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第4章
49.ディアナとアグネス
しおりを挟む「……ラ。」
うぅん……。
「……ローラ。」
誰……? ジーク様……?
「フローラ、起きなさい!」
フローラはようやく瞼を開ける。まだ頭がぼんやりして意識がはっきりしない。確かディアナ様に出されたお茶を飲んで……。
そして目の前にいるのはプラチナブロンドの……。
「っ……!!」
フローラは突然襲ってきた恐怖に思わず後ずさる。
―――ガツンッ!
「あいったぁー……。」
勢いよく後ずさったために後ろにあった木箱に頭をぶつけてしまう。なぜこんなところに木箱が……。
「馬鹿ね! だから言ったでしょう。必ず後悔するって!」
フローラは目の前の人物をよく見る。プラチナブロンドの髪にはしばみ色の瞳を持つ端正な顔立ち。先程フローラに紅茶を出してくれた女性とよく似てはいるが、目の前にいるのは妹のアグネスだった。
彼女は突然短剣を取り出す。それを見て一瞬恐怖に固まってしまう。
フローラの後ろに回り込み、彼女は後ろ手に縛られたフローラの縄をそれで切る。どうやら自分は後ろ手に縛られていたようだ。
ようやく意識がはっきりしてきた。自分はディアナに薬を盛られて眠らされていたらしい。眠い以外体に変化はないので恐らく毒ではなかったのだろう。
フローラはこれまでのことを考えてみる。もしかして今までジークハルトと一緒にいたのはアグネスじゃなくて……。
「これで分かったでしょう。あんなに警告したのにさっさと婚約解消しないからよ。」
苛立たし気にアグネスが言い募る。彼女は敵なのか、味方なのか。フローラをこの危機に陥れないようああ言ったとしか聞こえない。どう判断していいか分からず彼女に尋ねる。
「なぜ助けてくれるの……?」
「お姉さまにこれ以上非人道的なことをさせないためよ。ジークハルト様を手に入れるためには貴女にいっそ毒でも盛って殺してしまえば早いのに、どうしてそうしなかったと思う?」
「……どうして?」
「貴女がただ死んだり居なくなったりしただけではジークハルト様の心に貴女が棲み続けるでしょう? 彼が厭うように貴女を徹底的に穢すつもりだったのよ。そのためにまだ生かされていたの。」
アグネスの言葉を聞いて混乱する。あのディアナがそこまでするのか? あの貴族令嬢の鑑のようなディアナが?
「貴女がどこへ送られる予定だったか教えてあげましょうか。余所の町の娼館よ。そこへ送って貴女を傷物にし、それをあの方に見せつけて二度と会う気が起こらないようにするため。それからゆっくり殺すなりなんなりするつもりだったのでしょう。」
「なぜそこまで……。」
「ジークハルト様を愛しているからに決まっているでしょう。いえ、愛とは違うかもしれないわね。妄執とでもいえばいいのかしら……。とにかくお姉さまは目的のためには手段を選ばない。必ず最終的には貴女という存在を抹殺するわ。」
フローラは背筋が寒くなる。人の愛にそんな形があるなんて。
フローラはふと不思議に思いアグネスに尋ねる。
「貴女はなぜ助けてくれるの?」
アグネスは少し考えてから答える。
「……お姉さまを止めたいから。それよりも早く行くわよ。あまり時間がないわ。」
アグネスが急かすのでフローラは何とか立ち上がり彼女についていく。まだ少し頭がくらくらしてふらついてしまう。どのくらいここで眠っていたのだろう。いったい今がいつなのかもわからない。
「ここはどこ?」
「ここはうちの屋敷の庭にある倉庫よ。今日の深夜には娼館の関係者が貴女を迎えに来る手筈になってるわ。お姉さまが話してるのを聞いたから。」
「ディアナ様が……。」
フローラは未だに信じられない。あのディアナがそんなことをするなんて。
だが認識を改めざるを得ない。彼女によってあの紅茶で眠らされたのは確かだし、アグネスが嘘でこんなことをする理由がない。今一番信じないといけないのはアグネスのことだ。
「私がここへ入ってきたときには特に見張りはいなかったけど、どうやら今も大丈夫みたいね。」
アグネスが倉庫の出口の様子を窺ってそう言った。どうやら無事に脱出できそうだ。外に出て空を見ると、すっかり暗くなっているとばかり思っていたが、まだ日が沈んだばかりのようだ。西の方を見るとまだ空が明るい。
アグネスについて倉庫の扉を開け外へ出る。倉庫の入口には誰もいなかったのでそのまま屋敷の出口へ向かう。ようやく屋敷の門が見えたところだった。
「何をしているの?」
「お、お姉さま……。」
茂みの陰から妖艶な笑みを浮かべたディアナが現れた。ディアナはゆっくりと歩いてきてアグネスに言葉をかける。
「まさか貴女に裏切られるなんて思いもしなかったわ……。」
「お姉さま……。もうやめましょう、こんなことは。」
アグネスが両手を胸の前で組んで瞳を潤ませ懇願するようにディアナに訴える。そんな彼女にディアナは淡々と答える。
「どうして? 私は害虫を排除しようとしただけよ? ジークハルト様にたかる薄汚い害虫を。貴女も最初は協力してくれていたじゃない。」
「ええ。でも犯罪に手を染めてまですることではありませんわ。昔の優しいお姉さまに戻って……。」
「犯罪がなんだというの? あの方の傍にいるためには何だってするわ。そのためにはその女の存在を消さなくてはいけないの。この世界からもジークハルト様の心の中からも。」
ディアナは一瞬もその高貴な笑みを崩さない。だがその瞳に残忍な光が宿っているのが分かる。
彼女の心にアグネスの言葉は届いていない。そして彼女が見ているのはフローラただ一人だ。これ以上アグネスを近づけては危ない。
フローラがアグネスに注意を促す。
「アグネス様、下がって。」
「でも!」
「いいから!」
フローラはアグネスを庇うように前に出る。
「貴女なんて最初からいなければよかったのに。そしたらジーク様は私を傍に置いてくれたのに。」
キラリとディアナの手元で何かが光る。そしてこちらへ駆け出してくる。
咄嗟に危ないと思った。フローラは丸腰だ。でも避けたらアグネスに刺さってしまう。フローラは動けなくて顔だけを背けた。刺される!
だがいくら待っても痛みはない。恐る恐るフローラが顔を前へ向けるとそこには腹部を押さえ、蹲って倒れているジークハルトの姿があった。
「なぜ……。」
ディアナは血だらけのナイフを両手に握りしめたまま弱々しい声で呟く。フローラは慌てて彼の側に座り込み問いかける。
「ジーク様っ! なぜ!?」
「はぁ、はぁ。……無事で、よかった。……頼む、逃げてくれ。」
ジークハルトの腹部を触ると生暖かい滑りを感じる。自分の掌を広げるとそれはおびただしい鮮血に染まっている。
「ジーク様ぁっ……!」
フローラは彼がいなくなるかもしれないと思うだけで目の前が真っ暗になった。
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