26 / 60
第2章
26.婚約者です in夜会
しおりを挟むジークハルトに押し切られ、フローラはしぶしぶ夜会に行くことを承諾した。あれから彼はにこやかに話しかけてくる。黙って女優活動をしていることがばれたのになぜ怒らないのだろうか。それが不思議で仕方なかった。
夕方4時くらいに夜会に行くための準備を始める。エマがドレスを準備しながらフローラが安心するよう話しかけてくれる。
「夜会のドレスはフローラ様のサイズぴったりにあつらえてありますので心配ありませんよ。」
「そう……。」
彼女は浮かない表情を浮かべるフローラを心配しているようだ。
「何か気になることでもおありですか?」
「いいえ、なんでもないの。ごめんなさい。」
気を取り直して気遣ってくれるエマに明るく取り繕う。
「私は初めてフローラ様にお会いした時から、ずっとこうして着飾らせてさしあげたかったんですよ。」
フローラの柔らかな蜂蜜色の金髪を梳りながら、優しい笑みを浮かべてエマが言う。
「さあ、できましたわ。とてもお美しいですわ、フローラ様……。」
エマに褒められて自分の姿を鏡で見る。これは……かなりイザベラに近い容貌になっている。髪の色が違うくらいだ。イザベラよりは若干柔らかい印象ではあるが。
髪は緩くハーフアップに編んであり、ドレスは濃い青のAライン。肩から斜めに施された同じ布のフリルがとても美しい。シンプルなデザインだが光沢のある生地の美しさを際立たせたものだろう。フローラにとても似合っている。
そしてネックレスとイヤリングはアクアマリン。ジークハルトの瞳と同じ色だ。ドレスと同系色で大きめの石がついている。薄いブルーなので一見大きな石もバランスよく見える。その透き通るようなブルーがフローラの白い肌によく映えていた。
(こんな素敵なドレスとアクセサリーを着けたのは初めてだわ。婚約を解消するかもしれないのに、こんなものをいただいてもいいのかしら。)
そんなことを考えていると、コンコンとノックの音が聞こえる。
「フローラ、準備はできたか?」
ジークハルトが迎えに来たようだ。
「はい、ジークハルト様。どうぞお入りになってください。」
フローラが入室を許可するとジークハルトが扉を開け部屋に入る。
「………。」
彼がこちらを見て目を見開いたまま固まっている。どこかおかしかったのかしら。フローラでこんなに着飾ったことはないからもしかして似合っていないのかも……。
「あ、あの……。ジークハルト様……?」
「あ、ああ、いや、少し驚いてしまって……。」
驚いて……? それはサーカスで象が玉乗りをして見せた時のような驚きなのかしら……。
「すごく似合ってる。綺麗だよ、フローラ。」
ジークハルトはその美しい目を細めてフローラをさらに見つめる。
(え、え、なんなの。こんな甘い眼差しフローラで向けられたことないんですけど! 恥ずかしいわ! 居た堪れないわ!)
彼の自分を賞賛する言葉を聞いて、顔どころか全身が火照るほど恥ずかしかった。耳まで真っ赤になったのを見て、彼が艶やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「さあ、それでは行きましょうか。婚約者殿。」
そう言ってジークハルトが左腕を差し出す。フローラはその腕にそっと手を添え、彼にエスコートされながら馬車に乗り、屋敷を後にした。
夜会の会場に入る前から心臓がひっくり返りそうなほどドキドキしていた。今まで夜会に参加したことがないわけではない。だが演技の勉強のために人間観察に勤しんでいたこれまでは、なるべく壁に溶け込むように意識して地味に振る舞っていた。
ところが今日はそうはいかない。なんせこの類まれなる美貌と色気を持つ騎士団一、いや王国一のモテ男、ジークハルトにエスコートされて入場するのだ。しかも婚約者として。これが目立たないわけがない。
これまで壁に徹していたフローラには全くと言っていいほど貴族の友人がおらず、殆ど周知されていない自分に「あれは誰だ」くらいの反応が返されてもおかしくはない。
(うう~~~、緊張してきたわ。いっそのことここで引き返したい。)
そんなことを考えているうちに、ジークハルトと腕を組んだまま会場に足を踏み出す。周囲が一瞬しんと静まり返る。視線だけを動かして周囲を見ると、彼に見惚れる女性、自分を観察するように見る男女、明らかに嫉妬と憎しみの視線を向けてくる女性、それからなぜか呆然と顔を赤らめる男性がいた。
そんな状況に居た堪れない気持ちでいっぱいだったが、背筋を伸ばして彼の横に並び、微笑みを浮かべて歩みを進める。顔も足も引きつりそうであった。
そしてジークハルトがまっすぐ一直線に向かう先、そこにはこのハンブルク王国の頂点に立つ人物、アルフォンス王が王妃とともに笑みを浮かべて立っていた。失礼のないように王と王妃の前で跪き頭を下げる。ジークハルトも同じく跪く。
「顔を上げなさい、ジークハルト、フローラ嬢。フローラ嬢は初めてかな。私が王のアルフォンスだ。こっちは王妃のマリーだ。」
王が自分たちに声をかける。王妃はその横で優しく微笑んでいる。
王に促されて立ち上がったあとジークハルトがゆっくりと口を開く。
「陛下、王妃殿下、ご機嫌麗しく何よりでございます。紹介いたします。この女性が私の婚約者フローラ=バウマンです。」
