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第3章

34.激白

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 フローラがレオの腕に囚われ、自分の体をレオから引き剥がそうともがいていたその時。

「フローラ……?」

 部屋の入口にはフローラが会いたくても会えなかった人、ジークハルトが立っていた。
 フローラは驚き、思わず彼の顔を見つめる。驚きで一瞬力が抜けた途端、ぎゅっとレオに抱き締められる。フローラはレオを睨目上ねめあげ抗議する。

「ちょっと!! 離して!」

「フローラって? 君イザベラじゃないの?」

 レオがフローラを抱きしめたまま尋ねてくる。

「貴方は……。」

 ジークハルトは、少しの間レオを驚愕の表情で見つめるが、すぐにつかつかと近寄り、フローラの腕を掴むとレオから引き剥がそうと引っ張る。

「いいから離してください。フローラが嫌がっている。彼女は私の婚約者ですよ。」

「ああ、そうなんだ。だけど、彼女を守ったのは君じゃなくて俺なんだけど? ジークハルト。」

 レオはフローラを離すまいとがっちり抱き締める。ジークハルトはそんなレオからフローラを引き剥がそうと、腕に力を込めて引っ張る。
 やめてっ! 痛いっ、もうっ、痛いったら!

「いい加減にしてーーーっ!!」

 フローラは怒りに任せて叫ぶ。驚いた二人は唖然としてフローラを解放する。

「なんなんですか、一体! わたし怪我してるんですよ!」

「なんだって!? ああ、なんてことだ……!」

 フローラが押さえていた右手を取って、ジークハルトは慌てて確認する。そしてフローラの右手をそっと両手で包み、沈痛な面持ちで俯く。そしてぎろりとレオを睨み問いかける。

「貴方がついていながら、なぜこんな怪我をさせたのですか。レオン殿下!」

「殿下!?」

 フローラは驚きのあまり思わず叫んでしまう。この国の王子殿下ってこと!?

「あーあ、ばれちゃった。でも君も正体を隠してたんだからおあいこだよね、フローラ嬢?」

 レオはそう言ってフローラの右手を取ってキスをしようとする。しかし、ジークハルトが即座にその手を取り返す。
 レオはそんなジークハルトを見て肩を竦めて話しかける。

「何するの。ああ、君の婚約者だっけ? 肝心な時に守ってもあげられない婚約者。」

「……っ! これからは私が守りますのでご心配なく。彼女は私が連れて帰ります。」

 ジークハルトがとんでもないことを言う。フローラはユリアン邸で今公演に向けての特訓の真っ最中だ。それに……。
 フローラは以前ジークハルトに話したことを繰り返す。

「ジークハルト様、以前お話した通り、わたくしが戻ると侯爵家の外聞に関わります。契約のことだって」

「契約……? なにそれ。」

 レオがフローラの言葉を遮るように、フローラとジークハルトに尋ねる。

「チッ。」

 ジークハルトが舌打ちをする。ジークハルト様、仮にも王子殿下ですよ……。
 フローラはジークハルトの顔を窺いながら、レオに説明しようとする。

「それは……。」

 これ言っちゃっていいのかしら……。ちらっとジークハルトの顔を見るがそっぽを向いて黙ったままである。
 どう説明しようかフローラが悩んでいると、一人の騎士が部屋に入ってきて敬礼をする。

「下の階の魔術師の一味は馬車に乗せました。魔術師を今から連行します! 先に王城に戻ります。」

 騎士はそう言うと、他の騎士と3人がかりで、縛り上げている魔術師を連れて出ていった。
 フローラはふと疑問に思い、ジークハルトに尋ねる。

「そういえばジークハルト様はどうしてここが分かったのですか?」

「話せば長くなるのだが、君が騎士団に預けたリタ嬢に晒してもらった素顔を、捜索に加わる騎士全員で覚えた。君がリタ嬢に変装していると予想されたからだ。そして騎士達でリタ嬢に変装する君を捜索していた。ああ、リタ嬢が君たちのことを話した訳ではない。私や団長は君のやろうとしていることが大体想像がついたからね。」

