたの? 急に。」
「急にじゃないさ。俺諦めないって言ったよね? 君が弱ってるときにつけ込むことはしたくなかったけど、今はジークハルトとの誤解も解けたようだし、もういいよね。」
レオが嬉々として話す。先ほどまでのフローラを心配するような不安げな表情から一変して、今は何か企んでいるかのように彼の瞳は悪戯っぽくきらきら輝いている。
「え? いいって何が?」
「彼の志願の話聞いたんでしょ? フローラには話したって言ってたからさ。」
「ええ、聞いたわ。」
「ジークハルトは暗部の精鋭数人と騎士団から20人ほどの騎士を連れてマインツへ行く。そこで彼の指揮のもと特別捜査団が組織される。そこで最低でも1年は頑張ってもらうことになっている。」
「ええ……。」
1年というレオの言葉を聞いて再び心が沈む。1年って結構長いよね……。
「彼はこの国に置いてとても重要な職務にある。今まで騎士団副団長と暗部の統括という二足の草鞋を履いていたわけだが……。」
レオは運ばれた紅茶をゆっくりと口にし、カップを皿に戻して話を続ける。
「彼がマインツへ行ったあと、俺が正式に暗部の残りのメンバーの統括を任されることになった。副団長の席はそのままだ。そして彼が戻ってきても暗部の統括はそのまま俺が担うことになる。彼にも補佐はしてもらうけどね。」
騎士団副団長は今まで通りジークハルトのままだ。それを聞いて安心した。彼がマインツから戻ってきても彼の場所はちゃんとある。
フローラがほっとしているとレオが肩を竦めて話を続ける。
「これがどういうことか分かる? ジークハルトはもう情報収集のために貴族女性に近づくような真似をしなくて済むってこと。」
「えっ!?」
レオの言葉に驚きとともに思わず笑みを浮かべてしまう。それは願ってもないことで、とても嬉しい。もちろん嫉妬をしなくて済むからいうのもあるが、彼がいくら仕事のためとはいえ、好きでもない女性の気持ちを弄ぶようなことをしなくてもよくなるからだ。……まさか今まで楽しんでしていたわけではないよね?
「そんなに嬉しいんだ? 俺も君に喜んでもらえて嬉しいよ。ちょっと複雑な気分だけど。」
レオが少しむくれたように話す。そんなレオにふと思いついたことを尋ねてみる。
「あの、もしかしてこれからは貴方がそういうことをするの? その、標的の女性に近づいて……。」
「ああ、標的の女性には近づくかもしれないけど俺は彼のように優しくないからね。どちらかというと恐怖で……あ、いや、まあ違うやり方で情報を集めるから。」
今すごく不穏な単語を聞いた気がするけれどあまり突っ込みたくはない。知らないほうがいいこともある。そしてレオンの鬼畜性質は相変わらず今も健在のようだ。
「君たちの婚姻の日まであと1年。だけどそれはあくまで予定だよね。その間に何があるか分からないし。ね?」
レオがこれでもかってほどの蠱惑的な笑みを浮かべ、身を乗り出してフローラの手を握り、妙に艶っぽく囁いてくる。彼の低音が耳に響く。
うっ。抜群の破壊力だ。王子のカリスマパワーに加えてこんな武器を隠し持っていたとは。……本格的に劇団に誘ってみようかしら。彼が舞台で微笑めば観客の半分は支配できるに違いない。そのうち王都、いや王国も支配できるかもしれない。
気を取り直して背筋を伸ばしはっきりとレオに伝える。これ以上彼に無駄な時間を費やさせては申し訳ない。
「何もありません。わたくしは1年後に予定通り確実に何の疑いもなく絶対にジーク様と結婚いたします。」
フローラの言葉を聞いてレオがぶふっと吹き出し堪えきれないというように笑い出す。口に紅茶が入っていなくて何よりだ。
「あははっ! そんなむきにならなくても……。はぁ、可笑しい。フローラ、あのね、物事に絶対なんてことはないんだよ。君が絶対何かに巻き込まれないって断言してもそれができないのと一緒で。だから君を奪えないなんて絶対に言いきれないんだよ?」
まあ確かにそうかもしれないけど自分の心はジークハルトのものだ。それだけは断言できる。笑いの止まらないレオに少々むっとする。
「笑い過ぎ……。レオは時間をもっと有意義に使ったほうがいいと思うわ。」
「やっぱり可愛いなぁ、フローラは。諦めるわけないでしょ。俺にとっては多分初恋だし。俺が君をどう思おうと自分の時間をどう使おうとそれは自由だよね?」
は、初恋ですって!? まさかの重い言葉に動揺してしまう。確かに彼の心をどうこうしようなどとは思っていないが……。
「は、初恋……ええ、まあ……。」
レオの直接的な言葉の数々に翻弄され、自分の心にジークハルトがいるのにも関わらず、甘い言葉にあまり慣れていないフローラは思わず顔が赤くなってしまったのだった。
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