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第7章

83.ハイノの告白

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 王との謁見を終えたあと、ハイノが話があると言うので、彼と一緒に神殿の彼の部屋へ行くことにした。ワタルとバルトとは謁見の間を出たあとに別れた。

「お疲れ様、セシル。堂々として立派だったぞ」

 ハイノが感心したように頭をくしゃくしゃと撫でて褒めてくれた。それを聞いてくすぐったいような嬉しいような気持ちになる。

「言葉選びを間違えちゃいけないと思って必死でした。王様があんなに簡単に聞き入れてくれるとは思いませんでしたけど」

 セシルがそう言うとハイノが苦笑して答える。

「まあ彼は良くも悪くも人がいいからな。正しく支えてくれる者さえ居ればこの国のこれからの治世は大丈夫だろう」

 歩きながらふと思い出す。

「ディアボロスをわたしみたいな子供が倒したということで、皆にあれこれ正体を聞かれるかと予想してたんです。でも王様にも何も聞かれなかったんですよね。どうしてだろう?」

 セシルが首を傾げながらそう言うと、ハイノがニヤリと笑いながら答える。

「まあ、それについては部屋で話そう」

 城の宮殿を出て渡り廊下を歩いて神殿へ向かう。ところが宮殿を出たときに神殿の外観を見て驚いた。建物の屋根の一部が崩壊していたのだ。恐らく振動のせいだろうが一部の窓やステンドクラスが割れている。
 それにしてもあの屋根の壊れている部分からディアボロスが飛び出したんだなぁ。あの悪魔は本当に強かった。自分でもよく倒せたなと思う。精霊たちのお陰だ。




 そのまま神殿へと入って気がついた。屋根と床が抜けているのは礼拝堂の部分だった。この礼拝堂の真下がディアボロスを召喚した大聖堂らしい。これは修復が大変だろうな。あの地下の聖堂の壁もだいぶ崩れていたけど、この1階部分の礼拝堂の床は抜けないだろうか。心配だ。
 そういえばこの神殿へ初めて来たときたくさんの人が礼拝に来ていたから、ディアボロスが飛び出したときに被害に遭った人が大勢いるんじゃないだろうか。
 礼拝堂の入口に神官が居たので声をかけてみる。

「あの、ちょっといいですか?」
「はい、何でしょう?」

 入口で瓦礫を片付けようとしていた神官が手を止めて答えてくれた。

「この礼拝堂から悪魔が飛び出したときにここにたくさん人が居たと思うんですけど……被害はどうだったんでしょうか?」

 恐る恐る尋ねてみると彼が答えてくれた。

「ああ、あの悪魔が飛び出す前に地下から異音が響いていたので、参拝者は怖がって神殿から出ていきました。だから礼拝堂に残っていた人はそう多くはありませんでしたよ。ただ残っていた者は全員怪我をしましたが」

 やはり怪我人が出たみたいだ。人が少なくなっていたのは幸いしたがそれでも無傷では済まなかった。なんだか申し訳ない。
 セシルは神官に頭を下げたあと、再びハイノとともに彼の部屋へ向かった。

「セシルのせいじゃない。被害が少なくてよかった」
「はい……」

 セシルが沈んでいることに気がついたのか、ハイノはそう言ってくれたけど気になるものは気になる。ディアボロスが飛び出す前にどうにかできていたら一番よかった。もう終わってしまったことだけど。
 考えても仕方がないとは分かっているものの、セシルは晴れない気持ちを持て余し大きな溜息を吐いた。




 ハイノの部屋へ到着した。どうやらこの部屋は無事だったようだ。壊れた様子はない。部屋の中はかなり広く書類机や書棚などが置かれている。だが必要最低限のものしか置かれてはいないようだ。あまり生活感がない。
 ハイノに促されソファに座って彼の話を待つ。すると彼が向かいに座りゆっくりと口を開いた。

「まず、陛下からお前の正体を聞かれなかった理由だが、私が詮索するなと釘を刺しておいたのだ」

 それを聞いて不思議に思う。そしてハイノに尋ねた。

「どうしてハイノさんはわたしが秘密を持ってると思ったんですか?」

 するとハイノは急に真剣な顔をしてその問いに答えた。

「精霊のことは秘密にしなくてはいけないだろう?」
「っ……! なぜ……」

 ハイノの言葉に驚いた。なぜ彼が精霊のことを知っているのだろう。やはり彼は……。
 すると再び彼がゆっくりとその口を開く。

「セシル、なぜ私がお前の名を知っていたか、もう分かっているんじゃないのかい?」
「はい、薄々は……」

 初めて自分の名前を呼ばれたときにそうじゃないかと思っていた。戦闘中で余裕がなくゆっくり話す時間は無かったけれど、終わったら話を聞くつもりだった。
 そして今の精霊の話……。
 ハイノはセシルの言葉を聞いてゆっくりと頷き自身にかかっている魔法を解除した。

「っ……!」

 セシルはハイノを見て息を飲む。目の前に居るのは顔立ちはそこまで変わらないものの黒髪黒目の全く別の人物であった。少し白髪混じりではあるが、ケントと同じ髪と目の色だ。日本人……ふとそんな言葉がセシルの頭によぎる。
 ハイノは穏やかに微笑みセシルに告げる。

「私の名前は灰野蔵人。異世界である日本から来た日本人だ。そしてお前の祖父でもある。この王国に2代前の勇者として召喚された。この世界ではクロードと名乗っていた」

 ああ、やっぱりハイノはおじいちゃんだった。驚きと喜びと困惑で心がかき乱される。

「おじいちゃん……」
「ああ、そうだ。セシル、大きくなったな……」

 ハイノ、いや、クロードがくしゃりと顔を歪めて笑う。少し目が潤んでいるようにも見える。これまでの冷静なイメージとはかけ離れたその表情にセシルも思わず微笑んでしまう。
 セシルにとってクロードは2才のときに別れた肉親であり全く覚えてはいない。でもおばあちゃんしかいないと思っていた自分の肉親が他にもいたのだ。自分の家族は1人だけじゃなかった。それがとても嬉しい。

「その……抱き締めてもいいか?」
「うん、おじいちゃん!」

 クロードはセシルに恐る恐る手を伸ばし、セシルはクロードの元へ近づき抱きつく。そしてクロードはそんなセシルの背中に手を回し優しく抱き締めた。
 そしてセシルの髪に頬を寄せて話す。

「今まで長い間お前たちの元へ戻らなくてすまなかった」
「ううん……でも、どうして?」

 セシルはずっと不思議に思っていたことを尋ねた。ハイノがクロードだとしたらどうして戻らなかったのだろう? 戻ろうと思えば戻れたんじゃないだろうかと。
 するとゆっくりセシルの体を離し、彼は真剣な顔で話し始めた。

「順を追って話そう。私はこの国から逃げたあとミーナと娘夫婦とセシルとともにモントール共和国のとある町で暮らしていた。お前の両親が亡くなった話は聞いたかな?」
「うん」

 クロードは両親を思い浮かべたのか、悲しそうな顔でセシルに確認した。そしてセシルが返事をすると、ゆっくりと頷いて再び話を続ける。

「そうか。娘夫婦を事故で亡くしたあと、しばらくはお前とミーナとともに3人で暮らしていたが、エメリヒの放った暗殺者に見つかった。そのときお前とミーナを逃がすために私は残って追っ手を返り討ちにした。だが隣国まで追っ手が差し向けられたことで、いくら逃げても再び狙われるだろうと予想して、エメリヒを討ちにこの国へ戻ったのだ」

 クロードは険を孕んだ表情でそう話す。きっと当時のことを思い出しているのだろう。当時のエメリヒに対する彼の憎悪が容易に想像できる。

「そして幻影ミラージュを何重にもかけて変装をし旅の剣士としてこの王都へ入り込んだ。エメリヒには簡単な変装ではばれるからな。そしてこの王都へ戻って衝撃的な事実を知った」
「衝撃的な事実?」

 セシルが聞き返すとゆっくりと頷きクロードは話を続ける。

「既に私の次、つまり先代の勇者が召喚されていたのだ。私はこのままでは同じ悲劇が繰り返されると思った。エメリヒを殺すことはできなかった。私とミーナが逃げたことで煮え湯を飲まされた奴は、先代の勇者と聖女の命を呪で縛るようになっていたのだ。奴は勇者と聖女を人質に取っていた。彼らの命を奪わせないようにするためには気づかれないようエメリヒを一瞬で暗殺せねばならない。だが厳重な結界が奴自身にもその周囲にも張ってあったためにそれができなかったのだ」

 そこまで話してクロードは溜息を吐いた。彼の悔しさを思うと胸が苦しくなる。さぞかし無力感に苛まれただろう。

「そこで私はこの国の根本を変えればこれ以上の勇者召喚や聖女の拘束を防ぐことができるのではないかと考えた。エメリヒの動きをすぐ傍で監視するために勇者の指導者としてこの神殿へ入り込んだ。そして遠回りではあるが密かに軍と協力関係を結んで軍事力の強化を計った。軍を強化することで神殿勢力の弱体化を狙ったのだ。当時から軍で将軍の任に就いていたバルトは信頼に足る人物だったからな」

 軍を強化して神殿を弱体化する。簡単なようでいて難しそうだ。そんな大変な課題を一人で背負っていたなんて。

「そんな活動をしながらも隙あらば奴の命を奪おうと思っていた。だがその機会に恵まれないまま、先代の聖女は今代の聖女が決まったあと今の陛下の側妃として嫁ぐこととなったのだ。そして先代の勇者はそれを阻止しようと動いてエメリヒの呪により命を奪われた。再びエメリヒに対し憎悪の感情が湧き上がったよ。殺してやりたかった」

 そう話すクロードにセシルは問いかける。

「先代の勇者も聖女を助けようとしてたんだね。おじいちゃんとおばあちゃんと同じように想い合っていたのかな?」

 するとクロードは首を左右に振って答える。

「分からない。だがそうかもしれない。全ては私とミーナの逃亡がきっかけだった。だから責任を感じたよ。自分のせいであの若者の命を失うことになったのではないかと。私は二度とこんな悲劇が起きないように軍の強化を急いだ。エメリヒの命を狙いながらな。そしてワタルが召喚された。私はエメリヒを監視しながらエリーゼとワタルを守るために神殿に留まり続けたという訳だ。数日前に彼らを助けるための手段を手に入れたのだがもう必要なさそうだ」

 クロードはセシルの手を取りじっと目を見て話す。

「長い間お前たちの傍に戻れなくてすまなかったな。私とミーナのことがきっかけでこの国の勇者と聖女はエメリヒに脅かされ続けていた。放っておけなかったのだ。許してくれ」

 セシルはクロードの謝罪に対し首を左右に振って答えた。

「おじいちゃんはおじいちゃんのやり方でわたしたちだけじゃなく勇者と聖女も救おうとしたんでしょう? わたしはそんなおじいちゃんの孫であることが誇らしい。だからもう少しして落ち着いたら一緒におばあちゃんの所へ帰ろう?」

 セシルがそういうとクロードは泣きそうな顔で笑い大きく頷いた。

「ああ、帰ろう。ミーナには尻を蹴っ飛ばされるかもしれんがな」

 これでおじいちゃんを連れて帰れる。待っててね、おばあちゃん。
 セシルはこれまであったことやケントのことなど積もる話を夜遅くまでクロードと話した。



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