 自動人形オートマタの時のようにね、とジークハルトは小さく付け加える。
 なんということだろう。最初からばれていたのか……。

「そして、カフェにいるリタ嬢の姿の君を、部下が見つけて追跡していた。部下は殿下の尾行には気づかなかったようだが、私は、動いているのは君一人ではないと予想していた。前の時も対策はしていたろう?」

 たしかに自動人形をおびき出そうとした時は、ダニエルに尾行を頼んでいた。

「では、わたくしが拉致される寸前に尾行していたのは……。」

「ああ、それは部下のハンスだ。君が拉致されたのを見て急いで尾行し、魔術師の隠れ家を特定してから報告に戻ったので、少々時間がかかってしまった。間に合わなくてすまなかった……。」

 ジークハルトが痛ましげにフローラの傷ついた右手を見る。

「そんなの、わたくしが勝手にやったことですから、ジークハルト様が気に病む必要はありません。危ないことはするなと言われていたのにも拘らずです。……心配かけてごめんなさい。さぞやお怒りでは……?」

「少しは怒っている。だが……。」

 ジークハルトがゆっくりとフローラの肩を抱き寄せる。

「こうやって君にまた会えただけで今は十分だ。本当に無事でよかった……。」

「はいはい、ちょっといいかな?」

 フローラとジークハルトの間にレオが割って入る。

「俺、契約のこと聞いてないんだけど。」

 ああ、そうだった。レオ、忘れてなかったのね。

「わたくし達は、お互いの利点のために契約を交わしたのです。わたくしは女優の夢を叶えるために王都に住みたくて、ジークハルト様は他家からの縁談を回避するために、わたくし達は婚約をしました。で、いいんですよね? ジークハルト様。」

「あ、ああ、そうだな。」

 ジークハルトは何やら考え込んでいるようだ。
 フローラの言葉を聞いて、レオが口を開いた。

「じゃあ、君たちの間には恋愛感情はないってことでいいのかな? ジークハルト。」

「それは……。」

 ジークハルトが言い淀む。

 フローラはふと思い出す。ジークハルトはバウマン領の実家に挨拶に来た時に、「わたしは君を愛することはない。」と、フローラにはっきりと言っていた。
 それにイザベラで一緒に食事した時に、「妹のようなものだと思っている」とも、フローラが幸せになるなら「恋人ができても構わない」とも言っている。だからきっと妹のように大切に思っていてくれるのだろう。
 今まで一緒にいて、ジークハルトが自分を大切に思っていてくれるのは感じていた。でも、今のフローラは、自分の、本当の気持ちを自覚している。

(わたしは、ジークハルト様が好き。そして大切に思っている。幸せになってほしい。)

 フローラは自らの気持ちを告げるべく口を開く。

「……わたしは、」

「あー、フローラ、君の気持ちは分かってるからいいよ。ねえ、ジークハルト。もし彼女を幸せにしたいなら、彼女のことを愛する男と結ばれるべきだと思わない?」

 レオはフローラの言葉を遮るようにジークハルトに問いかける。レオの深い紫の瞳は、ジークハルトを射抜くような鋭い光を湛えている。

「彼女の気持ちはまだ俺にはないかもしれないけど、俺なら彼女の好きなことをさせてあげられる。俺は王位争奪に加わるつもりもないし、爵位も辞退するつもりだ。何といっても俺は彼女が好きだ。彼女が手に入るなら王位も爵位もいらない。だから……。」

 レオは一度フローラをちらりと見て妖艶に笑いかけると、笑みを浮かべたまま再び鋭い視線をジークハルトに向ける。

「だから、俺にフローラをちょうだい。君ならいくらでも相手はいるでしょ。」

 え、ちょっと待って。そんなことは初めて聞いた。そんな素振りあった? わたしのこと、殺し屋を釣るための囮にしたわよね? さっきのキス未遂だって揶揄ってただけでしょ?
 レオの言葉を聞いて、ジークハルトは苦悶の表情を浮かべている。

「………です。」

「「……え?」」

 ジークハルトの言葉が聞き取れず、思わずフローラとレオは同時に聞き返してしまう。

「駄目です。フローラは渡さない……。」

 ジークハルトはそう言うやいなや、フローラの手を引き、強引に部屋から連れ出した。



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