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第3章
38.お守り
しおりを挟む公演が始まってから半月が過ぎ、いよいよあと半分を残すところとなった。
今回の題目『嫌われ令嬢の円満婚約解消術』はなかなかの反響で、貴族の間でも、特に令嬢の間でかなり話題になっているそうだ。
イザベラの知名度も段々と上がってきて、あまり堂々と街を歩くこともできなくなった。こうなってくると、逆にフローラで歩き回ったほうがいいくらいである。そう言った理由で、ほぼユリアン邸と劇場を往復するだけの毎日を過ごす。
公演にはジークハルトは数日おきに現れ、レオはやはり王子の顔を覚えている人が多いためか現れない。だが、二人ともまめに贈り物とメッセージを届けてくれる。ありがたいことである。
フローラは、今までは自分だけで夢に向かって進もうとしていたが、こうして応援してくれる人がいるということがとても励みになるということに気がついた。
(本当にわたしは幸せだわ……。)
舞台の袖で出番を待つ。次は婚約者の王子と男爵令嬢が仲睦まじく歩いているところへ、主人公の侯爵令嬢エルザが近づいて話しかける場面だ。フローラは舞台へ足を踏み出す。
『殿下、ルイーゼ嬢、ご機嫌よう。恐れながらお耳に入れたいことがございます。どうかわたくしの発言をお許しくださいませ。』
エルザが王子に話しかける。そんなエルザに高飛車に答える男爵令嬢。
『誰? 貴女。こちらの方をこの国の王子殿下と知ってて声をかけてきたの?』
場面が進み、芝居が佳境に入ると、舞台を見つめる観客の眼差しが食い入るようなものに変わってくる。場面場面での登場人物の感情に共感する観客。演じる役者と彼らとの一体感。フローラは芝居をしながら観客へ伝えたいものを訴えかけ、そして観客の共鳴を一身に受ける。高揚していく舞台の上の空気。フローラは心の中心が熱くなる。ああ、お芝居ってなんて素晴らしいのだろう。
芝居が終わり幕が下りる。自分はちゃんと成長できているのだろうか。密度の高い練習でこれ以上ないというほどの仕上がりにはなっていたと思う。だが、練習やリハーサルと実際観客の前に立つ本番では全く違う。本番でしか培えないものがあるとフローラは肌で感じる。
昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも役者として成長していきたい。ジークハルトはそんな自分を見てくれているだろうか。
フローラはユリアンたちとともにユリアン邸に戻る。ユリアンやダニエルといった出演者同士でちょっとした反省会をした後、フローラは部屋に戻る。
ジークハルトは今頃何をしているだろうか。彼の笑顔を思い出し少し寂しくなる。公演が終わるまでにまた会えるといいな。そんなことを考えながらフローラは眠りについた。
翌日朝の10時ごろ、フローラが練習していると、ユリアンがフローラを呼びにきた。するとその後ろから美貌の人物が現れる。
「やあ、フローラ。元気?」
「レオ!? どうしたの? 急に。」
「しばらく顔を見てなかったから会いに来た。はい、これおみやげ。」
箱を開けると大量のケーキと、今日はクッキーも入っていた。ケーキは焼き菓子のバターケーキ、クッキーはプレーンとチョコレート味の2種類が入っていた。すごく美味しそう。だがさすがに一人で食べる量じゃない。フローラはレオに尋ねる。
「レオ、これ皆でいただいていいかしら?」
「もちろん。そのつもりで持ってきたんだし、どうぞ。」
レオが眩い笑みを浮かべて答える。それを見ていたユリアンが口を開く。
「あら、美味しそうなケーキをどうもありがとうございます。それにしてもレオン様は、いつも見目麗しくていらっしゃいますわね。なんならうちの劇団に入りませんこと?」
「はは。ユリアンさん、お誘いありがとうございます。イザベラといつも一緒にいれるのでそれもいいかもしれませんね。今度考えてみます。」
レオが調子いいことを言っている。お芝居は真剣勝負なのに何を言っているのか。フローラは芝居に関しては全く冗談が通じないのである。
「フローラ、ちょっといい?」
レオに誘われスタジオの外に出る。一体なんだろう。
「公演が終わるまで待とうとは思ってたんだけどさ。これ身に着けていてくれる?」
渡されたのは首に下げられる小さな布袋。なんだろうと思って中を開けてみると、一つ一つが綺麗な形をした大きめの砂粒の詰まった小瓶が入っていた。砂粒の中に小さな貝殻も混ざっているようだ。
「これって?」
「これはお守り。いつも身に着けていて。君に贈るのは残らないものがいいと思っていつも食べ物にしてたけど、たまにはいいでしょ。宝石とかじゃないし、あまり重く考えなくていいからさ。」
「なんだか綺麗ね。振るとシャラシャラって音がする。」
「もし何かあったらこれのこと思い出して。」
何かあったらって、自動人形や魔術師に捕まったりしたときのようなことかしら? あんなのもう二度と嫌だわ。
「……ありがとう。大事にするね。」
フローラがそう言うと、レオは嬉しそうに頷いて笑った。
そんな日々が過ぎ、いよいよ明日は最終公演の日である。
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