4 / 60
第1章
4.オーディション
しおりを挟むフローラは、ルーカスのアパートを出たあと、雑誌に掲載されていた劇団員募集をしている劇団の拠点へ向かう。そこはアパートから30分ほど歩いた先にある町はずれの大きなお屋敷だった。
貴族のお屋敷なのかしら……。不安になりながらも恐る恐る入り口の扉を叩く。
「こんにちは、劇団員募集の広告を見てきました。」
しばらくすると中から、金髪の長い髪を背中で括った見目麗しい30才くらいの若い男性が出てきた。
「あら、いらっしゃい。俳優希望の方ね。どうぞ中に入って。」
「はい、失礼します。」
初めて出会うそっち系の男性に少々驚いたが、顔に出さないように気をつけながら彼の後をついていった。
エントランスを抜けてすぐの応接間に案内されてソファに座るよう促される。そして彼が向かいに座り話し始める。
「私の名前はユリアンよ。貴女の自己紹介をお願いしてもいいかしら。」
「はい。わたしの名前はフローラです。年齢は16才です。役者の経験はありませんが、小さい頃からお芝居を演じるのが夢でした。ぜひわたしを団員に加えてください!」
そう言って立ち上がり彼に向かって深々とお辞儀をした。絶対断られるまいと必死である。
ユリアンはそんなフローラを見ながら微笑んで言った。
「そう。それじゃオーディションをしましょう。奥にスタジオがあるからついてきてくれる?」
そう言ってフローラを連れて部屋を出たあと、ユリアンはスタジオへ行く途中の別の部屋にいた人たちに声をかけた。
「ちょっとこの子のオーディションをするから何人かスタジオに来てちょうだい。」
奥のスタジオはエントランスホールほどの大きさの、剥き出しの木床の天井の高い大きな部屋だった。
そこにユリアンを含め4人ほどの男女が集まり、部屋の真ん中に立つように促された。
「今まで見た舞台で貴女の好きだった役を、何でもいいから演じてみてちょうだい。」
そう言ってユリアンはフローラから少し距離を取り、彼女をじっと見守る。
彼の要求を受け、あの小さい頃に見た舞台で自分が一番好きなセリフを、一言一句違わず、まるで舞台に立っているかのように演じ始める。ユリアンたちはそれをただじっと厳しい眼差しで見ていた。
そうしてとうとう最後まで演じきったあと、ユリアンたちに向かって深くお辞儀をしてゆっくりと顔を上げ、「ありがとうございました。」とお礼を述べる。それから一拍おいてユリアンが口を開いた。
「……うん、ごめんなさいね。少しだけ様子を見て終わるつもりだったんだけど、面白くってついつい見入ってしまったの。結論から言うと……たいしたものね。今まで一人で勉強していたの? 本当に役者の経験はないの?」
「はい、ありません。でも小さなときに見たお芝居にすごく感動して、ずっと一人芝居で練習していました。このお芝居しか知らないのですけれど……。」
「そうなの……すごい情熱ね。一度見ただけであれだけの台詞を覚えているのも大したものだけど、感情の見せ方もすごく研究しているのが分かるわ。貴女さえよければいつでもうちの劇団に来てちょうだい。なんなら今日からでもいいわ。公演の期間中は大体お昼はここで練習して、夕方からは劇場でリハーサルの後公演をしているの。今公演しているのは『薔薇よりも美しい君を攫いたい』、略してバラキミね。」
「っ……! ありがとうございます! ぜひよろしくお願いします! ……あの、実は家の者は内緒にしているので劇団ではイザベラと呼んでいただいてもいいでしょうか。」
「ええ、いいわよ。この劇団で本名を名乗るものはほとんどいないのよ。訳ありの子たちが多いから。私はここの演出と俳優をやっているの。よろしくね。」
ユリアンにお礼を言ったあとはそのままスタジオに残り、バラキミの舞台の練習に加わらせてもらった。
夕方になり公演が始まる前に侯爵邸に戻ることにした。ユリアン邸を出たあとルーカスのアパートに向かって着替えを済ませ、そのあと馬車を拾って侯爵邸に戻った。
「ただいま戻りました。遅くなってごめんなさい。」
「おかえりなさいませ、フローラ様。あと30分ほどいたしましたら夕食のお声かけをさせていただきますので、それまではお部屋でごゆっくりなさってください。」
オスカーが優しく微笑んで答えてくれた。そのあとフローラは部屋に戻り、ソファーに腰かけ今日の出来事を振り返る。
(今日は思っていたよりもいろんなことがうまくいって、なんだか怖いくらいだわ。ジークハルト様はまだ帰ってらっしゃらないみたい。きっとお仕事がお忙しいのね。あまりお会いする時間はないかもしれないけれど、お顔を拝見できるときにはなるべく良好な関係を築けるようにしよう。)
そんなことを考えているうちに、夕食の声がかかったのでダイニングへ向かった。今夜も一人きりの夕食である。だが豪華な夕食を食べながら頭に浮かぶのは劇団のことだけであった。
(明日は公演も見せてもらおう。季節に一度、1か月だけ夜の公演をするという話だった。わたしが今の公演期間中に出演することはきっと無理よね。ああ、でもこれからのことがすごく楽しみだわ!)
昔お芝居を見たときの感動を思い出して心が奮い立つ。
フローラは食事を済ませて部屋へ戻り、またもや今日の感慨に耽りながら入浴を終えた。
そして寝衣に着替えベッドに入ると、今日一日練習して覚えた台詞を暗唱しながらいつの間にか眠ってしまっていた。
0
お気に入りに追加
416
あなたにおすすめの小説
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
「番外編 相変わらずな日常」
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる