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第1章
8.それぞれの気持ち
しおりを挟むフローラの目の前に立っていたのは、長身でふわりとした金髪にアイスブルーの瞳をもつ美貌の人だった。
(なぜこんな所に……!)
その姿を目にして思わず目を逸らしてしまう。そしてフローラを羽交い絞めにしたまま背中の男が口を開く。
「なんだ、お前は? 俺は今から彼女とデートするんだよ。邪魔すんな。」
「……あぁ? とてもそんなに仲良さそうには見えないがなぁ。」
そう言って目の前の美丈夫、ジークハルトは倒れている二人の男をちらっと見たあと、つかつかと近づいてきてフローラを拘束する男の腕を掴みぎりぎりと握り締めた。
「痛え、や、やめろ……!」
「彼女を放したら腕を離してやるよ。」
男はフローラを放し、掴まれた腕を解放されるやいなや、すぐにジークハルトに殴りかかってくる。
「……こんの野郎っ!!」
彼はそれを予想していたかのように男の拳を横に躱しつつ素早く剣を抜いて男の眼前にその切っ先を突きつける。
「このまま仲間ともども大人しく捕まるか、それともここで串刺しにされるか?」
「うっ……。わ、分かった。分かったから頼む、殺さないでくれ……。」
剣の切っ先を突きつけられて、怯えた男は両手を揚げてへなへなと座り込んだ。
しばらくすると数人の騎士が駆けつけてきて、男たちを捕縛して連行していった。そして路地の入口のほうから先ほど逃がした女性が姿を現し、恐る恐るフローラに話しかけてくる。
「あ、あの、大丈夫でしたか……? 先程は助けていただき、本当にありがとうございました。貴女のお陰で助かりました。」
彼女は深々と頭を下げ、フローラに礼を言う。どうやら彼女がジークハルトたちを呼んでくれたようだ。
「ええ、大丈夫よ。助けを呼んでくれてありがとう。」
フローラはにこりと微笑んで彼女に答え、ジークハルトに向き直り深々とお辞儀をしてお礼を言う。
「騎士様、危ないところを助けていただきありがとうございました。」
「……いえ、怪我はないですか?」
彼の言葉にゆっくりと顔を上げて笑みを浮かべながら答える。
「ええ、お陰様で大丈夫です。ではこれで……。」
「いえ、夜道は危ないのでご自宅まで送りましょう。」
「……どうかお気遣いなく。」
できれば早くこの場を離れたい。ジークハルトに変装がばれないかとても不安だった。
その場にいたもう一人の騎士が助けを呼んでくれた女性を連れて離れていく。事情を聴くか家に送ってあげるかするのだろう。
ジークハルトを見てみると、なぜか口を噤んだままじっとこちらを見ている。一体何を言われるのだろうかとびくびくしていた。
「あの……よかったら貴女の名前を聞かせていただけませんか?」
ジークハルトの言葉を聞いて、自分のことはばれていないと安堵し艶然と答えた。
「イザベラと申します。」
(なんて美しい人だろう……。)
ジークハルトは目の前の女性を見て激しく心を動かされた。美しいだけの人なら今までいくらでも出会った。だが、仕草、表情、身に纏う雰囲気の全てがジークハルトの心をどうしようもなく惹きつける。特にその蜂蜜色の瞳の美しい輝き……。蜂蜜色……?
