聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも

文字の大きさ
上 下
88 / 96
第7章

86.ワタルの選択

しおりを挟む

 城の地下牢でエメリヒはクロードの姿を見て目を瞠る。口は驚きのあまり開かれたままだ。その姿を凝視して唖然としているようだ。そして震える唇を開いて問いかけた。

「お、お前はクロードか……?」

 エメリヒの問いに対しクロードは複雑な表情を浮かべたまま頷き、ゆっくりと口を開いた。

「ああ、俺はクロードだ。久しぶりだな、エメリヒ……。30年前お前の信頼を裏切りミーナを連れて逃げたことについては申し訳なかったと思う。そしてそのことでお前がそれほど苦しんでいたなら気の毒だったと思う。だが俺もミーナも好きでこの神殿に連れてこられた訳じゃない。それにお前が傀儡にしようとしたセシルは俺の孫でもあるんだ。お前が俺たちにしたこともセシルにしたことも、そしてこれまでの勇者や聖女にしたことも許せない」

 クロードの言葉にセシルは驚く。彼はエメリヒが狂ってしまった切っ掛けになったことについては申し訳なく思っていたのか。
 その言葉を受けエメリヒは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ顔を逸らして答える。

「もう全て終わったことだ……。私は今でもお前が憎い。ミーナも憎い。その孫であるセシルもだ。お前たちにしたことについては私は後悔していない。もう行ってくれ。私は早く死にたい。疲れてしまった」
「エメリヒさん……」

 これ以上自分たちがこの場に居ることはエメリヒを苦しめるだけかもしれない。そう思ってセシルは彼に別れの言葉を継げる。

「おばあちゃんがここに居たとき大事にしてくれてありがとうございました。そしてお話を聞かせてくれたことも感謝しています。それじゃ行きますね」
「……」

 エメリヒは顔を逸らしたまま何も答えない。セシルが立ち上がってクロードとともにその場を立ち去ろうとしたときふとエメリヒが口を開いた。

「ミーナは……」

 セシルは立ち止まり再びエメリヒのほうへ振り返る。そして彼から紡がれる次の言葉を待った。

「ミーナは元気か……?」

 セシルはその言葉を聞いたときになぜか胸が苦しくなった。目の前の男に抱いてはいけない感情を抱いてしまいそうだった。あんなに怖い目にあわされたのに、彼の表情に僅かに人間らしい感情を見つけて戸惑ってしまう。

「おばあちゃんは元気です。貴方の気持ちは必ずおばあちゃんに伝えます。だからどうか……」

 死にたいなどと口にしないでください。セシルはその言葉を最後まで紡げなかった。
 エメリヒはセシルの言葉を聞いて、ほんの少しだけ口角を上げて呟く。

「そうか……」

 それきり黙り込んでしまったエメリヒに対してセシルは少しだけ頭を下げて、クロードとともにその場をあとにした。




 地下牢を出て神殿のクロードの部屋へと戻ってきた。ソファに座ったあと彼は腕を組んで何かを考え黙り込んでいた。

「おじいちゃん、どうしたの?」

 セシルが問いかけるとクロードがはっと我に返ったようにセシルを見て口を開いた。

「セシル、エメリヒがお前にした所業は許せないが、その行動の原因となった一端は私たちによるものだ。怖い思いをさせてすまなかった」
「ううん、わたしはいいの。怖かったけど彼の行動の理由が分かったから。エメリヒさんに面会させてくれて、そしてついてきてくれてありがとう」
「いや……。奴はああ言っていたが、俺はエメリヒがずっと昔からミーナを愛していると思っている。俺たちが逃亡したことであいつを狂わせてしまったんだ。それでもあいつがやったことが許し難いのに変わりはないが」

 クロードが責任を感じているようだ。エメリヒの話を聞いた限りでは、今現在の彼のおばあちゃんに対する気持ちはよく分からなかった。憎悪なのか執着なのか愛なのか。
 だけど少なくともおばあちゃんが神殿にいた8才のときから逃亡するまで9年間、彼なりにおばあちゃんを大切にしていたのだと分かった。そのことについてクロードも思うところがあるのだろう。そしてここからは自分が口を出していいことではないことくらい分かっている。

 そして王都民に対して彼が申し訳なく思っていて、彼自身どうすることもできなかったということも分かった。ディアボロスが顕現してしまったのは奴自身の姦計によるものだ。エメリヒが召喚しようと思ってした訳ではない。
 都民の気持ちを考えると口には出せないが、彼には生きてほしいと思った。

 クロードが何だか感心したようにセシルに話す。

「しかし、お前は本当にしっかりしている。そんなに幼いのに……。そうならざるを得なかったのは大人である私たちの責任だな。これからはもっと我儘を言っていいからな」

 クロードが自分を甘やかそうとしている。セシルはなんだかそれがくすぐったくて、でも嬉しかった。彼の口から「これからは」という言葉を聞いて、これからずっと一緒に暮らせるんだという実感が湧いた。

「ふふっ。ありがとう。おじいちゃん、もう一つ相談したいことがあるんだけど」
「なんだ?」

 相談したかったことのもう1つ、ケントのことをクロードに相談しようと思っていた。このままケントをなす術もなく神殿に寝かせていて、もし彼の容体が急変してしまったらと思うと気が気ではなかった。

「ケントのことなんだけど……。わたしたちが彼に対してできることはもうない。でもどうにかして彼を助けたいの。おじいちゃんなら何か分かるんじゃないかと思って……」
「ふむ……」