ああ、とうとう言ってしまった。
ジークハルトがフローラの腰を軽く抱き寄せ、王たちに紹介する。
「陛下、王妃殿下、お初にお目にかかります。わたくしはアーベライン様の婚約者でバウマン男爵家の長女フローラと申します。この度はわたくしのような者にお声かけをいただきありがとう存じます。」
美しく見える所作で王と王妃に挨拶をする。王と王妃をこんなに近くで見たのは初めてだった。王はプラチナブロンドに紫紺の瞳の美丈夫で、王妃は亜麻色の髪にエメラルドの瞳を持つ麗しい美女だ。二人の厳かな美しさはまるで後光がさしているようだった。
王と王妃に挨拶を済ませたあと、ジークハルトとフローラは上位貴族に次々と挨拶をする。皆、概ね自分に対しては好意的に接してくれた。
「なんと美しい方なんでしょう。ジークハルト様も隅におけませんわね。」
「アーベライン卿が羨ましい。どこの姫君を連れているのかと思いましたよ。」
大体このようなフローラの容貌を賞賛する言葉を聞くことができた。それを聞いて内心羞恥に悶えていると、ジークハルトは彼らに負けじと囁く。
「本当に今日の君は、その、本当に美しいと思う。もしよかったら、1曲踊らないか。」
彼にしては誘い方が不器用な気がする。こんな方だったかしら。イザベラに対しては詠うように褒め言葉が出ていた気がするのだけれど。
「喜んで。」
彼の誘いを受けにっこり微笑んでその手を取った。会場に流れてきた音楽に合わせてジークハルトはフローラの手を引きリードする。背中に回された彼の手が熱い。彼と手を触れ合わせていると、なんだかそこから温かいようなドキドキするような、今まで感じたことのない感情が沸きあがるのを感じた。2人で永遠に揺蕩っているかのような夢見心地のステップは曲が終わると同時に覚めてしまう。
ジークハルトのもとには次々に女性たちからダンスのリクエストが相次ぎ、彼は彼女らに囲まれて身動きが取れなくなっている。可哀想だけどちょっと飲み物でももらってこようかしら。
そう決めて会場の端に設置されているテーブルへ向かう途中何やら見知らぬ貴族の男性が話しかけてくる。
「お嬢さん、よかったら私と1曲踊っていただけませんか?」
「いえ、わたくし足が痛くて少し休もうかと思っていたのです。」
「それなら私がお連れしましょう。」
「いえ、しばらく座れば大丈夫ですから。」
などという押し問答を何セット繰り返しただろうか。ようやく飲み物のテーブルまで到着することができた。ようやく落ち着いてふうっと溜息を吐きグラスを取ったあと数人の令嬢がこちらへ近づいてくる。
ジークハルト絡みで何か言われるのかと笑顔で構えていると令嬢の一人が口を開いた。
「貴女はジークハルト様の婚約者でいらっしゃいますの?」
「ええ、そうです。」
「私はベルンシュタイン伯爵家のクリスティーナと申します。貴女とお近づきになりたくて声を掛けさせていただきましたの。」
「そうだったのですか。わたくしはバウマン男爵家のフローラと申します。こちらこそよろしくお願いいたします、クリスティーナ様。」
若干肩透かしを食らったが揉め事はないに越したことはない。だが自分はどうにも貴族社会の事情に疎い。適当に相槌を打って笑顔を浮かべながら聞き役に徹することにする。令嬢たちのうちの一人がクリスティーナに話しかける。
「そういえばご存知です? リンデンベルク子爵家のご長男の話。なんでも道ならぬ恋に夢中になられて、婚約者がいらっしゃるのにそのお相手と駆け落ちなさろうとしたとか。」
「まあ、ステ……ひどい話ですわね。そのお相手って?」
「それが隣国から来ていた女優さんらしいんですの。それで彼は婚約破棄の上に廃嫡されてしまったんですって。おまけにその彼女とも引き裂かれて、リンデンベルク家は醜聞の後始末に追われているそうですわ。」
「まあ、そうですの。お気の毒に。」
それを聞いた別の令嬢が口を開く。
「やっぱりそういう職業の方って性に奔放というか、ご自分の美貌の使い方をよく心得てらっしゃるんじゃないんですの? なんだか卑しいですわね。」
彼女の言葉を聞いて目の前が暗くなる。……ああ、やっぱり貴族の中では女優とはこういう評価なのだ。ジークハルトが子爵家の長男と同じようなことを言われたらと思うと胸が締め付けられるように苦しくなった。
0
お気に入りに追加
415
あなたにおすすめの小説
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
夢の続き ~フローラバウマンには夢がある 番外編~
春野こもも
恋愛
マインツ王国である犯罪に巻き込まれ行方不明になるジークハルト。フローラは彼の捜索に乗り出します。
一方ジークハルトは手がかりを掴むために敵の本拠地で秘密裏に捜査を開始します。そこに現れた二人の女性。彼女たちは一体誰なのか?
今回の主人公はジークハルトです。サブタイトルに注釈がない限り全てジークハルト視点となります。
本作はミステリー要素の濃い作品となっています。予めご了承ください。
そして『フローラ=バウマンには夢がある』の番外編になります。ぜひ先に本編をご覧ください。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる