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第6章

64.邪悪なもの

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こんにちは・・・・・、お嬢さん。」

 目の前にはこちらを向いて昏い瞳で歪に笑うエメリヒではない何かが立っていた。
 姿かたちはエメリヒなのだが纏う気配が全く違う。恐ろしく邪悪で強大な……そうだ、ルーンに憑いていたものに近い、悪魔……。

「貴方は、誰……?」

 目の前のエメリヒの形をした何かに尋ねる。それ・・に対して全身の毛穴が開くほどの恐怖を感じる。

「私はエメリヒですよ? 知ってると思っていましたが。ふふふ。」

「……エメリヒの体に入った貴方は誰?」

 ようやく声を絞り出して再び尋ねると、それはくつくつと笑いながら答えた。

「この聖堂に長らく封印されていたものですよ。私の名前はディアボロス。まさかこんなに簡単に出られるなんてね。」

「……どうして出てこれたの?」

「この男の書いた魔法陣に少し仕掛けをしておいたのですよ。邪悪を召喚する魔法陣を描くためには獣の血が使われていましてね。この神殿の神官の精神をほんのちょっと弄ってあらかじめ悪魔召喚に使われる素材に換えてこの男に手渡したんですよ。この男は気づかずにそれを使って魔法陣を描いたわけです。後は使用されるのを待つだけ。」

「用意周到だね……。」

「ええ、封印の綻びを見つけるまでに100年かかりましたよ。ようやくその綻びから精神支配ができる程度にはなりましたよ。」

「それで、貴方は何をするつもりなの?」

「私はこの国の聖女というものが大嫌いでしてね。貴女はこの男が言っていたような傀儡にすることができない。精霊どもに守られていますからね。」

 やはり悪魔には精霊の存在を感じることができるようだ。エメリヒを傷つけたくはない。何とかこの悪魔を彼の体から引き剥がすことはできないだろうか。

「貴方は人間の体から離れて実体化することはできないの? そんな不自由な体に拘ることもないでしょう?」

 にやにやと笑いながらディアボロスが答える。

「この男の体は実に私と相性がいいのですよ。魂の捻じれ、歪み、そして邪悪な魔力。とても心地がいい。実体化できないこともないがやめておきます。貴女の魂胆など見え見えなのですよ。」

 こいつはセシルがエメリヒを傷つけたくないことを知っている。流石悪魔だけあって賢しい。厄介だ。

「だから貴女と上の階にいる聖女が邪魔なんですよねぇ。でもまずは貴女から死んでもらうことにしましょうか。この男は貴女に拘っていて殺したくないようですがね。」

 そう言ってディアボロスが左手を上へ掲げその掌に闇の球体を作る。見る見るうちにその塊は大きくなりそれをこちらに投げうつ。その直径1メートルほどの塊が疾風のごとくセシルを襲う。放たれてから着弾までにそれほどの時差が感じられないほどの速さだ。

「くっ!」

 なんとか反応しそれを寸でのところで避けた。闇の塊は後ろの壁にぶつかり消滅する。ふと後ろを見ると石の壁だったところが大きく抉れ土が剥き出しになっている。恐ろしい破壊力だ。
 セシルはすぐに防御強化プロテクション身体強化ブーストを自身にかける。

「なかなかすばしこいですね。ではこれでどうですか?」

 彼は両手を掲げそれぞれの掌に二つの闇の球体を作る。先ほどと同じようにあっという間に大きくなりそれを同時に投げうつ。

「『防御結界シールドプロテクト』!」

 直前で結界を張るが闇の塊は結界を破りそうな勢いでめり込んでいる。

「ウィル!」

『任せてよぅ!』

「『聖光球ホーリースフィア』!」

 ウィルがその姿を直径2メートルほどの光の塊に変え、闇の塊の一つへ向かう。残りの一つを何とか避けながら、そのまま光の塊を闇の塊にぶつけ打ち消すことができた。

「はぁ、はぁ……。」

 防御結界シールドプロテクトだけでは破られてしまう。だからといってエメリヒに攻撃はできない。
 だけど逃げるばかりではそのうち追い詰められてしまう。相手は悪魔だから魔力切れは期待できないだろう。ディアボロスはあれだけの破壊力のある攻撃をしてきているのに息切れひとつせずにけろっとしている。
 とりあえず足止めができれば!

「ノーム!」

『ふぁい。』

「『堅牢岩プリズンロック』!」

 ディアボロスの足元の床が盛り上がる。まるで床石が液状になったかのごとく蠢き奴の足元から覆い始める。そして腕と首元まで固まった。よし、いける。

「ふふふ、可愛いですね。こんなもんですか、精霊の力は?」

 奴がそう言うと、奴を覆う岩にぴきぴきとひびが入り上からぽろぽろと剥がれ落ちていく。そしてとうとう足元の岩まで壊れてしまった。
 そういえばルーンも簡単にノインを拘束する堅牢岩プリズンロックを解除していた。もしかして悪魔には効かないのか。

 どうすればいいのだ。エメリヒを傷つけずにディアボロスを倒す方法はないのだろうか。セシルが負ければ奴は必ずエリーゼを殺しに行く。でもきっとそれだけでは済まないだろう。この国の人達皆が危険に晒されてしまうかもしれない。
 いや、もしかすると自分が意識を失うか死んだ時点で精霊が暴走を始めてしまうかもしれない。そうすれば精霊と悪魔との衝突で国が、世界が危険に晒されるかもしれない。やはり何が何でも負けるわけにはいかない。

 どうする? どうすればいい? セシルはその強大な敵を前になす術もなく立ち尽くした。



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