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第4章

46.パーティ会場にて <ジークハルト視点>

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 翌日ジークハルトは城での仕事が終わったあと、夕方6時前に約束通りクラッセン侯爵令嬢に会いに待ち合わせの場所へ向かう。昨日と同じ場所だ。
 今日もまた豪奢な馬車が目の前に停車する。そして馬車の扉が開かれると、中から「お乗りになって。」と言われてやむを得ずそこへ乗り込む。

「こんばんは、ジーク様。」

「こんばんは。どちらへ向かうのですか。」

「ええ、今日は昨日お話したダウム貿易のパーティに招待されていますので、会場へエスコートしていただきたいの。」

 この令嬢はいきなり何を言い出すのか。昨日帝国との関係を匂わせた会社のパーティへ乗り込むなど、やはり彼女自身がかの国に関係しているとしか思えない。
 ではなぜ自分に嫌疑がかかるようなことをジークハルトに伝えたのだろうか。彼女の魂胆が全く読めない。

「私は一日王城へ勤めてそのままのここへ来ました。正装でもないのにこのままパーティなど先方にも貴女にも失礼なのでは?」

「どんなジーク様でも素敵ですわ。貴族のパーティでもありませんのでそのままで結構です。」

 ジークハルトはどうせ拒否などできないだろうと彼女の言うまま会場へ連れていかれる。王城の騎士の制服だけはまずいだろうとジャケットのみを貸してもらう。
 容疑者の顔触れを見るいい機会だ。せっかくだしこの機会を利用させてもらうか。

 馬車の中で相変わらず彼女は笑みを浮かべながら仄暗い眼差しでジークハルトを見つめる。
 居た堪れない空気で息苦しい。かといってこちらから話しかける気もしない。さっさと目的地へ到着してくれないだろうか。
 そう思っているうちに会場に到着した。貴族のパーティでもないのに物々しすぎる。警備が傭兵上がりの連中で固められている。

 令嬢は招待状を入口で提示し、そのまま中へ入っていく。ジークハルトはやむを得ず腕を差し出し、彼女はその腕にぴたりと寄り添う。
 そのまま彼女をエスコートして会場の中へ足を踏み出す。中にいた人々が彼女を見て感嘆の息を漏らす。確かに彼女は容姿だけは・・・一流だろう。
 ジークハルトは会場の様子を伺う。どの男がダウム会長だろうか。

「ジーク様、参りますわよ。」

「はい。」

 ジークハルトは彼女とともに会長らしき人物に近づく。50代くらいの小太りの男の前で彼女が立ち止まり挨拶をする。

「ダウム会長、ご機嫌よう。今日は私の婚約者とともに参りましたの。こちらはジーク様ですわ。」

 婚約者だと!? 馬鹿も休み休み言え。などと心の中で抗議しながら苛立ちを表情から隠し、ジークハルトは会長の顔を見据え挨拶をする。

「ジークと申します。以後お見知りおきを。」

「ほお、これはこれは。私が会長のダウムです。」

 ダウムが下卑た笑みを浮かべ一礼をする。彼の顔を心に留める。
 こちらが貴族だと分かっているようだが、ジークハルトの家名を知る必要がないのか、前もって彼女から聞かされているのか、どちらにしても胡散臭い連中だ。

 令嬢とともにダウムの前を離れ、ジークハルトは周囲の人物が何者なのかを令嬢に尋ねる。ダウムの周辺の関係者を把握したいからだ。
 彼女は特に躊躇うことなく招待客の名を明かす。これだけの大人数をほとんど把握しているらしい。教えてもらえるのはありがたいが腕にくっつくのをやめてほしい。今は邪険にする訳にもいかずされるがままになるしかない。

 しばらくすると会場入り口周辺から、令嬢が浴びた以上の感嘆の声が上がるのに気づいた。
 誰か新たな招待客が来たのかと思い入口を確認すべく振り向こうとしたところ、彼女に強く腕を引っ張られそれを制止される。

「ジーク様、余所見は嫌ですわ。私以外の女性を見ないでくださいませ。」

 先程のは女性だったのか……。この令嬢以上の感嘆を浴びるなどよほどの美女なのだろう。以前のジークハルトなら迷わず挨拶に行くところだが、今自分の心を占めているのはフローラ一人である。どんな美女を見ても動揺しない自信がある。
 事件の関係者の一人ではないかと思うと気にはなるが、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。今日こそフローラのことを聞かなければならない。

