46 / 60
第4章
46.パーティ会場にて <ジークハルト視点>
しおりを挟む翌日ジークハルトは城での仕事が終わったあと、夕方6時前に約束通りクラッセン侯爵令嬢に会いに待ち合わせの場所へ向かう。昨日と同じ場所だ。
今日もまた豪奢な馬車が目の前に停車する。そして馬車の扉が開かれると、中から「お乗りになって。」と言われてやむを得ずそこへ乗り込む。
「こんばんは、ジーク様。」
「こんばんは。どちらへ向かうのですか。」
「ええ、今日は昨日お話したダウム貿易のパーティに招待されていますので、会場へエスコートしていただきたいの。」
この令嬢はいきなり何を言い出すのか。昨日帝国との関係を匂わせた会社のパーティへ乗り込むなど、やはり彼女自身がかの国に関係しているとしか思えない。
ではなぜ自分に嫌疑がかかるようなことをジークハルトに伝えたのだろうか。彼女の魂胆が全く読めない。
「私は一日王城へ勤めてそのままのここへ来ました。正装でもないのにこのままパーティなど先方にも貴女にも失礼なのでは?」
「どんなジーク様でも素敵ですわ。貴族のパーティでもありませんのでそのままで結構です。」
ジークハルトはどうせ拒否などできないだろうと彼女の言うまま会場へ連れていかれる。王城の騎士の制服だけはまずいだろうとジャケットのみを貸してもらう。
容疑者の顔触れを見るいい機会だ。せっかくだしこの機会を利用させてもらうか。
馬車の中で相変わらず彼女は笑みを浮かべながら仄暗い眼差しでジークハルトを見つめる。
居た堪れない空気で息苦しい。かといってこちらから話しかける気もしない。さっさと目的地へ到着してくれないだろうか。
そう思っているうちに会場に到着した。貴族のパーティでもないのに物々しすぎる。警備が傭兵上がりの連中で固められている。
令嬢は招待状を入口で提示し、そのまま中へ入っていく。ジークハルトはやむを得ず腕を差し出し、彼女はその腕にぴたりと寄り添う。
そのまま彼女をエスコートして会場の中へ足を踏み出す。中にいた人々が彼女を見て感嘆の息を漏らす。確かに彼女は容姿だけは一流だろう。
ジークハルトは会場の様子を伺う。どの男がダウム会長だろうか。
「ジーク様、参りますわよ。」
「はい。」
ジークハルトは彼女とともに会長らしき人物に近づく。50代くらいの小太りの男の前で彼女が立ち止まり挨拶をする。
「ダウム会長、ご機嫌よう。今日は私の婚約者とともに参りましたの。こちらはジーク様ですわ。」
婚約者だと!? 馬鹿も休み休み言え。などと心の中で抗議しながら苛立ちを表情から隠し、ジークハルトは会長の顔を見据え挨拶をする。
「ジークと申します。以後お見知りおきを。」
「ほお、これはこれは。私が会長のダウムです。」
ダウムが下卑た笑みを浮かべ一礼をする。彼の顔を心に留める。
こちらが貴族だと分かっているようだが、ジークハルトの家名を知る必要がないのか、前もって彼女から聞かされているのか、どちらにしても胡散臭い連中だ。
令嬢とともにダウムの前を離れ、ジークハルトは周囲の人物が何者なのかを令嬢に尋ねる。ダウムの周辺の関係者を把握したいからだ。
彼女は特に躊躇うことなく招待客の名を明かす。これだけの大人数をほとんど把握しているらしい。教えてもらえるのはありがたいが腕にくっつくのをやめてほしい。今は邪険にする訳にもいかずされるがままになるしかない。
しばらくすると会場入り口周辺から、令嬢が浴びた以上の感嘆の声が上がるのに気づいた。
誰か新たな招待客が来たのかと思い入口を確認すべく振り向こうとしたところ、彼女に強く腕を引っ張られそれを制止される。
「ジーク様、余所見は嫌ですわ。私以外の女性を見ないでくださいませ。」
先程のは女性だったのか……。この令嬢以上の感嘆を浴びるなどよほどの美女なのだろう。以前のジークハルトなら迷わず挨拶に行くところだが、今自分の心を占めているのはフローラ一人である。どんな美女を見ても動揺しない自信がある。
事件の関係者の一人ではないかと思うと気にはなるが、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。今日こそフローラのことを聞かなければならない。
「ところで昨日貴女が言っていた話ですが、今日こそはフローラがどう関係しているのかを教えていただきたいのですが。」
「それは帰りにお教えしますわ。今はパーティを楽しみましょう。」
ジークハルトは舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、令嬢が帰るそのときを待つ。
会場へ入って2時間ほどしたところで令嬢が口を開く。
「それではジーク様、そろそろ帰りましょう。」
「分かりました。」
ジークハルトは待ちかねたとばかりに令嬢に返事をする。そして会場の前に停車する馬車に乗り込み走り始めたところで、令嬢が再び口を開く。
「フローラ=バウマン嬢のことをそんなに大事になさるなんて。今までは深いおつきあいをする女性はいらっしゃらなかったでしょう? どうして? あんな田舎娘のどこがいいの?」
内心彼女の言葉に激昂したが、下手に答えると矛先がフローラへ行きかねない。慎重に言葉を選びながら彼女に答える。
「政略結婚ですよ。特に彼女に対して心を砕いているわけではありません。彼女の父兄に義理があり、彼らのお嬢さんを預かっている立場なので大切にしているだけですよ。」
それほどフローラに対して興味がなさそうにジークハルトは答えたつもりだった。するとその言葉を受けて令嬢が話し出す。
「……そう。やはりあの娘は邪魔ね。貴方がそんなに真剣に庇うなんて。いくら素っ気なくしても無駄よ。私はずっと貴方を見てきたもの。貴方が何を考えているかくらい分かるつもりよ。だって私は貴方の妻になるのですものね。」
ジークハルトは彼女の言葉を聞いて何と返していいか分からず口を噤んでしまう。
「貴方に忠告したいことがありますの。あの娘の傍には常に私の影がついていますの。彼女の命は私の手にあります。彼女がいつも何をしているかも分かっているわ。貴族のくせに女優ですって。下賤な女ね。」
ジークハルトは言い返したいことが山ほどあったが、口を開くと彼女をさらに挑発してしまいそうなので黙り込んでしまう。
「もし貴方が私の伴侶になってくださるのでしたら、彼女からは手を引きますわ。どうかしら?」
ジークハルトは考える。彼女の提案についてではない。今彼女を殺すかどうかについてだ。フローラを守るためならば仕方がない。自ずと左の腰にさした剣の鞘に左手で触れる。
「ふふふ。ジーク様。私を殺してもあの女は死にますわ。そう命令してありますの。私が死んでも侯爵家の命令は遂行されますからね。」
「貴様……。」
ジークハルトは考える。リタ嬢を保護したときのように騎士団でフローラを保護すれば殺されることはないだろう。だがいつまで? この女をどうにかしなければ、侯爵家を潰さない限り、フローラはいつまでも監禁されなくてはならない。女優の仕事も続けられなくなる。彼女にとってはそれが何よりの不幸なのではないか。
自分が、自分さえ我慢すれば彼女は今まで通り自由に好きなことをしながら暮らせるのではないか。しばらくはこの女の言うことを聞きながら侯爵家を潰す証拠を集めればいいのではないか。
「ちなみに」
令嬢が相変わらず蠱惑的な笑みを浮かべたまま口を開く。
「私がなぜダウム商会と関わりを持ったかお分かりになります? そしてなぜそれをわざわざ貴方に教えたのか。」
確かにそれだけが分からない。彼女も帝国と癒着するあの商会の片棒を担いでいるのは確かだろう。だがなぜ自分の首を絞めるような真似をするのか。
「なぜだ。」
「ふふ。私は貴方の裏のお仕事も存じてますの。貴方だけを15年もずっと追いかけていたのですもの。私が犯罪に関われば貴方から私に関わらざるを得ないでしょう? そしてお金さえあればいくらでも暗殺者は雇えますのよ。」
令嬢の言葉を聞いてジークハルトは思う。この女の中身は邪悪な闇だ。全てを飲み込み食らい尽くす『悪』だ。邪魔する者はその命を奪うことさえも厭わないという気迫が感じられる。
「そう、私の目的はただ一つ。貴方を手に入れることですわ、ジーク様。そのためには悪魔にだって魂を売りますわ。」
一体どうすればフローラを救えるのか……。ジークハルトは令嬢の言葉を聞きながらずっと思考を巡らせ続けた。
0
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説
愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる