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第3章
30.その男、鬼畜につき
しおりを挟む「動くな。」
後ろから低く冷たい男の声がして、フローラの背筋は震えた。フローラは後ろを振り向こうとするが、がっちり固定されて動けない。ああ、殺されてしまう。
(ジークハルト様……!!)
「お前はなぜリタと一緒にいる。リタはどこだ。」
男の冷たい声にフローラは戦慄を覚える。フローラが男に口を覆われたままでもごもごと答えようとすると、男はその手を少し緩める。
「貴方は誰!? わたしはリタさんの友達よ。貴方が魔術師なの?」
フローラは口に出してから、自分の失言に気がついた。知らない振りをしていた方がよかったかもしれない、と。すると男からは意外な返事が返ってくる。
「俺は魔術師じゃない。君はリタの味方なんだな? 俺は君たちの敵じゃない。手荒な真似をしてすまなかった。」
男はフローラの拘束を緩めると、それまでの冷たく凍るような声を和らげて、話を続ける。フローラは男の方を振り返ってその姿を見る。男は黒のローブを纏い、フードを深くかぶっているが、そこから覗く目は深い紫色だった。男の声には偽りの色は見えない。
「とにかく、一度リタの所に連れて行ってほしい。話はそれからだ。」
「……貴方の話を聞いてからでないと信用できないわ。」
この男の言うことに偽りはなさそうだが、まだ信用に足らない。男をリタの所には連れていけない。
「俺は君たちの味方だ。それに、今リタを一人にするのがどれだけ危険か分からないか? 俺なら彼女を守れる。」
男の言葉を聞いてフローラは考える。確かに、リタを一人にしたのは迂闊だったかもしれない。本当にこの男を信用していいのだろうか。
フローラはフードの間から覗く男の目を見る。やはり嘘は言っていないように見える。いざとなったら、軽業の得意なリタには逃げてもらって、わたしが相手になればいいわ。
安易に信じるのは不用心すぎるかとも思ったが、フローラは、リタを一人にしたことが気になって仕方なくなっていた。
「分かったわ。ついてきて。」
「ああ、少し離れてついていこう。」
フローラは男に頷き、ルーカスのアパートへ戻る。後ろから誰かがついてくる気配はしない。きっと男は気配を消すのが上手いのだろう。
ルーカスの部屋に入ると、リタが相変わらず青い顔でソファーに横たわっていた。
(はあ、無事でよかった……。あの男が変なこと言うから、嫌な想像しちゃったわ。)
「ただいま、リタさん。あの、今から人が来るけど、わたし達の味方らしいから安心して。」
「は、はあ……。」
リタは上半身を起こし、気の抜けた返事をする。1分ほどしてルーカスの部屋の扉がノックされる。フローラは覗き窓からローブの男の姿を確認し、部屋の扉を開ける。
「どうぞ。」
「ああ、失礼する。」
フローラは先程は気づかなかったが、男の所作は恐ろしく綺麗だった。男は纏っていたローブを脱ぐ。
男は、年のころは20代前半といったところか。肩までの黒髪はサラサラで、瞳は深い紫色、背はジークハルトと同じくらいで185センチくらいだろうか。そして驚いたのはその顔立ちである。
フローラはジークハルトと並ぶほどの美形は、ユリアン以外見たことがなかったが、その顔立ちは端正で美しい。その表情には色気すら漂っている。
ジークハルトはどちらかというと凛々しく男らしい顔立ちだが、この青年はもう少し中性的だ。きっと女性に変装しても分からないだろう。
体つきも、細身ではあるががっちりしており、腕もたちそうである。ローブの下の服は街にいる平民の男性の服装だったが、男の気品とのちぐはぐ感が否めない。
(この人、どう見ても平民じゃないわよね。)
フローラが訝しそうに青年を見ていると、青年はにっこり笑って勝手にソファーに腰を下ろした。
「早速説明させてもらう。俺の名前はレオ。この国の人間だが、しばらく帝国に潜んでいたんだ。別に王国の諜報員というわけじゃない。で、帝国で怪しい動きを察知したもので、リタを追ってこの国に戻ってきたというわけ。それで、君の名前は何?」
レオは言いたいことだけ言うと、さあ吐けと言わんばかりに、フローラににこりと問いかける。フローラは内心たじろぎながらも平静に答える。
「わたしの名前はイザベラです。リタさんとは今日のお昼頃洋品店で知り合いました。彼女が具合が悪そうだったので、わたしが病院に連れて行って、それでもまだ調子が悪そうなのでここに引き留めていました。リタさんは彼を知っているの?」
フローラがそう訪ねると、リタは首を左右にふるふると振る。
「いいえ、存じ上げません……。」
リタの返事を聞いて、フローラがレオに対して警戒を強める。この男本当に一体何者?
するとレオはフローラの目をじいっと見て、再び話を続ける。なんだか全てを見透かされているようで怖い。
「リタは俺のことは知らないよ。俺が彼女に接触したら敵が出てこないからね。それでイザベラはどこまで話を聞いたの? さっきの君の警戒の様子を見ると、全部聞いた?」
それはリタのことを囮にしていたということだろうか。フローラはますますレオに対して警戒を強めながら、レオの質問に答える。
「全部かどうかは分かりませんが、大体は聞いてると思います。貴方は彼女を守れると言いましたが、彼女のことはこの国の騎士団に任せるべきだと思います。事情を話せば必ず厳重に保護してくれると思います。信用できる方たちですから……。」
レオの目がきらりと光ったような気がした。レオはソファーのひじ掛けに左の肘を置いて、こめかみをトントンと人差し指で叩く。何か考えているようだ。しばらく考えた後、フローラの先程の言葉に対して答えた。
「君は騎士団と懇意にでもしているのかな? 特別な縁でもあるの? 君の本当の正体は何かな?」
フローラは思わぬ質問に一瞬言葉を詰まらせるが、ぐっと胸を張りレオを真っ直ぐ見据えて平然と答える。
「貴方が本当は何者なのかを教えていただければ、わたくしのこともお教えしますわ。でもそれは今の目の前の問題にとって重要なことではないと思います。今一番問題にしなければいけないのはリタさんの安全の確保ですわ。」
レオはふふっと笑い、フローラに答える。
「リタの安全ね……。確かに君の言う通り、リタをこの国の騎士団に任せたほうが攻めに回れるかもね。分かった。リタは騎士団に任せよう。ただし、一つ条件がある。」
もはや、フローラのレオに対する警戒レベルはマックスである。フローラはレオに対する不信感を隠しもせずに尋ねる。
「条件?」
「俺は魔術師を追っている。そこで君には俺に協力してほしいんだ。」
「協力……?」
フローラは思わずリタと顔を見合わせた。2人の様子など構わずレオは話を続ける。
「リタを騎士団に預けたら、君にリタの代わりをしてほしい。リタの変装、君がやったんだよね?」
今のリタは金髪で顔立ちを変える化粧もしている。すぐに王城に行くつもりだったから、リタの変装を済ませていたのだ。
「ええ、リタさんがリタさんのままでは危ないですから……。」
「じゃあ、君がリタになるのも簡単だよね?」
「……わたしに囮になれと?」
「そういうこと。だけど君に危険はないよ。俺が守るから。」
レオは平然とフローラにそう答える。
俺が守るから、とか言われてもまったくもってときめかない。この男はこの、どこから見てもかよわい令嬢でしかないフローラに、帝国の殺し屋の標的になれというのだ。鬼畜だわ、この男……。
「守るっていっても、実際リタさんは一度魔術師に拉致されましたよね?」
「ああ、でもすぐに殺されないのは分かってたから、様子を見てた。3階から飛び降りたのはびっくりしたけどね。」
ふふっとレオは口に手を当てて笑う。この鬼畜男! 女性が危ない目にあっていたというのに様子を見るとか……あり得ない。
だけど、確かにこのままリタを保護してもらうだけでは、根本的な解決にはならない。魔術師は自動人形の時のように、ただ捜索するだけでは決して捕まらないだろう。
癪に障るが、レオの言う通り、魔術師を捕まえなければ、リタはいつまでも騎士団の保護下から出られない。ただ今の敵の殺し屋を捕まえても、帝国からまた新しい殺し屋が派遣されるのかもしれないけれど。
「分かったわ……。わたしが協力するからリタさんを騎士団に保護してもらいましょう。」
「商談成立だね。まあ君には何の得もないけど、運が悪かったと思って諦めてね。そして、騎士団には俺のことは黙っていてもらう。」
レオがにこっと笑って右手を差し出す。フローラは右手でレオの右手を握って握手を交わす。レオが「よろしくね。」と言った。
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