その瞳に何か記憶に引っかかるものを感じながらももう少し彼女と一緒にいたいと願った。
「イザベラ……。」
思わず呟いてしまった。とにかく彼女ともう少し話したい。
「……なにか?」
「あ、いや。……やはり一人では帰せません。どうか私に送らせてもらえませんか?」
「……それでは近くに住んでいる友人のアパートまでお願いできますか? 今日はそちらに泊まりますので……。」
「分かりました。ではお送りしましょう。」
そう言って腕を差し出すと、イザベラは少し戸惑った様子を見せ、遠慮がちにそっとその手を添えた。
彼女に怪我がなくて本当によかった。この人があいつらの毒牙にかかったらと想像しただけで怒りが込み上げてくる。
それにしてもイザベラはジークハルトに全く関心がないようだ。自分に対する淡泊さがどこかの誰かみたいだ。
自分の隣で真っ直ぐ前を向いて歩く彼女をこっそり見る。長い睫毛の下で美しい蜂蜜色の瞳がきらきらと潤んだように輝いている。
彼女と少しでも何か話そうと言葉を紡ぐ。
「こんな時間に何をされていたんですか?」
「今日はお芝居を見たあと友人の家に向かう途中で、先程の女性の悲鳴が聞こえたものですから思わず首を突っ込んでしまいましたの。」
イザベラがフフっと笑って答えた。……ああ、やはり魅力的だ。
「あの男たちのうちの二人を倒したのは貴女ですよね? 女性にしては腕はたつようですが、あんな場面で男たちに立ち向かっていくのは危ないですよ。」
「そうですね、お転婆でごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまいました。自分の身を守ることくらいはできると思っていたのですが、不覚でしたわ……。」
イザベラはそう言うと悪戯が失敗したような少し幼げな表情を見せた。……ん? 彼女の表情がなんとなく記憶のどこかに引っかかる感じがする。
「失礼ですが、以前どこかでお会いしたことがありませんか?」
「……いいえ、わたくしの記憶にはございませんわ。もしかしたらどこかですれ違うことくらいはあったかもしれませんけれど。」
「そうですか……。」
そうこうしているうちに目的のアパートの入口に到着する。くそ、近すぎる。それにしても彼女の友人とは男だろうか。とても気になる。
「部屋の前まで送りますよ。」
「いえ、ここで結構ですわ。本当にありがとうございました。」
「あの……もしまた逢えたら、今度はお茶にお誘いしてもいいでしょうか。」
「……ええ、もしまた逢えたら。」
クスッと笑って彼女はアパートへ入っていった。
彼女の姿が見えなくなるまで入口でじっとその背中を見送り、ジークハルトは彼女との再会を祈りながら城へ戻ることにした。
はらはらしたわ……。ジークハルトと表面的には平然と会話を交わしながら、内心はドキドキバクバクで冷や汗ものだった。
アパートの2階へ上がり部屋をノックすると、ルーカスが扉を開けてくれた。
「おかえ……。ん、どなたですか?」
「わたし、フローラよ。イザベラって呼んでくれてもいいわよ。」
「おいおい、こりゃまた……! 随分化けたな。それにしても今日はだいぶ時間が遅いが大丈夫なのか?」
「うん、急いで化粧を直してお屋敷に帰らないと。あ、テーブルのオレンジはお土産よ。ルーカス、これからもよろしくね。」
ちゃっかりしてるなあ、と呟くルーカスに、フローラは笑って返した。そして急いで着替えて化粧をなおし、彼に別れの挨拶をして部屋を後にする。
そしてアパートを出てすぐに馬車を拾い屋敷へ戻った。
「ただいま戻りました。遅くなってごめんなさい。ジークハルト様はお帰りですか?」
「おかえりなさいませ、フローラ様。旦那様は本日はまだお帰りになっていません。」
「そう。ではわたくしは先に休ませていただきますね。」
オスカーと話した後、フローラは自室へ向かった。よかった……。ジークハルト様はまだ帰ってなかった。
ルーカスのところでお風呂まで借りるわけにはいかないから移り香は落とせない。フローラは変装前も変装後も香水はつけないのだが、いろんな人と交流しているうちに他人の香りが移っている可能性がある。入浴前に彼に会うのは危ない。
フローラは急いで入浴を済ませ、鏡の前に座って髪を梳りながら考える。
(ジークハルト様のあの様子を見る限り、どうやらイザベラに関心を持たれたようだわ。困ったわね……。下手に興味を持たれると秘密が露呈する危険度が上がるわ。それにしても彼は本当に女性が好きなのね。)
ジークハルトは今のフローラにとっては保護者のようなものである。だけど今朝の朝食のとき彼からかけられた優しい言葉を思い出すと、なんだか胸がもやもやする。
自分だって秘密があるのだからともやもやに蓋をして、フローラは今日もふかふかのベッドに身を沈めた。
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