「ところで昨日貴女が言っていた話ですが、今日こそはフローラがどう関係しているのかを教えていただきたいのですが。」

「それは帰りにお教えしますわ。今はパーティを楽しみましょう。」

 ジークハルトは舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、令嬢が帰るそのときを待つ。
 会場へ入って2時間ほどしたところで令嬢が口を開く。

「それではジーク様、そろそろ帰りましょう。」

「分かりました。」

 ジークハルトは待ちかねたとばかりに令嬢に返事をする。そして会場の前に停車する馬車に乗り込み走り始めたところで、令嬢が再び口を開く。

「フローラ=バウマン嬢のことをそんなに大事になさるなんて。今までは深いおつきあいをする女性はいらっしゃらなかったでしょう? どうして? あんな田舎娘のどこがいいの?」

 内心彼女の言葉に激昂したが、下手に答えると矛先がフローラへ行きかねない。慎重に言葉を選びながら彼女に答える。

「政略結婚ですよ。特に彼女に対して心を砕いているわけではありません。彼女の父兄に義理があり、彼らのお嬢さんを預かっている立場なので大切にしているだけですよ。」

 それほどフローラに対して興味がなさそうにジークハルトは答えたつもりだった。するとその言葉を受けて令嬢が話し出す。

「……そう。やはりあの娘は邪魔ね。貴方がそんなに真剣に庇うなんて。いくら素っ気なくしても無駄よ。私はずっと貴方を見てきたもの。貴方が何を考えているかくらい分かるつもりよ。だって私は貴方の妻になるのですものね。」

 ジークハルトは彼女の言葉を聞いて何と返していいか分からず口を噤んでしまう。

「貴方に忠告したいことがありますの。あの娘の傍には常に私の影がついていますの。彼女の命は私の手にあります。彼女がいつも何をしているかも分かっているわ。貴族のくせに女優ですって。下賤な女ね。」

 ジークハルトは言い返したいことが山ほどあったが、口を開くと彼女をさらに挑発してしまいそうなので黙り込んでしまう。

「もし貴方が私の伴侶になってくださるのでしたら、彼女からは手を引きますわ。どうかしら?」

 ジークハルトは考える。彼女の提案についてではない。今彼女を殺すかどうかについてだ。フローラを守るためならば仕方がない。自ずと左の腰にさした剣の鞘に左手で触れる。

「ふふふ。ジーク様。私を殺してもあの女は死にますわ。そう命令してありますの。私が死んでも侯爵家の命令は遂行されますからね。」

「貴様……。」

 ジークハルトは考える。リタ嬢を保護したときのように騎士団でフローラを保護すれば殺されることはないだろう。だがいつまで? この女をどうにかしなければ、侯爵家を潰さない限り、フローラはいつまでも監禁されなくてはならない。女優の仕事も続けられなくなる。彼女にとってはそれが何よりの不幸なのではないか。
 自分が、自分さえ我慢すれば彼女は今まで通り自由に好きなことをしながら暮らせるのではないか。しばらくはこの女の言うことを聞きながら侯爵家を潰す証拠を集めればいいのではないか。

「ちなみに」

 令嬢が相変わらず蠱惑的な笑みを浮かべたまま口を開く。

「私がなぜダウム商会と関わりを持ったかお分かりになります? そしてなぜそれをわざわざ貴方に教えたのか。」

 確かにそれだけが分からない。彼女も帝国と癒着するあの商会の片棒を担いでいるのは確かだろう。だがなぜ自分の首を絞めるような真似をするのか。

「なぜだ。」

「ふふ。私は貴方の裏のお仕事も存じてますの。貴方だけを15年もずっと追いかけていたのですもの。私が犯罪に関われば貴方から私に関わらざるを得ないでしょう? そしてお金さえあればいくらでも暗殺者は雇えますのよ。」

 令嬢の言葉を聞いてジークハルトは思う。この女の中身は邪悪な闇だ。全てを飲み込み食らい尽くす『悪』だ。邪魔する者はその命を奪うことさえも厭わないという気迫が感じられる。

「そう、私の目的はただ一つ。貴方を手に入れることですわ、ジーク様。そのためには悪魔にだって魂を売りますわ。」

 一体どうすればフローラを救えるのか……。ジークハルトは令嬢の言葉を聞きながらずっと思考を巡らせ続けた。



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