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第4章
48.事件の全貌 <ジークハルト視点>
しおりを挟む街でフローラに出会った翌日、騎士団の執務室へレオンがやってきた。
彼はこの国に戻ってから一度も城へは来ていないはずだ。王に会えば強制的に城へ戻されるとでも思っているのだろう。
7年ぶりに城へ戻って王にも会わず、真っ直ぐここへ来るとはやはり昨日のことだろうか。
「何やってるんだよ。ジークハルト。」
執務室のソファに向かい合わせに座り、呆れたようにレオンが言う。
ああ、全く何やってるんだかな。レオンに内心同意したように、ジークハルトは今まさに自虐的な気持ちでいっぱいだった。自分で自分を殴りたいくらいだ。
「殿下、フローラは……。」
「俺の胸を貸してあげた。彼女の涙は初めて見たよ。声を殺して泣いてた。」
「っ……!」
レオンの言葉を聞いた瞬間体中の血が沸騰する気がした。思わず拳を握りしめる。だが彼に嫉妬する権利が自分にあるわけがない。そしてそれがフローラにとって救いになったのなら、感謝こそすれ彼に怒る筋合いなどない。
「……フローラを慰めてくれてありがとうございます。」
葛藤の末何とか感謝の気持ちを振り絞って言葉にする。それを聞いてレオンは肩を竦め溜息を吐く。
「何があったんだ? 俺には教えてくれるよね? あれが君の本意でないことは君の顔を見ていたら分かる。」
どうやらレオンは意外にも冷静に状況を判断しているようだ。全てを告げていいものだろうか。言えばレオンをも陰謀に巻き込むことになりはしないか。
答えあぐねているジークハルトにレオンは淡々と話を続ける。
「あの令嬢はクラッセン侯爵令嬢だよね? 彼女はダウム貿易商会主催のパーティにも来てたみたいだけど、君あの令嬢から情報を得ようとして近づいてるの?」
「なぜそれをっ!」
思わず身を乗り出しレオンに詰め寄る。
ちょっと待て。そもそもなぜフローラはパーティに来ていたんだ? 彼女はダウム貿易商会とは何ら関わりがないはずだ。
「もしかして殿下がフローラをパーティへ連れて行ったんですか……?」
「うん、彼女をパートナーとして随伴してあのパーティに参加した。奴らに怪しまれないためにね。」
「なぜ彼女を巻き込むんですか! 貴方は彼女が危険に巻き込まれても平気なんですか!?」
「俺が守るから大丈夫。やっぱり君はフローラが絡むと熱くなるね。」
淡々と話すレオンにジークハルトはさらに興奮気味に抗議を続ける。
「そんなこと24時間見張ってでもいない限り分からないじゃないですか! 大体どうして殿下が暗部の仕事のようなことをやってるんですか!?」
「俺は誰よりも帝国を知ってるからだ。あの国のやり口、組織形態、どうやったらこの国を守れるかを俺なりに考えての行動だ。それで君があの令嬢といた理由は?」
打って変わってレオンの眼光が鋭くなる。まるで尋問でもされているようだ。レオンは思ったよりも既に状況の多くを把握しているようだ。ジークハルトは観念して大きな溜息を吐いたあと彼に答えはじめる。
「これはフローラには話さないでいただきたい。実は……。」
ジークハルトはこれまでのいきさつを全てレオンに話す。彼は終始顎に手を当て俯き何かを考え込んでいるようだった。
「そうか。いろいろ納得がいったよ。しかしあの令嬢がそこまでするとはね……。予想外にフローラは危険な状況だったようだな。君の婚約者に勝手なことを頼んですまなかった。それはそれとして、俺が今まで知り得たダウム貿易商会絡みの情報を君に渡すから、君が今までに得た情報を俺にくれ。」
フローラのことを心配しつつも、ダウム商会を追い詰めることを忘れない。何と冷静な男だろう。
情報を交換した結果、レオンハルトはかなり重要な事実をジークハルトにもたらした。流石誰よりも帝国を知っていると豪語するだけのことはある。
ジークハルト達がさらにお互いに情報のすり合わせを行ったところ、今回の犯罪の全容がかなり見えてきた。
どうやらクラッセン侯爵家はダウム貿易商会と共謀し、海に面したクラッセン領の港から密かに西隣のマインツ国への海路を開き、そこを経由して物品や国の機密情報を帝国へ流していたようだ。クラッセンはその見返りとして多大な報酬を得ていたらしい。オイゲン商会が関わった軍の横流しもこのルートが利用されたのだろう。
冷戦状態になる前は、この国と帝国は人や物の行き来を陸路のみで行っていた。というのもこのハンブルク王国は海に面しているが帝国はそうではないからだ。
ハンブルク王国の南側が海に面しており、帝国は北隣。すなわち帝国は海からは離れている。
そこで西隣のマインツという小さな商業国の港へ一度海路で荷を運び、ダウム貿易商会傘下のマインツ国の支社がそれを受け取ったあと陸路で帝国へ運んでいるということだ。
ダウム商会の支社はマインツ国の監視から逃れて密かに画策しているのだろう。マインツ国は特にこの国と敵対しているわけではない。だが例え敵対していなくても他国への物品輸出入や人の出入りは正規のルートのみで行われなければならない。国同士の貿易の際には必ず物品の調査と監査が必要であるし、売買であれば例外なく関税が発生するからだ。
マインツとこの国を結ぶ海路にはもともと正規のルートが引かれている。にも拘らず密かに別の海路を開いたとなればマインツ国とて黙ってはいまい。あの国は割と自由な風潮の商業国だが金には煩い。密輸で脱税など決して許さないだろう。
別の国をも巻き込みそうな展開に思わず大きな溜息が出る。レオンがその目に鋭い光を宿し、ジークハルトに話しかける。
「ジークハルトは急ぎマインツ国へ諜報の部下を派遣し、ダウム貿易支社の輸入物品の明細などの証拠を洗いざらい手に入れてほしい。おそらく奴らはマインツ国にまでこの国の手が伸びるとは思っていまい。証拠品に関してはかなり無防備なはずだ。君は部下を連れて俺と一緒にクラッセン領の港町にあるダウム貿易商会の倉庫へ行ってほしい。」
「分かりました。そこで決定的な証拠が掴めれば……。」
「ああ、潰せるぞ。クラッセン侯爵家をな。」
なかなか見えないと思っていた希望への灯がやっと見えてきた。今から反逆の決定的な証拠が手に入れば、これまでジークハルトが集めていた証拠と合わせてクラッセン侯爵家とダウム商会、そしてそれに荷担していた他の貴族とダウム商会傘下の会社も纏めて潰せる。
そしてようやくこれでフローラも救える。もう少し待っていてくれ、フローラ。
ジークハルトはレオンとともにクラッセン領の港町へ赴き、ダウム貿易商会の倉庫へ家宅捜索に向かった。
倉庫の警備はこの間のパーティ会場の警備並みに厳重で、傭兵上がりの警備兵が家宅捜索を断行しようとする騎士団に襲いかかってきたが、正規の騎士団に敵うわけがない。
ジークハルトが無敵の剣を振るう傍でレオンも目を瞠るほどの剣技を披露する。
そういえばこの人は昔からよく騎士団の修練場へ顔を出して、13才程の年で手練れの騎士と同等にやりあっていたのだった。一方ジークハルトは当時14の年で騎士団へ入団早々その手練れの騎士達を翻弄していたのだが。
ふと昔の記憶を思い出して苦笑してしまう。
警備兵を抑え込み、ダウム貿易商会の倉庫の家宅捜索を行う。数時間に及ぶ捜索の結果、ようやくマインツ国への密輸の決定的な証拠を集めることができた。後は数日中に諜報員がマインツ国から証拠を揃えて持って帰ってくるだろう。これでようやくクラッセン侯爵家を潰せる。
レオンとともにクラッセン領から馬を飛ばして帰ってきて、ようやく屋敷へ戻ることができた。これまでのジークハルトの行動の理由をともにフローラに説明してくれるそうだ。
敵に塩を送られているようでなんとも悔しい。だがフローラが安心できるのが一番なので、彼の言葉に甘えることにする。
最後に彼女の顔を見たあの時からすでに4日が経過した午後4時ごろのことだった。
「旦那様、ホルストからの報せです。フローラ様が密かにフーバー邸を抜け出し、ホルストが彼女を見失ったそうです。現在彼が行方を捜索していますが、先刻フローラ様の私室のごみ箱でこのようなものを見つけました。今しがたやっと繋ぎ合わせたところです。」
オスカーが珍しく焦燥感をその表情に顕したままジークハルトに訴えてきた。オスカーに手渡されたそれは小さく破り捨てられたものを繋ぎ合わせた紙切れだ。そしてそれはどうやら手紙のようだ。
ジークハルトとレオンはそれを開いてその内容を読み瞠目する。
『 フローラ=バウマン様
アーベライン侯爵家の名誉を貶めたくなければクラッセン侯爵邸へ、誰にも告げずに一人だけでお茶を飲みにいらっしゃって。木曜日の午後3時にお待ちしてますわ。
――アグネス=クラッセン 』
「くそっ! 今日が木曜日だ。フローラはクラッセン侯爵邸だ!」
「分かりました。ホルストもすぐに向かわせます。」
オスカーの言葉が終わるのも待たずにジークハルトは踵を返し、先程乗って帰った馬へ向かう。
「待て、ジークハルト! 俺も行く!」
レオンがジークハルトを追い、自分の馬に跨る。そして二人はクラッセン侯爵邸へ馬を走らせる。
「待っていろよ、ディアナ。俺がお前の息の根を止めてやる。」
ジークハルトは逸る気持ちを抑えつつスピードを出す馬の上で前傾姿勢を取りながら独りごちた。
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