 クロードは腕を組んで瞑目しつつ考え込む。そして静かに目を開けて話し始めた。

「それについては私に考えがある」
「考え……?」

 セシルがそう聞き返したときだった。コンコンと扉をノックする音が聞こえワタルの声がした。

「ワタルです」
「入れ」
「失礼します」

 ワタルが扉を開けて入ってきた。なんだか少し疲れた顔をしている。そして彼はセシルを認めて軽く一礼し、口を開いた。

「お呼びでしょうか?」
「ああ、座ってくれ」

 クロードとセシルが対面に座っていたのでワタルは遠慮がちにセシルの隣に座る。
 ワタルが座るのを待って、クロードはゆっくりと話し始めた。

「ここへ呼んだのはお前の意向を確認するためだ」
「僕の意向?」

 ワタルが聞き返すとクロードが頷いて再び話を続ける。セシルは二人の会話を見守る。

「実は1週間ほど前、私はある男が異世界への扉を開く鍵を握っているとの情報を手に入れた」

 セシルはクロードの言葉を聞いて驚いてしまう。異世界への扉……そう聞いて思い出すのは1人しかいない。
 そして思わずクロードに聞き返してしまう。もしかしてそれは……。

「ベックマン?」

 セシルの言葉を聞いてクロードは驚いたように目を瞠った。そして答える。

「そうだ。セシルがそれを知っているとはな。まさか実験場でベックマンを亜空間へ放逐した冒険者というのはお前たちか?」
「うん。実は……」

 そう問いかけるクロードに、セシルは転移魔法陣の事件の経緯の説明をする。ダンジョンと強力な魔物の棲家が転移魔法陣で繋がったこと。それが異世界へ憧れたベックマンの仕業だったこと。そして実験場の戦い。その結果偽ケントがベックマンとともに不完全な異世界への扉を潜ったこと。その全てを詳細にクロードに説明した。

 ワタルは静かにセシルの話を聞いていた。だが彼はその話の内容に途中で目を丸くして驚いていた。そして話が終わると顎に手を当て静かに何かを考え始めた。
 全ての説明が終わったあとクロードが感心したように答える。

「ふむ、そうだったのか。セシルには驚かされてばかりだ。お前たちは本当に強いのだな。まあ無事でよかった」

 そう話すクロードに、セシルは温かい気持ちでいっぱいになる。そして偽ケントのことを思い出して切なくなる。

「最後わたしは何もできずに人形マリオネッタのケントに救ってもらっただけだもの。運がよかったんだよ。それでベックマンがどうしたの?」

 セシルの問いにクロードは再び真剣な表情で話し始めた。

「ああ、そうだったな。私はその情報を得て共和国の首都ランツベルクへ向かった。ちょうどお前たちと神殿で会ったその1週間ほど前だ」

 ああ、なるほど。セシルが初めて神殿を訪れたときに、エリーゼがハイノは王都に居ないと言っていた。あのときクロードはランツベルクへ行っていたために留守だったのか。

「私がランツベルクのギルドマスターに話を聞いたとき、既にベックマンは倒された後だった。今思えばフィリップが言っていたのがお前たちだったのだな。私は彼の話を聞いて一足遅かったと絶望した。だが諦めきれずに実験場へ上ったのだ。すると最上階に奴の研究成果のレポートが隠されていた」

 セシルは驚いた。そして迂闊だったと思った。そんなものが残っていたなんて。見つけたのがクロードだったからよかったようなものの、もし別の誰かが見つけていたら悪用されていたかもしれない。
 そんなセシルの考えを見抜いてか、クロードが安心しろと言わんばかりに優しく笑って話を続ける。

「大丈夫だ。奴の研究成果は根こそぎ持ってきた。私はワタルとエリーゼが異世界へ……日本へ転移すればエメリヒの呪術から逃れることができるのではないかと考えたのだ。ワタルを故郷へ帰せるし、ワタルが居ればエリーゼもここに居るよりはよほどいいと思ってな」
「そうだったの」

 確かに世界の壁を隔てれば呪術は無効になるだろう。エメリヒが呪を行使できる状態ならばそれが最善だったかもしれない。

「今となってはもうその必要はなくなった。だがワタルが望めば異世界へ帰せる。そう思ってベックマンの研究成果を読み込んでいたのだが……」

 クロードがそこまで話したあと深い溜息を吐く。セシルにはその理由が想像できた。彼は再び話を続けた。

「日本への扉を開くためには膨大な魔力が必要なことが分かった。それを得るためにベックマンは大量の魔素が存在する強力な魔物の棲家で実験をしていた。だがそれでも足らなかったようだ。そこでセシルを利用しようとしたのだろう」

 あのとき実験場で無理矢理ベックマンに魔力を吸い取られもう駄目だと思った。
 クロードの話を聞いたワタルが口を開く。

「僕は……セシルちゃんが選択の自由をくれた今でもこの国に居たいと思っています。もし日本へ帰れるとしても、その……守りたい人が居るのでこの世界に残りたいです」

 守りたい人……セシルには思い当たる人物が1人しか居なかった。ワタルにはどうやら帰る意志はないようだ。
 クロードはワタルの答えに頷いてさらに話を続ける。

「ワタルはそう言うだろうと思っていた。あくまで帰るかどうかはお前が決めることだ。だが私はケントを助けるには日本へ送り返すしかないと思っている」
「「えっ!?」」

 クロードの言葉にセシルもワタルも驚きを隠せない。どういうことだろう?
 セシルはクロードの真意を知るために彼の次の言葉を待った。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。

なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。 王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...