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第1章

11.会いたくなかった人

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◆◆◆ <ジークハルト視点>

 イザベラと食事をした翌日、ジークハルトは登城してすぐに部下たちと王都の街における警邏体制の見直しをしていた。

 しばらくしてから面会の申し出があり報告のあった城門のほうへ向かう。
 そこにはブルネットの髪を高く結い上げた、グラマラスな妙齢の美女が待っていた。故ベーレント伯爵の未亡人であるアンネリーゼだ。彼女はジークハルトがお互いに気が向いたら一緒の時間を過ごす、所謂いわゆるプライベートなつきあいのある女性であった。

 彼女は彼の姿を見つけると、アメジストの瞳を輝かせて微笑みを浮かべ手を振った。

「ジーク様、ごきげんよう。」

「アンネリーゼ、どうしたんだ?」

「ずっとお顔を拝見してなかったし、貴方からのお誘いがなくて寂しかったからわたくしから会いにきましたの。もしよかったら今夜一緒にお食事しません?」

「ああ、アンネリーゼ、すまないが……。」

 彼女の誘いに対してなんて言っていいものか、と言葉を選びながら話を続ける。

「今まで君との時間を持たせてもらって感謝している。だが今後君とは会うことはできない。」

「あら、婚約者様に怒られちゃったのかしら?」

「いや、そうではないのだが……。」

「んもう、憎い人ね。そんなに大事にされてる婚約者様が羨ましいわ。いいわよ。こう見えてもわたくしモテるんだから。」

 そういって拗ねた様子を見せながらも彼女は笑みを浮かべて答える。
 どうせお互いに気が向いた時だけの関係だ。何か勘違いをしているようだが特に訂正する必要もないかと思い話を続けた。

「アンネリーゼ、君の幸せを願っている。」

「ジーク様もお幸せに。でもわたくしより幸せになるのは許しませんわよ。さよなら、ジーク様。」

 ジークハルトはアンネリーゼを見送り、そっと溜息を吐いた。
 縁談を撥ね退けるためにフローラと婚約した。そしてイザベラに誠を尽くすために彼女たちとの関係を断とうとして意図せずまたフローラをスケープゴートとしている。

(ふっ、一つや二つ嘘が増えたところで罪悪感など今さら過ぎるな。あんな契約をした私をフローラも最低の男だと思っていることだろう。)

 自嘲しながら仕事に戻り、彼女たちのことを考える。
 他の女性との関係を清算し、イザベラに対して誠実でありたい。最初から彼女みたいな女性が現れると分かっていたら婚約もしなかっただろう。

 かといってこんな理不尽な契約を受け入れてくれたフローラを断ち切ることはしたくない。彼女が望まぬ限りは婚約の解消などしないし、彼女には幸せに過ごしてほしい。
 ただ情報収集のために諜報活動の標的である女性との接触をやめることはできないが……。

 そしてその後ジークハルトは、アンネリーゼのようなプライベートで仲良くする女性たちとの関係を片っ端から清算していくこととなった。



◆◆◆ <フローラ視点>

 一方フローラは明日からの舞台出演のために、いつもよりも気合を入れて練習に励んでいた。いつも頑張ってはいるが、何しろ目の前にあるのは幼いころから夢にまで見た舞台出演だ。フローラのモチベーションは最初からクライマックス状態だった。

「ユリアンさん、どこか気になるところはないですか? あれば何かアドバイスをください。いよいよ明日なので不安で……。」

「大丈夫よ、イザベラ。貴女は貴女だけの『マリア』を演じればいいのよ。私は貴女の『マリア』好きよ。自信を持ちなさい。」

「あ、ありがとうございます。」

 フローラはユリアンの言葉に勇気をもらい、さらに一心に練習に励む。
 今日は初舞台の前日ということもあるので、ぜひもう一度公演の様子を見ておきたい。そう思ってユリアンに観劇の許可をもらっていた。

 そして練習を終え、夕食のあと皆で馬車に乗りあい劇場へ向かった。



◆◆◆ <ジークハルト視点>

 ジークハルトは仕事のあと、とある場所で女性と待ち合わせをしていた。軍部の上官であるノイマン伯爵の娘、ゲルダである。
 最近ゲルダが特定の業者から賄賂をもらい、不正に癒着して軍用品の横流しをしているという噂がある。素直に彼女が話すとは思えないが何とか手がかりがほしいところであった。

「お待たせしてしまったかしら。ごきげんよう、ジーク様。」

「いえ、お待ちしている間も貴女のことを考えていたので、すっかり時間のことなど忘れてしまっていました。」

「もう、お上手なんだから、ジーク様ったら。」

 そう笑いながら答えて、彼女は差し出された腕に胸を寄せてすり寄る。

「ずっと前からご令嬢たちからとても人気のある貴方に一度お会いしたいと思っていましたの。」

「私もずっと貴女のことが気になっていたのですよ。」

 艶然と令嬢と会話を交わしながらジークハルトは考えていた。できればこんな日はイザベラに会いたくないのだが。
 などと盛大なフラグを立てながら街中へ馬車で向かう。とあるカフェの前で馬車を降りて扉を開け、エスコートするためにゲルダに手を差し出す。そして彼女がその手を取って馬車を降りたところで後ろから声をかけられた。

「ジークハルト様……?」

 恐る恐る声の方を振り向くと、そこにはきょとんと首を傾げてこちらを伺うイザベラの姿があった。
 ああ、そんな姿も可愛らしい……。と、そんなことを考えている場合ではなかった。訝しそうにイザベラの方を見るゲルダ。
 不穏な空気を感じつつも平然と振る舞いイザベラに挨拶をした。

「ああ、イザベラ嬢。こんばんは。」

「こんばんは、ジークハルト様。」

 イザベラはゲルダを見て言葉を続けた。

「まあ、なんてお美しいご令嬢なんでしょう。ジークハルト様も隅におけませんわね。流石ですわ。それではわたくしは用事があるのでこれで失礼させていただきますわね。」

「ああ、また今度。」

 今度なんて本当にあるのか……と内心絶望に打ちひしがれながら、ジークハルトは去っていくイザベラの背中を切なさを隠しつつ見送った。だが今は機嫌を損ねるわけにはいかないと思い、笑顔を作りゲルダに話しかけた。

「彼女は親戚のお嬢さんなんですよ。彼女も貴女の美しさに驚いていたようだ。」

「まあ……。美に見識が高いところなんてさすがジーク様の血筋の方ね。」

 ゲルダは再びジークハルトの腕に体を寄せた。先程去っていったイザベラのことを考えると内心やるせない感情が渦巻いていた。それからゲルダと二人でカフェの入口をくぐった。



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